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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット絵師の繕い処
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タロット絵師と占い師の違い

 森の中をざっざっざっと歩く足音が三つ。人影も三つ。見ると、背の高い女性が先頭を歩き、後ろの二人を案内しているようです。

 というのは適切ではなく、厳密に言うと、先頭の人物と後ろの人物が真ん中の少女がはぐれないように挟んでいる、といった感じでしょう。

 真ん中の少女……少し伸びてきた鶯色の髪を揺らす少女ツェフェリは、久々に森から出ることとなり、七色に変わる瞳の中は楽しみでいっぱいとでも言うように黄色に煌めいています。

 先頭の女性はハクア。紫水晶のような髪を高く一括りにし、きりりとした背筋で前を見つめ、歩いています。今は軽装ですが、本業は狩人で、一番後ろを歩くサルジェの師匠でもあります。これから向かう北の街で地主をしている人物で、ツェフェリのタロット絵師としての腕を見込んでツェフェリの店ごとツェフェリを買い取った逸物でもあります。

 一番後ろのサルジェは、一言で言うなら気のいい青年です。ハクアの下で狩人をやっており、平々凡々とした見た目ですが、その狩りの腕前はもちろんのこと、なんと料理の腕も折り紙つきです。

「ねぇ、サルジェ。北の街ってどんなところなの?」

 ツェフェリの好奇心に満ちた目に、サルジェはなんとか応えよう、とうーん、と唸りました。

「治安はすごくいいぞ。で、とにかく広い」

「ちあん?」

「そこからか……」

 よく考えてみたら、ツェフェリは嫌だからというで村を飛び出してしまうほどの奔放な娘でしたが、それまでは立派な箱入りだったのです。

 北の街は犯罪が発生することはごく僅かです。これはひとえに、ハクアの呼び掛けや働きかけの賜物といっていいでしょう。ハクアが目を光らせているというだけで、余所者さえも、よからぬことは企まない、それくらい地主ハクアの存在は強いのです。

「ハクアさまってすごいんだね。村にいたときも噂は聞いたことあったけど」

「まあ、地主ってだけでもすごいけど、なんでもできる万能タイプの人間だからな。狩人としての腕前はもちろん、占い師としてもその名を轟かし、あらゆる実績から周りの信頼を買ってるんだ」

 ハクアは地主の家系ではなく、先代の地主が街を破滅寸前まで追い込む馬鹿だったため、占いやら何やらで手を尽くして街を救ったのがハクアでした。

 ハクアは狩人をやっている一般人だったのですが、村の窮地を救ったことにより、祀り上げられ、無能な先代に代わり、地主を務めることになりました。ちなみにその無能な地主は街を追い出されたそうです。無理もないでしょう。街一つを滅ぼす寸前まで追いやったのですから。民の怒りは図り知れません。

 それと対照的なまでにハクアは持ち上げられ、人々からの感謝は数ヶ月以上に渡り、毎日のように続いたほどです。まだ狩人も見習いくらいだったハクアは、あのときはさすがに辟易した、とこぼしました。

「まあ、結果的に適材適所だったんでしょうね。師匠が地主になってから不祥事が起こったことないから」

「私には占いがあるからな。ある程度までは見通せる。だが、それより大変だったのは人脈繋ぎだな。どうやら前の地主が相当やらかしたようで、他の街の地主からは完全に信頼を失い、そのせいで誰にも助けてもらえなかったそうだ。信頼を得るところから始めねばならなかったからな。大変だったぞ」

 人の信頼を得る。それがどんなに大変なことか、ツェフェリにはいまいちわかりません。何故ならツェフェリは人々に信頼より篤い信仰をされて生きてきたからです。お店をやっていたときも、大して不便を感じませんでした。

 けれど、言葉で聞いたことはありました。サファリが、商売を末永く続けるには、お客様からの信頼を得続けなければならない、と言っていたのです。ましてや旅から旅への行商人。一つところに留まらないから、短期間で信頼を集めなければなりません。大変さはもしかしたら、ハクアと同じか、それ以上かもしれません。

 それを踏まえて考えると、ツェフェリは恵まれています。人から信頼を得て、こうして貴重な繋がりをものにしています。こんなに話が上手くいくのもなかなかないことでしょう。

 ふと、思いました。

「ハクアさまは、ボクを信頼しているんですか?」

 すると、ハクアは不敵に笑います。

「ふふ、どうだと思う?」

「む、その言い方はなんかひどいです」

 ツェフェリがむくれると、ハクアが声を立てて笑い、悪かった、とツェフェリに謝ります。それをサルジェはじと目で見ながら、溜め息を吐きます。

「師匠、その人を試す癖、直した方がいいですよ。占い師だからそういうのが通るのであって、占い師であることを知らない人からしたら、肝が冷えるだけのただただ恐ろしい人ってことになりますからね?」

