タロット絵師と占い師
「ハクアさまは、ボクをタロット絵師として認めてくれたわけじゃないんですか?」
ツェフェリは思わずそう聞きました。ハクアはこてん、と首を傾げます。
「もちろん、君の才能は認めている。私がそう易々と他人を屋敷に上げるように見えるかね?」
それはそうなのでしょうが、ツェフェリとしては納得のいかないところがあるのです。
[タロット絵師]として腕を認めてくれたのなら、何故カードの[製作]ではなく[修繕]をしなければならないのか。それがツェフェリには納得がいかなかったのです。
ツェフェリがそえ主張してくるのを予想していたのでしょう。ハクアは待っていましたと言わんばかりに、朗々と語りました。
「ツェフェリくん、物にも魂は宿る。それをどこかの言葉では[ツクモガミ]というらしい。ただの物体が魂を持つだけで神になれるのだ。面白い話だと思わないか?」
神、という単語にツェフェリはぴくりと反応しました。[物にも魂は宿る]とハクアが言い切ったことも気になりましたが……なんとなく、話をはぐらかされているような気がして、むっとしました。
ハクアがそんなツェフェリの様子に苦笑し、サルジェに目配せをしました。サルジェは慣れているのか、少し呆れながらも、その場を去りました。
大きな食堂には、ツェフェリとハクアが二人きりになります。
「そのカードは私にとって特別なものでな。言うなれば[旧くからの友人]といったところか。友人を見捨てたくはないだろう?」
「それは道徳語るならそうでしょうけれど……」
ツェフェリには友人と呼べる存在がいたことがありません。唯一サファリは友人のように接していましたが、今は昔のお話です。ではサルジェはどうか、と聞かれると、よくわかりません。
……ただ、一つ思い至ります。
──もしも、自分が同じ質問をされたらあのカードたちを手放せるか、と。
ツェフェリのタロットたちは喋ります。一枚一枚意思を持って、主張をしたりしなかったり。それはハクアが言った[物が魂を持った]状態であり、所謂[ツクモガミ]と呼べる存在なのかもしれません。
自分が[虹の子]だの[神の子]だのと持て囃されるのは好きではありませんが、ツェフェリとて人間です。[神様]が偉いという認識くらいはありますし、[神様]を蔑ろにする気は起きません。別段、神様に恨みがあるわけでもありませんからね。
でも、ツェフェリは振り返ります。このタロットたちをツェフェリは幾度となく手放そうとしました。それでも、ハクアの気持ちを理解できるのでしょうか。
タロット絵師を目指すのならタロットカードたちは[宝物]ではなく[商品]でしょう。そういう考え方は、サファリに教わったのです。その上で、ツェフェリはタロット絵師になると決意したのです。
ですので、こう返しました。
「[ツクモガミ]でも、友人でも、それはハクアさまにとっての話ですよね。ボクが修繕をしなければならない理由になるんですか?」
ツェフェリの強情を感じ取ったのか、ハクアが深く溜め息を吐きます。
「落ち着きたまえ、ツェフェリくん。何を焦っているんだ」
「焦ってなんかいません」
そこへ、サルジェが戻ってきます。むすっとしたツェフェリの姿にぎょっとしたようですが、尚も余裕の表情のハクアに安堵したようで、テーブルに茶器を置きます。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
「砂糖とミルクはいりますか?」
「え、えと」
畏まった言い回しのサルジェに戸惑うツェフェリ。これはまるで、給仕さんみたいです。
と、動揺が隠せないツェフェリを見て、悪戯成功、とばかりにサルジェが笑います。
「俺は弟子である他に、師匠の身の回りのお世話も任されてるんだ。お客様にお茶を出すのは当たり前だろ」
「あ、そういう……って、え!? もしかしてサルジェ一人で!?」
サルジェは不思議そうに首を傾げますが、そうしたいのはこちらの方です。身の回りのお世話とはどこからどこまでを言うのかわかりませんが、目配せ一つでお茶を淹れてくるとは。それに先程から、こんなに大きなお屋敷なのに、誰にも会わないな、と思っていましたが。
「はは、我が弟子は優秀でな。炊事洗濯掃除まで、なんでもやってくれるぞ。世話好きだから給仕など雇わなくてもいいほどにな」
「それが目的で弟子にしたのでは、とちょっと思ってます」
今度はサルジェがむっとします。これは仕方のないことでしょう。
ツェフェリ拍子が抜けてしまい、サルジェから差し出されたお茶の湖面をまじまじと見つめます。綺麗な紅色の湖面にツェフェリの迷っている瞳が映って、ツェフェリは頭を抱えました。
ハクアの言いたいことは、なんとなくですがわかります。一朝一夕で成るような代物は[夢]とは呼べません。画家でさえ、生きているうちに認められることは少ないのです。そんな絵師と似た生き物の性質を考えたら、ハクアという大物に見出だされただけでも奇跡といって良いのです。それに何の文句があるというのでしょう。
