タロット売りとちょっとお兄さん
サファリは物覚えが良く、教わったことはすぐに覚え、読み書きもあっという間にできるようになりました。
けれど、キャペットはそれを簡単に褒めたりしませんでした。何故なら、サファリの可能性はその程度では留まらないからです。もっとサファリの可能性や才能をのびのびと成長させるためには、褒める場所をしっかり見極めないといけない、と考えていたのです。
この世界には黒人差別と反対に特別な容姿の者を崇拝する文化がありました。その最たるものが[宝石色の子]という宝石と同じ色をした綺麗な目や髪を持つ子どもを崇拝する文化です。
黒人はただ肌が黒いだけで、他は普通の人々と同じなのですが、[宝石色の子]は目や髪の色が特別な他に、特別な能力を持っています。そのことが更に篤い信仰へと繋がっているのです。
キャペットは[宝石色の子]も黒人も馬鹿馬鹿しいと思っていました。信仰なんて聞こえよく言っても、根っこは黒人にしているのと同じ、「あなたは普通の人間じゃないよ」と言って人間扱いしないことで[人間]という枠組みから差別しているのです。それを脚色することのなんと浅ましいことでしょう。
それに、宝石には数えきれないほど様々な色があり、人間誰しも何がしかの宝石の色に当てはまることがあるとキャペットは知っていました。地味とされる黒でも、モリアンや黒曜石といった黒い宝石がありますし、厳密には宝石ではありませんが、琥珀という茶色い宝石も存在します。人が宝石を知らないだけで、宝石など色てま探せばどの色にも対応する宝石が存在するのです。故に、誰か一人が特別なんて理由にするには、宝石の色というのはちっぽけなのです。
けれど[宝石色の子]が持つ不思議な力には興味がありました。最近で有名なのは北の街のアメジストの子ですが、その容姿だけで人を魅了する能力があると言われています。
サファリに似たようなものを感じていました。サファリは不思議な魅力を持つ子です。サファリが視界の片隅にいれば、サファリが視界の中心になるように見てしまうような惹き付ける力。海の奥の奥のようでいて、浅瀬のような繊細な煌めきを宿す目はアクアマリンのようでいて、サファイアとエメラルドの混じったような、宝石と例えても差し支えのない色をしています。拾い子で母親似であることはベルから聞いていましたが、もし、ベルに拾われず、治安の悪い街にいたなら、男女問わずにさぞかし売れたことだろう、とキャペットは見立てていました。
そんなことにならなくてよかった、とサファリを見て思います。けれど、それにも相応の苦労があることも知っていました。
ベルは黒人です。黒人であるベルが、白人の子どもを連れて歩いているのは場合によっては犯罪と受け取られかねません。それに、定住をしないベルの在り方から、今ベルが一人で行っているように、宿を取るのも一苦労です。
更にサファリが特別な子どもだと気づかれたら、サファリとベルは引き離され、サファリは大人に利用されることでしょう。ベルは表に出しませんが、サファリを大切に思っています。サファリだって、ベルのためにいい子であろうと健気です。本当の親子でなくても、結ばれた絆はなかったことにはなりません。だからこそ引き裂かれるのに半身を裂かれるような痛みが伴うのです。そんな痛みをベルにもサファリにも味わってほしくありません。
だからまずはサファリに身を守るための知識や知恵を与えます。知識は本があればある程度は溜まり、知恵は知識を実践していく中で身につくものです。この調子なら、サファリはだいぶ賢い子に育つことでしょう。
「行商人、移動図書館、宿屋、狩人、地主……書けたよ」
「ほう、綺麗な字を書くね」
「綺麗なの?」
サファリが首を傾げるので、キャペットがああ、と頷きかけたそのときでした。
「キャペットさーーーーーーーーーーん!!!!!」
馬車よりも早く、風を切って現れた少年がおりました。風は微風なのに、本人のスピードが常軌を逸しているため、前髪が後ろ向きに跳ねて、おでこが出ています。
キャペットが呆れの溜め息を吐く傍らで、サファリは目をまんまるに見開いて、速い、と呟きました。
迷惑そうな声色で、キャペットは告げます。
「そんなに大声で急がんでも、あたしゃ逃げたりしないよ」
