タロットたちとサルジェの師匠
「ほお、お前が山小屋に抱え込んでいる娘はタロット占いができるのか。しかもカードから声が聞こえると」
「その通りなんですけど、抱え込んでいるってなんか聞こえ悪いんでやめてください」
北へ北へと上った先の大きな大きなその街で、狩人の男女が話していました。一人はサルジェです。ここは立派なお屋敷の中で、サルジェはまるで給仕のようにお茶を淹れていました。茶器も立派なもので、それを手に語らう女性にとてもよく似合っていました。
その女性というのが容姿端麗で、紫水晶のようにきらびやかな髪と目を持ちます。座り姿も背筋がぴんと伸びており、凛々しい印象を与えるものです。
彼女こそサルジェの狩人の師匠にして占い師もやっているこの街の地主、ハクアです。適度に引き締まった体と姿勢の良さは狩人として鍛えていることが見て取れますし、彼女が放つなんとも形容しがたい神秘的なオーラはツェフェリが占いを行うとき以上に神秘的でした。
が、サルジェは占いという面においては実はあまり師匠を信頼していません。何故なら、ハクアは滅多に占いをしないのです。依頼が来ても、「神頼みする余裕があるなら自分にできることをしろ」などといって、突っぱねてしまうのです。なかなか手厳しい人だとサルジェは思っていました。
自分にできることをやりきって尚結果が出ないからこそ、占いという神頼みに来るのでしょうに。
ただ、狩りの腕前は目を見張るものがあり、どんな獲物でも百発百中の弓の腕前と、冷酷無慈悲にも見えるほどの生き物を殺すことへの躊躇のなさ、それでありながら必死に生きたであろう獲物への尊敬の念を忘れない、そんな狩人としてのお手本のような姿を持つ人です。そんな人物が、ひよっこだったサルジェを狩人として育てる、となったときはサルジェも驚いたものでした。文句なしに北の街の一番の守護者です。
さて、話を戻しますが、二人が話しているのはサルジェが山小屋に暮らさせている少女、つまりツェフェリのことでした。
サルジェはツェフェリが悩んでいることを知っていました。常日頃からツェフェリは占い師ではなく絵師になりたいと言っているのですから、当然です。
ただ、ツェフェリはまだ名もない絵師です。サルジェが見た分には、タロットカードの絵柄は非常に美しく壮麗で、絵としてもタロットカードとしても認められて然るべきでは、と感じていました。
そこで頼ろうと思った先が師匠のハクアでした。サルジェにとって身近なこともありますが、ハクアもタロットカードを使った占いをするので、カードの目利きも当然できます。それに依頼を無下にしてもきちんと人が寄ってくるのは、ハクアの実力が確かなものであるからです。
そんなハクアに認められたなら、ツェフェリはきっと新しい一歩を踏み出せるのではないか、とサルジェはハクアにツェフェリについて話した次第です。
「ふむ、確かに興味深いな。お前より少し年若いくらいの少女がその境地に至っているというのも面白い」
「境地?」
「気にするな。こっちの話だ。サルジェにしては随分興味をそそる話題を持ってきたではないか」
「にしてはってなんですか、にしてはって」
それからハクアはある一日の予定を空けて、[宿り木]に行くことにしました。
「というわけで、三日後に師匠がここを訪ねるんだ。ゆっくり話したいって言ってたから、一日休業にしてくれるかい?」
ハクアの名前は出さずに、サルジェはさっと経緯をツェフェリに話しました。ハクアの名前を出しても、ここから遠い村の出身のツェフェリはぴんと来ないでしょう。
サルジェの師匠が占い師であることは以前も聞いていましたが、まさか自分に興味を持ってくれるとは、思いも寄りませんでした。
「うん、ありがとう。三日後ね、空けておくよ」
[宿り木]はそこそこに繁盛しておりましたから、一日くらい休んでも問題はありません。食料や日用品はサルジェが補充してくれるので、特にお金を使うこともありませんから、ツェフェリは丁寧に貯金しておりました。
さて、取り立てて変わったことのなかった日の夜、草木も眠り、当然ツェフェリも眠る頃、誰にも聞こえない不思議な声たちがざわざわと話し始めました。
「どう思うか?」
そう疑問を投げ掛けたのは、ツェフェリのタロットカード、その一枚の[皇帝]のカードです。普段は喋らない寡黙な人物が声を上げたことに、他のタロットたちは驚きました。
「どうって、どういうこと?」
[太陽]の子どもが問います。それに心底面倒くさそうに[死神]が返しました。
「ツェフェリの今後についてだろう」
「でっさんは興味なさそうだね」
「興味はないな。オレはほとんどの場合、凶兆を知らせるカードだからな」
「確かに、主様の今後について、我々もそろそろ真剣に向き合わないといけませんね」
[死神]と[太陽]の間に割って入ったのは[運命の輪]の天使でした。このタロットたちの中のリーダーのような[運命の輪]の発言に、ほとんどのタロットが反応します。
「エリーさまの今後ですか?」
「そうです。我々もそろそろ腹を決めた方がいいでしょう。──主様の元を離れるかどうか」
「主殿から離れるなどあり得ん!!」
即座に猛反発したのは主愛凄まじい[悪魔]でした。[太陽]も[悪魔]に続いてそうだそうだ、と言い張ります。
「ですが、エリーさまの本当の望みを皆さんご存知なのではありませんか?」
「それは……」
「ぐぬ……」
[正義]の女神の指摘に[太陽]も[悪魔]も閉口します。
長年、ツェフェリに寄り添って生きてきたのです。その上、彼らはツェフェリの願いによって生まれた存在とも言えます。それがツェフェリの願いを知らないなどとは、口が裂けても言えません。
タロット絵師になりたい。
ツェフェリの願いはここから寸分たりともぶれていないのです。
「だが、我らとて進んで主殿の元を離れたいわけではなかろう? フォーチュンの若造にしたって、それは同じだろうに」
[悪魔]からの返しに、今度は[運命の輪]が黙ってしまいます。同時に、他のタロット全員が黙ってしまいました。
[悪魔]ほどでないにせよ、皆、ツェフェリに愛着があります。できることならずっと一緒にいたい……その思いは同じなのです。
「では、こういうのはどうでしょう?」
口火を切ったのは[魔術師]の青年でした。
「数日後、サルジェ殿の師匠という占い師の方が、ここにいらっしゃるという話です。サルジェ殿に上手く話して、主殿と師匠殿をタロット占いで勝負させるというのは?」
「……どういうことだ?」
「我々の行く末は我々自身で示すべき。そうは思いませんか?」
そうして話し合いが進み、夜は更けていくのでした。