タロット絵師の骨董屋
大きな大きなその森で、小さな小さなその小屋は一見目立たない普通の山小屋でした。普通の小屋と違うのは[骨董屋 宿り木]と看板が立ててあることです。
窓から光が零れるその小屋は、実は知る人ぞ知る店でした。
がちゃり、と店の扉を開くと、中には多種多様な品々の数々。壺だったり、時計だったり。年代を感じさせるものたちの向こう側に年若い店主がおりました。
「いらっしゃいませ。何をお買い求めですか?」
鶯色の髪が短く切り揃えてあるため、少年のようにも見えましたが、声を聞くに少女です。朗らかで人懐こそうな少女はとても人柄がよく、商品のことを丁寧に説明してくれます。
するとどうでしょう。不思議なことにどんなヘンテコな商品でも何か素晴らしいもののように思えてくるではありませんか。
あそこはいいものを置いている──そんな口コミが瞬く間に広まり、森の奥であるにも関わらず、[宿り木]はそこそこに名の知れた骨董屋になっていったのでした。
こうして順風満帆な自立生活を送り始めたツェフェリですが。
からん。
「いらっしゃいま……なんだ、サルジェか」
「なんだとはなんだ、なんだとは」
数ヶ月も経てば、同居人との生活にも慣れきってしまいました。そう、この小屋の本来の持ち主、サルジェです。
サルジェはこの森を北に出たところにある大きな街から狩りに来ている狩人です。この辺りでは北の街は大きいですから、北の街の狩人は[北の守護者]と呼ばれるくらい偉大な存在なのだそうです。
そんな教えを振り返りながら、ツェフェリはサルジェを眺めます。
「……全然そうは見えないなぁ」
「ツェフェリ? 俺、もしかして今滅茶苦茶失礼なこと考えられた?」
ツェフェリは黙して知らんぷりです。
サルジェはとにかく、どこからどう見ても平々凡々とした青年です。狩人の装備をしているから狩人なんだろうな、という感じがするくらいなもので、威厳というか、オーラというか、そういう強い印象を持たない青年です。印象がないのも個性ではあるのでしょうが、印象が薄いので、最初の頃はなかなか名前が覚えられませんでした。今ではいい思い出です。
などと回想しているうちに、あらなんということでしょう。サルジェは割烹着姿に早変わり。狩人から料理人に変貌しました。
「今日は山菜が獲れたから、和え物にするぞ」
「わーい」
数ヶ月一緒に過ごして得たサルジェの情報といえば、狩人であるということと、サルジェは料理が得意であるということくらいでしょう。
しかし、これが[くらい]で収めていいような腕前ではなく、村ではそこそこ舌の肥えている方だったツェフェリを唸らせるほどの腕前なのです。普段は一人で小屋に籠って狩りと食事を繰り返しているらしいので要領もよく、気がつくと料理ができていたりします。
よって、ツェフェリ的にはサルジェは狩人というより料理人の印象が強いのです。まあ、食べるものを狩るところから始めているので、狩人でもあるのですが。
「ツェフェリも女の子なんだから、料理くらい覚えた方がいいよ」
「女の子だから?」
「あ……箱入り娘だったか……」
「意味わかんないけど失礼なこと考えられたような」
「気のせい気のせい」
こんな会話を交わしながらも止まらないサルジェの手並みは見事なものです。覚えたいような気もしますが、ツェフェリはツェフェリで覚えなければならないことがあります。
ツェフェリは残っている商品を確認しに向かいました。ツェフェリの店は在庫が切れたら閉店です。まあ、大抵の人が物々交換を申し出て、余り分をお金にしてくれる、という変わった形式を取っているので、あまり在庫がなくなるということはありません。
ただ、品物が入れ替わり立ち替わりなので、把握の必要があります。商品の説明ができなくては、店主失格ですからね。
「うーん、この瓶は確か限定もので出回っている数が少ないから高めに設定して……この宝箱はわりと色んな商人さんが売ってるの見たことあるからこれくらいで……」
価格設定も仕事のうちです。[宿り木]の店員はツェフェリ一人なのですから。
サルジェは狩人が本職ですから、昼間は狩りに出ていていません。サルジェは場所を貸しただけです。[宿り木]の仕事には一切口出ししません。
ただ、よく考えると、今までサルジェからお金を取られたことがありません。サファリから学んだことですが、サファリたちのような旅の商人は商売をするために場所代というものを支払って初めてその場所で商売ができるという仕組みがあるのだ、と話していました。
このまま、サルジェに甘えて[場所代]を払わなくていいのだろうか、とツェフェリは思いました。
「ツェフェリー、できたよー」
「あ、うん。……サルジェ」
「なぁに?」
「お金、払った方いいかな?」
「へ?」
しまった、話し方が唐突すぎました。ツェフェリがあたふたとしながら説明しようとしますが、上手く言葉がまとまりません。
「そ、その、ここってサルジェの小屋だから、ここでお商売させてもらっているわけで、ああ、しかもご飯まで作ってもらって、お礼?」
片言になってしまうツェフェリの様子をサルジェはしばらくきょとんと見ていましたが、やがて、屈託なく笑って、ツェフェリの鶯色をくしゃくしゃと撫でます。
「そんなこと気にしなくていいって。それより、街に行く話、考えてくれてるか?」
「あ」
