タロット絵師の行く末は
「[六芒星法]は知っているか?」
ハクアがカードを切りながら聞いてきます。もちろん、これから占いに使うツェフェリのカードです。
ツェフェリは間髪入れずに頷きます。ツェフェリは普段、[一枚引き]しかしませんが、他にも多種多様な占い方法をサファリから教わっています。お店をやるのなら占いの種類で値段を決めるべきでは、というサルジェの提案がありましたが、妥当な金額がわからないのと、金額を分けるのが面倒だったために、ツェフェリは[一枚引き]に絞ったのです。
「まあ、ひよっこが商売するならそれが妥当だろうな」
「ひよっこって」
サルジェが突っ込みますが、ハクアが百戦錬磨だとしたら、ツェフェリは占い師としてひよっこといっても差し支えないでしょう。それに、ツェフェリが本当に目指しているのは占い師ではないのですから。
ちなみに、サルジェが運営にアドバイスをしたのは、ハクアが占いをやるところを見ているからでした。
ハクアの占いも一種の商売ですから、もちろんお金を取ります。[一枚引き]はツェフェリと同じく銅貨一枚ですが、これが[六芒星法]になっただけで銅貨三十枚になります。他にも[三つの運命]は銀貨三枚ですし、もっと複雑な[ホロスコープ法]などになってくると金貨を取るほどまでになってきます。これが当たるものですから、誰もハクアに文句を言いません。
けれどそれはハクアが占い師として名声を持っているからです。ツェフェリはまだ占い師としては名も無き少女に過ぎません。そんな少女が当たるも八卦などとぼざいた日にはブーイングの嵐でしょう。
そんなツェフェリですが、ハクアのカード捌きに見惚れていました。特に変わった切り方をしているわけではありませんが、普通の切り方をしているだけなのに見映えするのです。これも一種の才能でしょう。占い師の才覚を目の当たりにし、ツェフェリは息を飲みました。
「さて、では[六芒星法]で占おうか。ツェフェリくんもカードを切ってくれ。自分の夢が叶うかどうか、アルカナたちに問いかけながらな」
「はい」
[六芒星法]はタロット占いの中でもポピュラーな占い方です。ただ、一枚引くだけの[一枚引き]とは違い、占われる方は占う内容を念じなければならないとされています。
ツェフェリは祈るようにそっとタロットを撫で、それからカードを切りました。
ハクアにタロットを返すと、さて、とハクアが一旦目を閉じ、それから開けます。
一瞬にして、ハクアの雰囲気が変わりました。先程までも人の上に立つに相応しい厳格さのある雰囲気を纏っていましたが、そこに妖艶さと掴みどころのないミステリアスな印象が加わります。ハクアの紫水晶のような髪の揺らめきが、より一層それらを引き立てます。
こういう、占いのときに雰囲気が変わる人物を見るのは二度目です。それでも、こういう神秘的なオーラを前にすると息を飲まずにはいられません。
「では、早速展開を始めようか」
ハクアはカードを並べ始めます。中央に六枚重ねたカードを置き、それから三角形を描くように三枚配置、対となるように逆三角形に三枚を配置、最後に一枚を中央の山に置けば、[六芒星法]の展開は完成です。
カードを置いた順に[過去]、[現在]、[未来]、[周囲の状況]、[潜在意識]、[対応策]、[最終予想]となります。
ハクアはまず[過去]のカードに手をかけました。現れたのは壺から壺へ水を移し替える美しい天使の絵です。
「ふむ、[節制]か。悪くないカードだな」
[節制]のカードは中立や平衡、バランスの取れた状態を表します。ツェフェリの過去……あの村にいた頃、というよりはサルジェに拾われてから今までを表しているように思います。
続いて[現在]です。
「[世界]の正位置。今の環境で充分に満たされているということか。この段階でこれが出てくるのはなかなかな結果になりそうだな」
[世界]は大アルカナの最後に位置するカードで完成や調和、平和を意味します。平たく言えば、いいカードです。それが占いの序盤で出てくるとは……まあ、タロットで良い意味を持つカードは他にもたくさんありますから、その考えは早計とも取れますが。
続く三枚目、[未来]のカードは杖を持った青年が暗い部屋の中で佇んでいる絵です。机には金貨とカップと短剣が置かれています。──が、よく見ると逆さまです。
ですが、タロット占いにおいては向きも重要になってきます。向きによって、カードの意味合いも変わってしまうのです。