「うむ? サルジェはそんなことを思っていたのか。師匠は悲しいぞ」

「正論でしょうに」

 はあ、と少し荒れた溜め息を吐いたサルジェを見て、ツェフェリは苦笑します。仲がいいのか悪いのかわからない師弟関係です。

 さて、そうして歩いていると、やがて、森の出口が見えてきました。人のために舗装された道です。向こうには大きな門も見えます。

「ふふ、あれが北の街だ。ようこそ、ツェフェリくん」

 ハクアは迎え入れるように手を広げ、ツェフェリに微笑みました。

 門を潜ると、そこはすぐに賑わいのある商店街でした。木造の建築物しか見たことがないツェフェリには、赤いレンガや砂利を固めたような壁や道は新鮮なものでした。見回せば、そこら中の商店からほれ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、と客寄せ文句が飛び交ってきます。

「おおっ、ハクアさま、ハクアさまではありませんか!! 森の方からのご帰還ということは、今日も何か仕留めてきたんで?」

 ハクアの紫水晶の目立つ髪を見て、肉屋の男が話しかけてきます。ハクアは地主なのですが、距離感の近さを感じます。

 ハクアはうむ、と頷くとすらすら答えました。

「仕留めた、と言えばそうなのだがな。残念ながら獣狩りではなかったんだ。弟子の我が儘に付き合わされてな」

「なっ!? 我が儘とはなんですか、我が儘とは」

 ハクアの言い様にサルジェが反目しますが、肉屋は豪快に笑い飛ばします。

「がはははは、こうして反論する辺り、お前さんはまだがきんちょとおんなじだな」

「えーっ!?」

 肉屋にまで馬鹿にされ、むっと頬を膨らますサルジェは、森で見ていたときの頼もしさより、肉屋の旦那の言う通り、子どもっぽさが感じられます。ツェフェリは思わずくすりと笑ってしまいました。

 聞いた話では、サルジェはツェフェリより少し年上のようですが、まあ、一、二歳ほどしか違わないので、親近感を感じました。

「ははは、そうからかってやるな。今日はいい肉はあるか?」

「おっ、ハクアさまは話が早くて助かる。実はいいもん仕入れましてな。……んお?」

 肉屋の旦那がふとツェフェリに目を留めます。ツェフェリはきょとんとして見つめ返しました。

 それが数秒続いたでしょうか。沈黙が気まずくなりかけたところで、すぱこーん、と店の奥から室内靴が飛んできました。旦那の頭に気持ちよく当たり、その役割を存分に果たします。

「なぁに、女の子に見惚れてるんだい? 本当にあんたはそんなんだからいけないよ」

 どうやら、奥さんのようでした。恰幅のいい奥さんが、ふんすと怒っている様は威厳に満ち溢れています。旦那さんも頭が上がらないようで、閉口してしまいました。

 代わるように、サルジェがフォローします。

「ツェフェリは稀子(まれご)ですからね。目の色がころころ変わるんですよ」

「あらまあ、本当だねぇ。どこかの遠い村の噂で聞いた[虹の子]さまみたいだ」

 ぎくり、とツェフェリとサルジェが身を固くします。ここはツェフェリがいた村からは随分遠いですが、噂話に距離などは関係ないようです。

 あからさますぎる二人の反応に、ハクアはやれやれ、と呆れて説明します。

「弟子が森で拾ったらしい。行き場がないから私の屋敷で働いてもらうことにした」

「あらあらサルジェくんったら、こんな可愛い女の子を見つけていたの? 全く、隅に置けないんだから」

「いっ!?」

 思わぬ方向から飛んできた槍に、サルジェは頬を真っ赤に染めます。サルジェは決してそんな厭らしい感情でツェフェリを保護したわけではありませんが、どうも大人の女性相手には敵わないようです。

「サルジェ? 顔真っ赤だよ?」

「あらあらあらあら、とぉーっても鈍い子なのね」

「え? 鈍いってどういう……」

「大丈夫だからツェフェリはちょっと黙っていようか」

 サルジェはなんとか持ち直し、話の矛先を旦那に向けます。

「それで、仕入れたいいもんってなんですか?」

「お、おう。そういえば食事情はサルジェくんの方が気になるよな。ほれ、牛肉だ」

 旦那がよいしょ、とショーケースから取り出したのは大きな大きな塊肉。しかも骨付きです。こんなに大きな肉は初めて見ます。ツェフェリは思わず息を飲みました。

「ふむ……確かにこれはいいですね」

「どうだい、そこの嬢ちゃんを招いた祝いにでも振る舞ってやったら」

 ツェフェリには何がいいとか悪いとかはよくわかりませんが、食に関しての知識はサルジェの方があるというのは明白です。旦那の言い振りだと、ハクアの屋敷でもサルジェが料理をしているのでしょうか。

