タロット絵師の占い処
[宿り木]は在庫一掃後、早速[占い処]として新装開店しました。もちろん、あのタロットたちが売れ残り、ツェフェリがそれを使って占うという方針になりました。
森の近くの街では、骨董屋がなくなったことを嘆く声もありましたが、[占い処]というのも興味をそそったようで、主に女性客がやってきました。
ツェフェリの七色に変わる不思議な瞳に魅了され、占いへの関心が高まり、ツェフェリが解釈を始める頃には身を乗り出して聞いているような具合です。
解釈といっても、大したことはしません。何について占いたいのか、相談内容を聞き、[一枚引き]をするだけです。銅貨一枚にはこれが最適でしょう。
[六芒星法]や[三つの運命]など他にも占い方は知っていますが、[一枚引き]が一番シンプルでやりやすいですし、あまり高度な期待をされるのも重荷なので、ツェフェリは[一枚引き]のみでやっていくことにしました。
この占いがわりと評判になっていくのです。
あるとき、女の子がやってきました。学校がある街に暮らしており、受験を控えているのだそうです。
この世界に学校が存在する街は僅かです。その街はとても豊かなのでしょう。学校に着ていく制服というものを初めて目にしたツェフェリはまず一目見て可愛いと思いました。
ただ、可愛らしい制服に身を包んだ少女の表情は優れません。何やら悩みを抱えているようです。
「今度、上の学校に行くための受験があって……ちゃんと勉強はしてるけど、ちゃんと受かるか不安で」
この子は母親から[宿り木]のことを聞いたようです。
「気休めにでも行きなさいって。私、藁にもすがる思いで……」
「うん、でもずっと頑張ってきたんだね?」
「はい」
「じゃあ、受かるかどうかを知りたいって祈ってカードを引いてみて」
ツェフェリは少女にカードを差し出します。少女は祈るように目を瞑って、それからカードを引きました。
現れたカードは、星空の下、地面に水をやっている少女の絵。
「やった!」
「え、いいカードなんですか?」
まあ、絵柄の印象だけではわからないでしょう。
「このカードは[星]といって、意味は[希望]なんだ。望みはあるよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
当たるも八卦、当たらぬも八卦ですが、こうして心の救いになるのなら、それより良いことはありません。見ると心持ち、少女の顔色がよくなったように見えます。
ツェフェリは微笑んでこう付け加えました。
「努力はきっと報われる。努力しなきゃ、何も実らないからね」
そんな占い師からの一言と、温かく揺らめくオレンジの目に少女は笑顔ではい、と答えて、銅貨を一枚置いていきました。
「いいね、希望を与える仕事っていうのは」
サルジェが奥から出てきます。サルジェはいつもツェフェリの仕事の邪魔にならないようにお客が来ているときは引っ込んでくれています。
相変わらず、狩人としての仕事もあるのでしょうが、ツェフェリに食料を取ってきてくれます。その上料理まで。ちゃんと狩りもしているので狩人としての腕前もそれなりにあるのでしょうが、料理の上手さの印象が深く、時々サルジェは料理人なのではないか、と思ってしまいます。
それはさておき。サルジェが褒めてくれたので、ツェフェリも胸を張ります。
「へへ、人の笑顔を見るのは最高だね」
そう宣うツェフェリに人がいいなぁ、とサルジェは思うのでした。
けれども、毎度毎度こんな平和な結果ばかりが生まれるわけではありません。
こんなことがありました。
「恋愛の相談なんですけど……」
占いをやっていれば、こういう案件はよくあるものです。タロット占いにも[愛の架け橋]というものがあるくらいです。恋愛は占いのド定番といって差し支えないでしょう。
ツェフェリも何度か恋愛に関する占いはやったことがあります。が、今回ほど重いものはなかったのです。
「彼が浮気しているかもしれなくて……彼には私だけを見ていてほしいのに……」
愛が重いのでは、と思いましたが、言わぬが華というものです。
「彼氏さんとどうなるか知りたいってことかな?」
「はい」
なんとなく、嫌な予感はしていたのです。薄々感づいていたというか。
「彼と私が最後まで一緒にいられるかどうか知りたいです。彼には私が必要なんです。彼は一人ではなんにもできない。私がいないとお掃除もできないし、お洗濯もできない。料理を作ることもできないんです。彼は私がいないと死んじゃうんです。そんな彼が私から離れたら……ああ、考えるだけで恐ろしい……」
女性には聞こえていないのでいいですが、何人かのタロットが「うわあ」とぼやいてしまったことも、致し方ないことでしょう。
ツェフェリもうわあ、とは思いましたが、これはお商売です。笑みを貼り付けて女性にカードを差し出しました。
「では、彼氏さんとのこれからについてを知りたいと願いながらカードを引いてください」
「はい」
女性は意を決したようにえいや、と一枚引きます。そのカードがひっくり返されたとき……ツェフェリは息を飲みました。
そこには雷に打たれてぼろぼろと崩れる塔の姿が。死神の次くらいに不穏さを感じるカードです。
「これは……?」
「[塔]というカードです。この絵の通り、何もかもが粉微塵に壊れてしまうことを表すいわば[破滅]のカードですね」
「そんな……!」
[塔]はタロットカードの中で唯一、正位置も逆位置もあまり良くない意味のカードです。正位置では自分で成したことが引き金になり、逆位置では他人が起こしたことに巻き込まれてとんでもない目に遭う、という意味を持ちます。
この女性の場合なら、どちらの意味もあり得るでしょう。だからこそ、ツェフェリは忠告しました。
「別れた方がいいですよ」
「……」
直後、ぱしぃん、という音が空間に響き渡ります。