「ツェフェリ、これはただの紅茶じゃなくて、フレーバーティーなんだ。カモミールって言ってね、心を落ち着ける作用がある。師匠と話して疲れたろうから、これ飲んで休みなよ」
「おい、随分な言い様だな、弟子よ」
「むしろよく疲れないと思いましたね。だから目配せしたんでしょうに」
言いつつ、ハクアもお茶を飲んでいます。ツェフェリも、芳香には気づいていました。こういう香りのついたお茶というのは噂では聞いていましたが、実際に口にするのは初めてです。
恐る恐る、カップを手に取り、口をつけます。ほんわりと口の中に広がる主張の少ない柔らかな香り。サルジェの発言を気休め程度にしか考えていませんでしたが、確かに少し落ち着いた気がします。
それからふと、脇の方に置いたハクアのカードを手に取りました。
これをハクアは一体何年使っているのでしょう。サルジェとハクアの発言から、ハクアはこの街の地主になる前から占い師であったことは明らかです。ハクアがいつここの地主になったかはわかりませんが、この街の小さい子ども以外は前の地主の時代を経験している、と聞きました。どのくらいから小さいのかはわかりませんが、サルジェはその時代を知っているような口振りでしたから、さして前、というわけでも……いえ、ツェフェリが子どもの頃には既に地主であったことは明らかです。ということは、ツェフェリが初めてタロットカードを描くより前から、ハクアはこのカードを大事に使っているのではないでしょうか。
どんなに大切に大切に使っていても、いつかは綻ぶのはさだめです。色も褪せていますし、絵柄も所々剥がれています。
──可哀想。
ツェフェリの中にそんな思いが生まれました。
このまま使われて、いつか壊れてしまうのだとしたら可哀想。ハクアさまが長年大事に使ってきたのに。もし、このタロットたちに自分のタロットたちと同じように喋る能力があったなら、主から離れてしまうことを何というのだろう。きっとこんなに大切にされてきたのだから、悲しむにちがいない──
そんなツェフェリの表情の変化を見逃すハクアではありませんでした。
「──占いをしないか?」
その提案にツェフェリがきょとんとします。
「占い、ですか?」
「そうだ。君を買ったときだって、占いをして決めたじゃないか」
それは、確かに。
ただ、その一言の奥に、ハクアがいかに[占い]というものを大事にしているのかがあって、ツェフェリははっとしました。
こんなに大切にカードを使って、占いの結果を大事にする人なら、占いという不明瞭なものに運命を託すのもありではないか──ツェフェリはそう感じ、気づけば間髪入れずに頷いていました。
「やりましょう」
お茶を飲んで一休みしたところで、サルジェが茶器を片付け、それからハクアは自らのカードで展開し始めました。
「今回やるのは[三つの運命]だ。展開の仕方はわかるか?」
「はい、[三つの運命]はその名の通り三通りの選択肢によって変わる未来を占うものです。左側から五枚積み、上に二枚配置、というのを三回繰り返して、最後に残ったカードが占い全体の鍵になるカードになるんですよね」
ツェフェリの解説に、ハクアはふむ、と頷きます。
「さすがは占いの方も嗜んでいただけはあるな。完璧だ。まあ、[六芒星法]と同じで基本的な展開の一つだからな。
さて、三つということで三つの選択肢を据えねばならん。今回は[修繕師をやる未来]、[絵師として早速タロットを描く未来]、[その他の未来]というのが適していると思うが、異論はあるかね?」
「ありません」
さて、この占いを知らない者は[その他]? となってしまうことでしょう。ですが、この[その他]という選択肢こそ、[三つの運命]の醍醐味と言えます。
例えば、二つの選択肢の結果だけを見たいのならば、[二者択一法]という占い方があり、それで占えば、占った二つの選択肢についての予想ができます。ですが、本当に二つの選択肢しかないのか? というところが[三つの運命]へと繋がるミソなのです。
[選択肢はそれ以外にもある]と前提して行うのが[三つの運命]なのです。自由回答の未来ならば、二つの選択肢以外に、思わぬところにより良い選択肢が潜んでいるかもしれません。だからこその[その他]なのです。
例えばの話ですが、絵師にも修繕師にもならず、街で別な仕事をする、という選択肢などが良い場合があるかもしれません。ですが、そういう可能性を全部考えたら、カードが何枚あっても足りないことでしょう。それで[その他]なのです。いやはや、便利な言葉もあったものです。
「では、始めようか」
ハクアがカードを切り、ツェフェリが祈りを込めてからカードを切ります。ふと、一番上に来たカードに目を落としました。もちろん、裏面ですので何のカードかはツェフェリにもハクアにも、普通ならわかりません。