 サルジェがハクアにお伺いを立て、ハクアはすぐにOKを出しました。それでこの豪快な塊肉の購入が決まったようです。値段交渉に入る三人を傍目に、ツェフェリは奥さんに手招きされました。

「どういう事情かわからないけど、お前さん、なかなか運がいいじゃないか」

「そうなんですか?」

「そりゃそうさ! ハクアさまのお屋敷に住ませてもらえるってのは、光栄の極みだよ? ハクアさまに認めてもらわにゃならんからね」

 確かに、それはあるだろう。

「サルジェも、認められて?」

「もちろんさ。まあ、サルジェくんの場合は、それがなきゃこの街にいられなかっただろうねぇ」

「え?」

「おっと、お会計が終わったようだよ。ハクアさまを待たしちゃいかんね。この街に住むんだ、また会おう」

 サルジェについて、何も知らないことを自覚したため、詳しく聞きたかったのですが、上手く話を逸らされてしまいました。けれど、奥さんの言う通り、ハクアを待たせるのもよくありません。急ぐわけではないですが、ツェフェリはハクアに[買われた]身であります。気を遣うのは当然でしょう。

 塊肉の入った袋をサルジェが持っていた頭陀袋に入れ、旦那にお礼を言います。ハクアが、では先に行くか、と歩き始めたので、ツェフェリもついていきました。

 今度は八百屋に呼び止められます。

「ありゃ、こりゃハクアさまでねぇか。めんこい娘っこ連れて」

「ああ、弟子の拾い物だ」

「物扱いはやめてくださいよ」

「はっはっは、相変わらずサルジェはハクアさまと仲がいいな。どれ、獲れたての野菜持ってくっから見てけしぇ」

 独特な訛りのおじさん……いや、もうおじいさん、と言っていいだろう店主は陳列してある野菜からいくつか見繕ってくれます。

「にしても、不思議な娘っこだな。ハクアさまのお目に留まったってこたぁ、占い師かえ?」

「ほう、狩人とは思わないのか?」

「その娘っこの細腕でぇ、弓が引けるたぁ思わねぇなぁ」

「なるほどそれもそうか」

 捉え方によっては悪口に聞こえなくもないですが、ツェフェリが弓を引けないのは事実です。森で暮らしていたときに、サルジェが試させてくれましたが、びくともしなかったのは鮮烈な記憶として残っています。それから一日、ずうっと腕が痛かったことも。

 いい思い出かと言われると微妙なところですが、貴重な体験であったことにはちがいありません。

 なんて、思いに耽っていると、ハクアが神妙な面持ちで言いました。

「だがな、彼女は[占い師]ではない。[絵師]として私の屋敷に招いたのだ」

「絵師? 画家でねくて?」

「ああ。私がタロット占いをするのは知っているだろう? あのカードの絵を専門で描いてくれるんだ。[画家]というよりは絵師だな」

「なぁるほどなぁ。ねーちゃん、絵がうめぇのが。ええごどええごど」

「え、あ、はい」

 [画家]と区別されたことにツェフェリは驚きましたが、一方でサルジェもまた別な理由で驚いていました。

「へえ、[占い師]としての腕を買ったわけじゃないんですね」

「はーあ。だからお前は見る目がないというのだ」

「えっ」

 するとサルジェは口を尖らせ、ハクアに問います。

「じゃあ、[占い師]と[絵師]は何が違うんですか?」

「簡単だろう。[使う人]と[作る人]の違いだ」

「ふむ?」

 あんまりにも速く即答されてしまったため、サルジェが戸惑います。その様子を見て、店主がかっかっと笑いました。

「簡単な話だえ。この野菜を作るおらと料理人のおめぇさんは当然違うべ」

「うーん、なるほど? でも肉を自分で狩って、料理して食べたら同じでは?」

「そりゃ自給自足ってやつださ。器用なやつはそれができるっちゅうこった。サルジェは器用っちゅうこったな」

「それはどうも」

 サルジェは占い師としての才能も併せ持つツェフェリを[絵師として]のみ招いたというハクアの発言が腑に落ちないようです。

「屋敷に着いたら詳しく話そう。ところでその野菜はいくらだ?」

 占い師と絵師の違い。ツェフェリはなんとなく気づいていました。

 それをわかっているからこそ、ハクアについてきて正解だった、と言えるのでしょう。

 商店街を抜けると住宅街が広がっており、その更に向こう側に大きな大きなお屋敷が見えてきました。

 白塗りの綺麗な壁のお屋敷は、ツェフェリは物語の中でしか知らないような壮麗な建物でした。

 ここが、ハクアの屋敷でした。

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