ツェフェリの頬が赤く腫れ上がっていました。女性が憤怒を全面に出した表情でツェフェリを睨み付けていました。
「別れろですって? 私と彼のことをろくに知りもしないあなたが何を偉そうに」
「占いは、占いです。信じるか否かはアナタ次第です」
「この……っ」
もう一度手を振り上げる女性でしたが、その手は何者かに掴まれました。
「それは八つ当たりというやつですよ、ご婦人」
「誰よあんた」
「北の守護者です」
サルジェがその肩書きを名乗ると、女性は引き下がりました。
「信じる信じないはあなた次第、と占い師も言ったでしょう。なら、占い師に与えるべきはあなたの手を痛める平手ではなく、たった一枚の銅貨だけです」
「わかったわよ」
ばん、と荒々しい手つきで銅貨を置いて、女性は出ていきました。
「大丈夫か、ツェフェリ?」
「あ、なんだサルジェか」
「なんだとはなんだ、なんだとは」
サルジェの立ち居振舞いがいつもと違ったので、ツェフェリは一瞬誰かと思ったようです。
「意外と女たらしみたいなこと言えるんだね」
「意外とはなんだ。っていうか女たらしは聞こえが悪いぞ」
部屋から救急箱を持ってきて、サルジェはツェフェリの手当てをします。
「一応地主の弟子だし、北の守護者を名乗らせてもらってるんだ。あれくらいは口先でどうにかできないとな」
「北の守護者ってそんなにすごいの?」
ツェフェリはこの森と元いた村しか知らないので、いまいち実感がありません。まあ、[北の守護者]と名乗るだけで相手に理解を与える力があるのですから、ただ者ではないのでしょうが。
「んー、この辺では一番大きな街だし、他の大きな街との交流も深いんだ。それに、狩りが一番盛んで、そのおかげで他の街の住民の安全が確保されているからな。一応すごいとこだぞ」
「へぇー。サルジェってそんなすごい人なんだ」
「まあ、師匠には敵わないけどな」
ほら、手当て終わったぞ、とツェフェリの頬をサルジェは優しく撫でます。話しながらでも慣れた手つき、サルジェは手先が器用なようです。
「さっきのみたいなのには気をつけろよ。まあ、客は選んじゃいけないと聞くが……」
「うん、ありがとう」
さて、次のお客はどんな方でしょう?
訪れたのは、夫婦でした。旦那さんが奥さんを心配そうに見つめています。奥さんはなんだか憂鬱そうです。
「何を占いましょうか?」
「最近、妻が元気がなくて……励ましてやれたらと思ってきたんです」
それは占い処の役目なのか、少々疑問符が浮かぶところがありますが、少しでもいい未来が見えたなら、それは励ましになるのでしょう。
とはいえ、タロット占いは占うことの具体性が大事です。
「オーソドックスに、奥さんのこれからを占ってみましょうか。一枚どうぞ」
そう言って、ツェフェリはばらりとカードを広げます。虚ろな目をした奥さんが、その中から一枚をつまみ上げました。
そこに描かれていたのは荘厳なつくりの椅子に座った女性。頭にはティアラをつけており、威風堂々とした様子で真っ直ぐ前を見据えています。右手に杖、左手には鷹の紋様が入った盾を手にしています。
「これは[女帝]ですね」
「いいカードなんですか?」
やはり、占いの結果は良い方に期待してしまうようです。食い気味の旦那さんにツェフェリは微笑みました。
「[女帝]は豊穣を意味するカードです。他にも女性全般のことを指したり……ああ、そうですね、母親という意味もあります。奥さん、いいお母さんになれるんじゃないですか?」
「えっ……」
奥さんが目を真ん丸に見開いて、ツェフェリを見ます。
「子どもができたこと、誰にも言ってないのに」
「ええええええええっ!?」
思わぬ爆弾発言にツェフェリも驚きましたが、それ以上に旦那さんが目をひんむいていました。本当に誰にも言っていなかったようです。
事の次第はこうでした。奥さんは自分の中に新たな命が宿ったことを知りましたが、まず当然旦那さんに打ち明けようとしたのです。ところが、旦那さんは仕事が立て込んだり、友人に助けを求められたりで大忙し。そんなうちに奥さんはすっかり言うタイミングを逸してしまい、それでいつ言おうか悩みに悩んで上の空状態になってしまったのだとか。
おまけに言うなら、子どもができるなんて初めてのことですので、母親になるという現実と向き合う覚悟も足らず、と重なってしまい、憂鬱になっていたのだと言います。
「気にしないで言ってくれればよかったのに」
「私が口下手なの、知ってるでしょ」
「まあでも、ここに来てよかった」
「そうね、いいきっかけになったわ」
「これからも、家族で共に愛を紡いでいきます。占い師さん、ありがとうございました」
そこそこにのろけられ、ツェフェリは夫婦を見送りました。
「いやぁ、見事なのろけだったな」
「でも、いいよね、家族って」
ツェフェリが遠い目をするのを見て、いつぞや聞いたツェフェリの生い立ちをサルジェは思い出します。
ツェフェリには両親がいません。物心ついた頃には教会に預けられていたのです。それを慮ると、家族というものに憧れを持つのも頷けます。
「いつかボクも、誰かと結ばれて、幸せになれるかな……」
さらっと言いましたが、サルジェは気が気ではありません。もう顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなりました。
サルジェはツェフェリを少なからず好いています。ちょっと、ほんのちょっとですが……自分がツェフェリと結ばれる、という妄想をしてしまったのです。
「そ、そうだツェフェリ、話があるんだ」
話題を逸らして平静を保とうと必死のサルジェですが。
「どうしたの、サルジェ? 顔が赤いよ」
「なんでもないよ。それよりええと……」
一つ深呼吸して、気を取り直したサルジェは用件を告げました。
「師匠が今度来てみたいっていうんだけど、どうかな?」