ですが、ツェフェリは直感しました。このカードは[塔]のカードです。タロットカードの中で唯一良い意味を持たないカード。
これは一番最初に一番下に敷かれるカードになります。ということはこの占いで[塔は出てこない]ということになります。
──もちろん、ツェフェリの直感が合っていればの話ですが。
そうして、ハクアが展開を始めました。
左側に五枚重ね、その上に一枚、更に上に一枚。それをもう一回、また一回とやりました。
その時点で、ツェフェリは先程の直感に似た[確信]を得ていました。
「では、解釈を始めるぞ。まず[修繕師になる]の現在だ」
「──[月]の正位置」
「?」
ツェフェリがハクアがカードをめくるより先にそんなことを宣告するものですから、ハクアは訝しげにツェフェリを見つつ、カードをめくりました。
そこには[月]のカードが正しい向きで置かれていました。ツェフェリが何故事前申告したかはわかりませんが、ツェフェリの今の心情を思えば、それは出て然るべきカードでした。
「[月]は不安を表すカードだ。君が修繕師という仕事に就いて、果たして夢が叶うのか、そう疑問に感じることは現時点で火を見るよりも明らかだ」
「はい。その[未来]は[運命の輪]ですね」
「……え?」
さすがのハクアもそう返ってくるとは思いませんでした。[運命の輪]とはタイミングを司るカード……つまり、歯車が合うタイミングであることを示すカードです。
不本意なはずの選択肢でそんなカードが出ると予想するなど、矛盾しています。ハクアは当然、不審に思いましたが、占い師として、占いを進めなければなりません。
カードをめくりました。
「蛇の巻きついた歯車を回す天使……[運命の輪]のカードで間違いない。それに正位置だ。このことから読み取れるのは、[今のタイミングでこの道を選ぶのが最善]ということだ」
「はい、最終予想は[世界]の正位置。安定し、調和の取れた未来が待っているということになります」
「待ってくれ、ツェフェリくん」
さすがにハクアも理解が追いつきません。何故ならまだハクアは[最終予想]のカードに手をかけてすらいないのです。
にも拘らず、ツェフェリは確信を持って次のカードを予想しています。いや、これはもう予想ではないでしょう。
ハクアは真剣な表情でまじまじとツェフェリを見て、問いました。
「ツェフェリくん、君は見えているんだね?」
ツェフェリは気まずそうに目を伏せましたが、静かに、はい、と答えました。
「[絵師として活動した場合]は[力]の逆位置が出ます。これはボクの感情が先走っていることの警告です。それでも押し通すと、未来では[吊られた男]の正位置。いつまでもかわからない忍耐を強いられます。もしかしたら耐えるうちに心が折れるかもしれない。それを経ての最終予想では[正義]の逆位置……正しい道を外れる可能性がある、と予測できるでしょう。
[その他の場合]ではまず[悪魔]の正位置が出ます。誘惑に囚われて、はっきりとした未来を決められないのでしょう。未来は[太陽]の正位置。色々あるけど最終的には安定した幸せが掴める可能性があります。けれど、最終予想は[死神]の正位置。……物事が行き詰まってしまう。
そして最後のキーカードは……[愚者]の正位置。
……踏み出す一歩が、大事なのでしょうね」
カードをほとんど伏せたままの状態で、こうも断定的に話すツェフェリ。ハクアは気づきました。これはただの勘ではない、と。
試しにハクアは無言で順番にカードをめくりました。全てめくれば、ツェフェリの解釈が全て正しかったことがすぐにわかりました。
ハクアは、冷静沈着にツェフェリに問いました。
「何故出るカードがわかった?」
ツェフェリは少し間を置いてから、一言一言を丁寧に紡ぐように話しました。
「カードの傷を覚えていたんです。直してあげなきゃな、って思ったら、傷の場所を全部覚えてて……気持ち悪いですか?」
不安げなツェフェリにハクアはふっと不敵な笑みを浮かべます。
「ふっ、くくっ、やはり私の目に狂いはなかった。君は予想していた通り、予想外の才能がある」
「えっ」
目を丸くするツェフェリにハクアは微笑みました。
「普通、傷の具合なんか、一枚一枚と照らし合わせて覚えたりしないし、できない。だが君にはそれができる。傷の箇所を的確に覚えることのできる君は、この上なく、修繕師に向いているとは思わないかい?」
「あっ……」
そう、ハクアがツェフェリの才能に気づかせるための占いだったのです。そして、[修繕師になる未来]が占いでも最適と示されました。
ここまで適材なのならば、断る理由がありましょうか。
それに、ハクアはやはりツェフェリの[才能]を認めてくれていたのです。
ツェフェリは嬉々として宣言しました。
「ボク、修繕師やります!!」




