タロットカードのお掃除処
さっさっさっ。
ツェフェリが筆でカードを撫でていきます。すると。
「ああああ、そこ、そこ気持ちいい」
絶妙にだらけた声がしてきました。しかも「ああああああああ」と五月蝿いです。
「もう少し静かにせんか、ノインツィア」
「いいじゃーん。おじいちゃんだってー、結構情けない声出してたよー。うん、情けなかったー」
「ぐぬ」
聞こえてくる声にツェフェリは苦笑します。
何をしているかというと、早速ハクアからの依頼であるカードの修繕を始めていたところなのです。修繕の手順としては、まず最初にタロットの表面の汚れを取ります。今はその段階をやっていました。カードは小さいので、細やかな毛先の筆でさわさわとカードたちを撫でていく感じです。
どうやら、カードたち的にはその感覚が気持ちいいらしく、なんとも言えない声を出してお掃除されていくのでした。
それを眺めるじとっとした空気が机の傍らに一塊。
「ぬぅぅぅ、我々は主殿にあんなことされたことないのだ……」
「でーたん、嫉妬は醜いよ」
「悪魔の我に何を言うか!」
それは確かに。
ただ、ツェフェリのタロットたちが実体であったなら、きっと羨ましそうな目でじーっと作業を見つめていることでしょう。特に[悪魔]が。
「依頼が終わったらみんなもお掃除してあげるって」
ツェフェリはそう言いますが、ツェフェリのタロットたちはとても悔しそうです。主に[悪魔]が。
「ぐぬ……我々を差し置いて主殿が手ずから掃除してくださることを光栄に思うのだな!!」
「おうおう、若いのは元気があって良いのう」
「若くないわい!!」
なかなかの剣幕の[悪魔]ですが、ハクアの[隠者]であるノインにいいようにあしらわれております。
悪魔は年齢不詳ですし、隠者は老人ですから、年齢という概念で考えるのはとても不思議なものとなりますが、タロットカードとして作られた年数で考えるのなら、納得のいく話です。
「それにしても驚いたよ。ハクアさまも神様みたいな扱いを受けていたんだね」
「ふぉっふぉっ、懐かしい話じゃのう。いかにも。まあ、ハクアはあまりその話はしたくないようじゃがの」
「なんかわかるよ。ボクも村にいたときのことはあんまり思い出したくないもん」
実は、ツェフェリのカードが若造云々の話はツェフェリとハクアがいる場面でも起こったことでした。そのとき、ハクアが昔、[魔除け水晶の子]として崇められていたことを聞いたのです。
ハクアの目や髪は生まれつきあの鮮やかで艶のある紫だったらしいのですが、彼女が生まれたとき、誰かが「紫水晶の子だ」と言ったのが発端となったのだそうです。
紫水晶とは、古くから魔除けの石として伝わっており、石の力を信じる者や収集家の間でも貴重な品として取り扱われているそうです。
では、ハクアのように紫水晶のような見た目を持つ者が珍しいのか、というと、確かに珍しいのです。世の中では宝石のように煌めいた容姿を持っているのは珍しいとされています。容姿の優れている、というだけなら、それこそ掃いて捨てるほどいるのでしょうが、宝石のような人、となるとまた別なのです。
ハクアが崇められた「宝石のような容姿である」というのはツェフェリの目とはまた違った理由なのです。
「まあ、ツェフェリ殿の目も、見ようによっては宝石なのかもしれぬな。蛋白石を知っているかの?」
「ううん。何それ」
蛋白石とは様々な角度から見て違った色合いに見える石で「虹のような色」と形容されることが多いです。確かに、それならツェフェリの目と似ているかもしれません。
「石って言っても色々あるんだねぇ」
「世界は広いぞ。いずれ、旅をしてみると良い」
「ボクはここに定住でかまわないけどなぁ」
「ツェフェリ殿ではない。ツェフェリ殿のタロットたちじゃよ」
「ぬぁっ!?」
ノインの指摘に[悪魔]が敏感に反応します。他にも[審判]などが不満そうにらっぱを鳴らします。
ツェフェリのタロットたちの主愛に、ノインはううむと唸ります。
「ノインさんたちはずっとハクアさまのところにいたわけじゃないの?」
ツェフェリが不思議に思って聞くと、ふぉっふぉっ、とまた独特な笑い声でノインが言いました。
「儂らはあやつより長く生きとる。行商人がこの街に来たとき、主と出会ったのさ」
「へえ」
行商人と聞いてサファリを思い出しましたが、それはさておきです。
「ハクアさまがアナタたちを買ったの?」
そこへ、ふふふ、と[世界]アインントツィング……長いのでアインツィグが笑います。
「面白かったわ。ノインツィアより小さい女の子がすーって引き寄せられたみたいに私たちの方に寄ってきたのよ」
「そそ、紫水晶の綺麗な目が僕たちを映したんだよ!! 僕たちを!!」
ノインツィアも興奮気味に語ります。
「可愛かったなぁ、可愛かったなぁ。紫水晶みたいな髪を二つに結ってさ、僕たちを見て言ったんだ。[ここに運命が落ちている]って」
「運命が落ちている?」
また語り手はノインに戻ります。
「そう、主は不思議な娘じゃった。言動が不可思議故、周りから浮いていたのもあるが……不思議な言い回しをよくするんじゃ。まあ、主を[紫水晶の子]と崇めていた連中からすれば、浮いているくらいの方が神格化しやすかったんじゃろうが……主のあれは、そんなのお構い無しって感じじゃの」
「独自の感性だよ、独自の感性。あ、つぇーたんそこ気持ちいい」
「あ、つぇーたんをつぇーたんって呼んでいいのは僕だけだぞ!!」
張り合い出した[太陽]同士はさておき、話は続きます。
「それを聞いた主の母が、有り金はたいて買ったのが儂らよ。普段は欲しいものがあるなんて言わない娘だから、驚いたそうだ」
「独特な[これ欲しい]だね」
[運命が落ちている]を正確に読解した母親がすごいという話にもなります。
「まあ、普段から不思議な言動の娘だったようじゃからの。慣れとったんじゃろう」
「まあ、今も不思議な雰囲気ですけどね」
「蓋を開ければ、ただの常識知らずじゃったよ。儂らと出会ってなければ、今もあの喋り方じゃったことだろう」
それはコミュニケーションが難しそうです。
そんな話をしながら、ツェフェリはタロットたちの手入れをしていきました。