そう、ツェフェリはサルジェの本来住む街に来ないか、と誘われているのでした。毎回毎回返答を先送りにしているのですが、店のことでてんやわんやでツェフェリに考える暇がないのです。
察したのか、サルジェは苦笑して、盛りつけてくる、と引っ込みます。そうやって、サルジェはいつも返答を待ってくれます。無理矢理連れて行こうとはしません。いい街アピールもしてきません。媚びないその姿はツェフェリが久しく見ていなかったものを感じさせました。
村の人がみんなこんなだったら、ボクも飛び出して来なかったのに、とツェフェリは目を憂いを帯びた深緑に染めます。
サルジェはツェフェリのころころ色の変わる目に関して、何も突っ込んできません。特別扱いしているわけでもなさそうです。そういう人というのに、サファリ以来会っていなかったので、不思議な感覚です。
ツェフェリは一つの商品に向かって歩きました。
「サルジェは本当に不思議だね」
「主殿……」
機嫌の悪そうな低い声が聞こえます。ぷー、とあまり明るくないラッパの音も聞こえました。
「つぇーたんひどいよ!! 毎日毎日、売れもしないのに僕たちを他の商品と一緒に並べたりして!!」
それはタロットたちの声でした。[太陽]の男の子は不平たらたらといった様子です。心無しか、[悪魔]のカードからもどんよりしたオーラを感じます。
「エリーさま、私たちを嫌いになっちゃったの?」
「うーん、そういうんじゃないけど……」
[世界]の少女からの問いに、ツェフェリは苦い思いが喉元まで上ってくるのを感じました。
ご覧の通り、と言いますか……ツェフェリは手ずから作ったタロットを数々の骨董品に紛れさせて売ろうとしていたのです。
「そもそも、ボクがタロット作ったのはみんなに幸せのおまじないのカードを配りたかったからで……タロット絵師になりたかったんだよ……」
「主殿が我々を使えば良いだけのこと!」
「そーだそーだ!!」
[悪魔]と[太陽]が意気投合しています。他のカードたちも声にこそ出しませんが、不満げです。
「愛されてるねぇ、ツェフェリ」
「わっ」
割烹着から部屋着になったサルジェが後ろに立っていました。ツェフェリは普通の人には独り言にしか見えない光景をずっと見られていたのかと思い、恥ずかしくなります。
このタロットたちの声は、今のところツェフェリにしか聞こえないのです。サルジェには事情は説明してありますが、やはり聞こえないはずです。
「ごはんできたのに全然来ないからどうしたかと思えば。また揉めてたの?」
「あ、聞こえてたんじゃないんだね」
「聞こえなくてもなんとなく雰囲気でわかるよ。滅茶苦茶警戒されてるでしょ、俺」
「只人の身でよくぞわかったな、小童! 主殿に近づくでない!!」
「え、本当にこれ聞こえてないの……?」
「聞こえないよ? ただ、なんかすごいオーラ出てるなーって感じ?」
「ふん、所詮は凡人」
「あれ? 失礼なこと言われてる?」
「やっぱり聞こえてるよね!?」
嘘を吐くような人物ではないと知ってはいますが、ちょっと疑ってしまうほど、サルジェは勘がいいというか、空気を読む技術が長けているというか。どこかの[吊られた男]に見習ってほしいものです。
それはさておき、せっかくのごはんが冷めてはいけないということで、食卓に場所を変えてツェフェリはサルジェに相談しました。
「このタロット、売れてもばったもんだってすぐに返されるんだよね」
「タロットにばったもんもへちまもあるかね」
「占いが上手くいかないらしくて」
「あー」
非常に残念なことですが、世の中においてタロットカードは娯楽の意味を持ちません。タロットカードに必要とされるのは[実用性]、占いの結果をいかに正確に示すかにかかっているのです。
故に、正しい未来を示さないタロットは無用の長物と捨てられてしまうのです。
「使い手の問題のような気もするけどな。ツェフェリはどうしたいの?」
「どうって?」
サルジェは山菜の和え物を咀嚼してから続けました。
「そんなに愛してくれるタロットたちを手放したいの?」
「ぐぬぬ、その聞き方はないよ。[はい]って答えにくいじゃん」
「[はい]なの?」
ツェフェリが俯きます。その目には沈んだ紫が灯っていました。
「こんなに仲良くしてくれるタロットたちは友達みたいなもんだよ。離れがたいに決まってるじゃん……でも」
「でも?」
顔を上げたツェフェリの目には決然とした赤い色が宿っていました。
「タロット絵師として認められたいっていう気持ちもある」
「そっかー」
茸の味噌汁を一口飲むと、サルジェは箸を置き、人差し指を立てます。
「根本は[みんなを幸せにしたい]だろ? それならまず、ツェフェリがそのタロットを使って、ばったもんじゃないって証明すればいいんじゃない?」
ツェフェリは落ち着いたオレンジの目をぱちくりとします。
「どういうこと?」
「骨董品が粗方売れたら、ここを[占い処]にしたらどうだ?」
サルジェからの提案に沈思黙考し……ツェフェリはばっとサルジェの手を取りました。
「それだ!!」
「わわっ」
サルジェは突然のツェフェリの体温に驚きましたが、ツェフェリは全く気にしていません。
「サルジェ、ボク、頑張ってみるね!!」
「う、うん」
ツェフェリのきらきらとした金色の瞳が近く、サルジェが頬を赤らめます。それに対し、タロットたちがああだこうだと騒ぎましたが、前のめり気味のツェフェリはどこ吹く風。
[これから]が決まって、嬉しかったのです。