ですが、そんなことよりもヴェンは驚くべきことがあったようで、わなわなと体を震わせ、上手く口が動かないかのようにぱくぱくとし、震える指でサファリを示しました。
「キャ、キャ、キャ、キャペットさん? あなたは一生独身だと思ったのにこの子は? 隠し子!? 隠し子なんですか!? キャペットさんが!? 出産!? 誰の子!?」
「隠し子じゃないわい。あとあたしのじゃなくてベルの子だよ」
人を指差すな、とキャペットはぱしりとヴェンの手を叩き落とします。それでヴェンは一旦動揺が落ち着いたようで、そうですよね、と胸を撫で下ろしました。
まあ、あくまで[一旦]ですが。
次の瞬間にはもっと驚いて大声を出します。
「ベルさんの!?!?!?」
蒼穹に、ヴェンの声が響き渡りました。声変わり前の少年の声はよく通ります。
道行く人まで振り向いて、街中の全視線が[キャペット道端図書館]に向き、キャペットは躊躇いなくすぱーん、とヴェンの頭をひっぱたきました。
「静かにしな! ここは道端とはいえ図書館だよ!」
「うう、ごめんなさい……でも、ベルさんの子ってどういう……? ベルさん、キャペットさんと同じかそれ以上に結婚願望なさそうじゃないですか」
「その前に、自己紹介しな。あんたのがお兄さんだろう」
お兄さん、と言われて、ヴェンが頬を赤らめます。
「ぼ、ぼくはヴェンです。ベルさんに以前助けられて、その伝手で今は[配り屋]の仕事をしています」
「くばりや?」
「人から人へ、手紙を届けるお仕事です。ええと、きみの名前は?」
「僕はサファリ。ベルさんって父さんのこと?」
「ほ、本当にベルさんのお子さんなんですね……」
会話が微妙に噛み合わないような気がして、サファリは困ってキャペットを見上げました。キャペットが何回目かの溜め息を吐いて、ヴェンに説明します。
「そうだよ。この子がベルの子ども。母親のことはあたしも知らんよ。ある日赤ん坊のこの子をベルが連れてきてね。まあ、サファリはあんたより年下だけど、かなり利口な子だから、敵に回すとそのうち痛い目見るよ」
「てき?」
「てってってってて敵なんてとんでもない! さ、サファリさん、仲良くしましょうね!」
「サファリでいい。ヴェンって呼ぶから」
「いえいえ、ぼくの恩人のお子さんを呼び捨てにするわけにはいきませんよ! それに、ベルさんのお子さんなら、もしかしたら将来、ベルさんの名前を継いで[ベルの行商人]の看板を背負うことになるかもしれませんし」
「ベルのぎょーしょーにん……?」
ヴェンがかなり早口でまくし立てるので、サファリはきょとんとしましたが、とりあえず、父のことを褒めてくれているのだと思って、悪い気はしなかった。キャペットもそんなサファリの頭を撫でる。
それから、話題を変えました。
「そういえばヴェン、仕事はどうしたんだい?」
「ああ、そうです、[配り屋]の組合の人たちからぼくはキャペットさんとベルさんの[配り屋]を担当しているんですけど、ぼく情報集めるの下手くそでなかなか見つけられなくて、やっと見つけて安心しました。はい、キャペットさんへのお手紙です!」
言うと、ヴェンは鞄にたくさん詰まっていた手紙をキャペットに差し出します。その手紙の量を見て、キャペットは人気者なのだなぁ、とサファリは感心しました。
それから、とヴェンが恐る恐るといった様子で訊ねます。
「ベルさんのお子さんがいらっしゃるということは、ベルさんも近くに?」
「呼んだか?」
「はひゃい!?」
後ろから肩をぽん、と叩かれ、ヴェンは盛大に跳ね上がります。サファリの父が戻ってきたのでした。
「お父さん、お宿見つかった?」
「ああ。安宿一部屋だが」
「うん!」
「ヴェン、大きくなったな」
ベルはそう言って、ヴェンの頭をくしゃくしゃと撫でるのでした。ヴェンはくすぐったそうに首をすぼめます。
「えへへ、ベルさんのおかげで、[配り屋]の組合で良くしてもらって、お給金もいっぱいもらえるんですよ」
「それはよかった。だが」
ベルは街を示します。
街の人々は未だどよどよざわざわとしていました。
「元気がいいのはいいことだが、はしゃぐのはほどほどにな」
そんなベルの言葉にヴェンは顔を真っ赤にして頷くのでした。