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タロット絵師の物語帳  作者: 九JACK
タロット売りの占い処
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タロット売りの振る舞い方

「サファリ、改めて紹介する。ヴェンだ」

「ヴェ、ヴェンです」

「サファリと申します」

 サファリが名乗り、ぺこりと頭を下げると、ベルは驚きます。「申します」なんて畏まった言葉遣い、ベルはサファリに教えていませんからね。

 キャペットがふっと胸を張ります。

「サファリ坊やがお勉強したいっていうからね。色々仕込んでおいたよ」

「ありがとう、キャペット」

 ベルは素直に礼を言います。ベルは家族の中で唯一黒人に生まれてしまったため、家族からも周囲の人間からもまともな扱いを受けてきませんでしたし、礼儀作法も教えてもらえませんでした。商人になるにあたって、必要最低限の礼儀は覚えましたが、子どもに教えるほどの余裕はありませんでした。

 [ベルの行商人]の名前は大きくなりましたが、それは自分にあらゆる一般常識を教えてくれた人々の支えあってこそだとベルは考えています。特に先代のキャペットには言葉遣いなどをよく教わったものです。

 ベルはしゃがんで、サファリと目を合わせました。

「キャペットは普通の人より物を知っている。疑問に思ったことはどんどん聞くといい」

「はい、お父さん」

「あと、教えてもらったなら、ありがとう、もちゃんと言うんだぞ」

 ベルの言葉はシンプル故にとてもわかりやすいものでした。サファリはくるりと顔をキャペットの方に向け、ありがとうございます、と言いました。ベルが無言でサファリの頭を撫でるのを見て、キャペットはヴェンに耳打ちします。

「な? 親馬鹿だろう?」

「本当ですね。ぼくは羨ましいです」

 ベルがサファリのことをとても大切にしていることはそんな些細な仕草から簡単にわかりました。ヴェンは目を細めます。

 ベルという男は寡黙で無愛想な印象がありますが、子どもにはなんだかんだ優しいのです。そんな人が自分の子どもを持ったら、それは優しくするに決まっているでしょう。

「あ、そうだ! ベルさんの分もお手紙たくさんありますよ!」

「ヴェン、配り屋のお仕事で来たって」

「そうか」

 ベルの返事は淡白なものだったが、立ち上がり、ヴェンからたくさん束ねられた手紙を受け取ると、ヴェンの頭も撫でます。ヴェンはてへてへとはにかみました。年嵩こそサファリよりありますが、ヴェンもまだまだ子どもなのです。

「お手紙いっぱい」

「ああ。宿で読もう。キャペット、サファリをありがとう」

「いいよ。ああそうだ、覚えていたら石鹸を分けておくれ。さすがに手入れせんとね」

 キャペットは自分の髪をぱらぱらとしました。少し潤いの足りないぱさついたグレイヘア。キャペットは本以外のことはどうでもよく、自分の身だしなみにすら気を回さないような女性ですが、どういう心境の変化でしょう。

 と、ベルは内心驚いていたのですが、なんてことはありません。キャペットはベルが戻ってくるまでじーーーーーーーっとサファリを見ていて、その滑らかな白髪に、さすがに女の自分も多少手入れした方がいいだろう、と考えたのです。不衛生でも、図書館に人はやってきませんからね。

 サファリは父と手を繋いで歩いていきます。

 サファリの姿は人の目を惹きました。すれ違う人々が振り向き、ひそひそとサファリの容姿と神秘性を讃えます。サファリはそれを胸を張っていいことだ、と思いましたが、表情は優れません。

 何故なら、サファリを讃える言葉に混じって、ベルを蔑む言葉も聞こえたからです。ベルがいくら[ベルの行商人]という名前を世界に広めても、黒人差別はなくなりません。更に今は黒人が白人を引き連れているように見えるので、心象は悪くなるばかり。

「黒人のくせにえらそうに」

「黒人のくせにいい服を着て」

「黒人のくせに我々を内心で見下しているのだろう」

 肌が黒いことの、何がそんなに悪いというのでしょう。きっと人々はその問いの答えも持たずに[そういう風潮だから]と黒人を蔑んでいるのです。無知なるものの愚かしきとはこのことでしょう。

 サファリは一つ、考えました。

「お父さん。お宿は何番通り?」

「三番通りの[ウェストリー]という宿だ」

 父が答えるなり、サファリは歩幅を広くして、父の先に立つ。繋いだ手は白人が黒人を引いて歩いているように映り、周りの悪口も目に見えて減りました。

 人間というのは、傾向さえ把握すれば単純なものです。待つ間に字を学び、知識を手に入れたサファリはすぐに父が黒人であることへの[対応策]を手に入れたのです。

 父を蔑ろにするつもりなんて毛頭ありません。ただ、傍目からどう見えるかによる印象操作が重要なのだ、と聡明なサファリは気づきました。

 すたすたと歩き、三番通りに着きます。[ウェストリー]という宿はすぐに見つけられました。

 中に入ると、店員が父の姿に一瞬嫌そうな顔をしてから、サファリの存在に気づきます。何故か父はそこでサファリに跪き、サファリを丁寧な所作で抱き上げました。

「部屋の鍵を」

「……っは、はいっ」

 サファリの姿に見惚れていた女性店員は、父の催促に慌てて鍵を取り出しますが、こっそりと耳打ちします。

「も、もしよろしければ、広いお部屋をお取りすることも……」

「結構です」

 サファリがにこやかに冷たく、断りました。即答です。女性は失礼しました、と少し噛みながら、カウンターに頭がつくほど丁寧にお辞儀をしました。

 父に抱き上げられたサファリはむうっと唇を尖らせます。

 父は部屋に入ると、不機嫌なサファリを小さな部屋の狭いベッドの上に座らせました。

「いかがなさいましたか、マドモアゼル?」

「僕男だもん」

 試すようにサファリに問いかけて、サファリが即答すると、父はふふっと笑います。

「きちんと学びを得たようだな」

「……でも」

 暗い顔をするサファリの頭を父は撫でます。

「俺のことはいい。学びたいことややりたいことがあるのなら、俺がそれを妨げることはない。だから好きなようにやれ」

「ううん」

 サファリは首を横に振りました。

 そうしないと、サファリを妨げないために、父が遠くに行ってしまうような気がしたのです。

 事実、父親が黒人であることはサファリにとって大きな枷になるでしょう。黒人差別は時代と共に和らいではいますが、キャペットやヴェンのような人間はなかなかいません。だから、和らいだといっても、それはごくごく僅かで、限定的な変化に過ぎません。

「僕は僕のやりたいことをする。でもね、お父さんが妨げになるなんて、全然思わないから」

 だから、これから先もずっと一緒にいてほしい。

 そんないたいけな願いをベルは夜のように静かな眼差しで受け止めていました。

 今日も、明日も、病める日も、健やかなる日も、狭いベッドでも、危険な野宿でも、一緒に隣で眠りたいのです。

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