「[魔術師]のカードは創造力やインスピレーションを表す。それが得られなくなる、とも取れるが、[魔術師]は大アルカナのナンバーⅠ。始まりを意味するカードでもある。これが逆位置ということは、物事が上手く進まないのかもな。あるいはスランプにでも陥るか」
スランプ。創作をしている人物には怖い言葉です。ツェフェリも、絵が描けなくなるのは怖いな、と密かに思いました。
今のところ、おかしな展開にはなっていません。ハクアが手練れなこともあるでしょう。不自然な解釈はなく、順調に進んでいます。
では、[周囲の状況]と行きましょう。
「これは……くくくっ」
「……え?」
現れたのは二人の男女が仲睦まじく寄り添って歩いているところをキューピッドが矢で狙っている様子が描かれたものです。
これは問うまでもなく、[恋人]のカードです。その名の通り、恋仲を意味します。ツェフェリは心当たりがないので首を傾げています。そんな傍らのサルジェを見やって、ハクアはくつくつと笑っていますが。
「まあ、[恋人]には文字通りの意味だけでなく、仲の良い人物という意味も含まれる。それに、我が弟子も懇意にしているようだしな」
「こ、ここここ、懇意って……」
「どうしたサルジェ。深い意味はないぞ?」
ツェフェリにはこのやりとりの意味がよくわかりません。が、ハクアと付き合いの長いサルジェはこの確信犯め、と恨めしげな目線を投げます。もちろん、ハクアはどこ吹く風で次のカードに手をかけます。
五枚目の[潜在意識]はおどろおどろしい異形の者に鎖をつけられた男女が引きずられている痛ましくも恐ろしい絵です。
これは見ての通り[悪魔]のカード。誘惑や邪心、憎しみ、嫌悪などの意味がありますが。
「この場合は束縛という意味が妥当だろうな」
「何故ですか?」
不思議そうなツェフェリのピンクの目に、ハクアがふっと紫水晶の目を細めて笑います。
「君は[夢]に囚われているんだよ。それしか目指していない。だから行き詰まる」
ぐ、と息を飲みました。思い当たる節があったからです。
ツェフェリはサファリと約束した[タロット絵師になる]という夢に拘り続けています。その結果は現状を見ての通り、ツェフェリの絵が売れることはありません。だから[未来]に行き詰まることを示す[魔術師]の逆位置が出ているのです。
なるほど、これは束縛と捉えられます。
「さて、[対応策]だ」
ハクアがぺらりとめくったのは勢いよく馬車が進んでいく絵です。
「[戦車]の正位置か。[戦車]は戦場へ味方を助けに行く様子を描いたものだから、味方という意味がある。つまり、誰か手助けしてくれる者が現れれば、未来も束縛も変わる、と解釈しよう」
「……なるほど」
「要は私が敵か味方か判断するだけで君の未来が変わるということだろうな」
ツェフェリがハクアをまじまじと見て悩み始めますが、ハクアは構わず、最後のカード、[最終予想]をめくってしまいます。
「ほう……」
にやり、と笑んだハクアにツェフェリはぞくりとしたものを感じました。何か来た、そう感じさせるに充分な表情です。
ハクアは持ち上げたそのカードをくるりと回してツェフェリの方に向けました。ツェフェリがあっと声を上げます。
「[運命の輪]……」
「その通り」
[運命の輪]──蛇の巻きついた歯車を回す天使が描かれたカード。それが示す意味は……
「運命のタイミングは自分で掴み取れ、と言いたいらしいな。そうすれば、幸運が訪れるだろう」
そうして、ハクアの占いが終了しました。
次はツェフェリのターンです。が……
「こ、こんなことって」
その展開にツェフェリも驚いていましたし、一傍観者に過ぎないサルジェまでもが目を剥いていました。
何故なら、先程のハクアと全く同じ結果だったからです。
「うーむ、困ったな。引き分けることは予想していなかった」
ハクアはそう言っていますが、さして困っているようには見えません。サルジェが悟ります。
[この最終結果すら、ハクアの予想の範疇だった]と。
ハクアは困ったと言った割には、すらすらと代案を述べました。
「よし、では私が君をこの店ごと買い取ろう」
「へっ!?」
ハクアは不敵な笑みを浮かべて告げました。
「君のアルカナへの愛情と絵の腕を買った。一緒に屋敷に来い。より夢に近い職を与えてやろう」
ツェフェリは少し迷ってから……
──差し伸べられた手を取りました。