タロット売りの占い処
カードを持って、台所の方へ行くと、わやわやとそこは賑わっていました。ジュリーの言っていた、雪かきをしてくれた人たちが、スープを飲みに来ていたのです。
「あ! おじちゃんたちおはよう!」
「おお、ジェニファー、今日も早起きだな」
「寒くなかったか?」
「子どもはよく寝ろよー」
がたいのいい重装備のおじさんたちが、ジェニファーを迎え入れ、その大きくごつごつした手で豪快にわしゃわしゃとジェニファーの頭を撫でます。ジェニファーもきゃっきゃっとはしゃいでいました。
おじさんたちのうちの一人が、ふと、サファリに気づきます。
「おお、あんたが[ベルの行商人]さんかい? どえらい別嬪さんじゃなあ」
「あはは、お褒めに与り、光栄です」
サファリが恭しく礼を執ると、おじさんたちはその所作の美麗さにぽっと頬を赤くするのでした。
サファリはそのまま流れるように手にしていたカードをぱらぱらと広げてみせます。夜空色のカードたちとサファリの立ち姿はとても様になっていて、見ていなかったジュリーさえも振り向きました。
「皆さんも見て行かれますか? これからジェニファーさんのために、占いをしようと思うんです」
おじさんもジュリーも、サファリの細波のような声に釣られるように、こくりと首を縦に振ります。それを確認して、サファリはテーブルにカードを広げ始めました。
「使用するのはタロットカード。最近タロットカード専門の絵師として名を挙げ始めているツェフェリ作のカードです」
「ツェフェリ、聞いたことあるぜ。今年米が不作っていうことで、心配して来てくれたじいさんが御守りに持ってたのがツェフェリって人のカードだった」
「最近人気だよな、タロットカード」
サファリはにこにことしています。タロット絵師のツェフェリは北の街という僻地に住んでおり、他の商人はなかなか会いに行くのも難しいのです。ですからきっと、そのタロットはサファリがツェフェリの名を広めるために売ったものでしょう。
タロット絵師ツェフェリのカードを売れるのはこの世にサファリ一人なのです。それによってツェフェリの名が広まっていることがサファリは嬉しくてたまりませんでした。まさかこの村にも知られているとは、知人として鼻が高いというものです。
「そうですね、最近タロットカードは御守りとして購入なさる方が多いです。タロットカードというのは元々占いに使うように祈りを込めて作られるものですから、御守りとして持っているというのも一種のタロットカードの正しい扱い方と言えるでしょう。
本来はこのように使うのですよ」
言うと、サファリはカードをばらばらにして混ぜ、様々なシャッフル技法で混ぜていきます。そのバリエーションの多さたるや、ストリートにでも立ったなら、さぞ目を惹くことでしょう。
最後に山札を三つに分け、それを適当に一つの山に戻します。そこで、サファリはジェニファーにカードを渡しました。
「ジェニファーさん、僕が最後にやったのを真似できますか?」
「は、はい」
サファリがあまりにも美しくて、ジェニファーは思わず敬語になってしまいました。少し頬を赤らめながら、サファリからカードを受け取り、慎重に三つの山に分けます。それらを一つに戻して、ジェニファーは恐る恐る、サファリにカードを返しました。
サファリはジェニファーにこっそりウインクを送ります。ほんの一瞬のことでしたが、みんなサファリに釘付けだったので、見逃しませんでした。
ジェニファーはどきっとして、顔がみるみる熱くなっていくのを感じます。誰かがひゅう、と口笛を吹きます。
サファリが、とん、とカードを整えると、不思議とみんなは静かになりました。サファリが淡々とした声音で、占いについて説明していきます。
「今回行うのはタロット占いの中でも基本的な[六芒星法]というものです。[六芒星法]とは、その名の通り、六芒星を描くようにカードを展開していく占い方です」
サファリはまず、中央に七枚数えて置きます。そこから三角形を二つ重ねるようにカードを配置し、最後に一枚、中央に重ねました。
サファリはカードを配置した順に指を指して説明していきます。
「まずこの頂点のカードが[過去]を示します。置いた順に、[現在][未来][周囲の状況][潜在意識][対応策]を表し、中央のカードは全ての結果を踏まえた[最終予想]となります。
今回はジェニファーさんの今後について占うものです」
サファリの説明に、本格的だと感じ、おじさんたちは唸ります。ジュリーは鍋を見に行きました。
「それでは、展開が終わったので、カードの意味を読み解く解釈を開始します」
サファリの細波のような淡い声はしん、と冷たい空気の中で不思議と耳に残ります。
「と、大事なことを説明するのを忘れました。タロット占いは同じ方向から見ないと意味が違うものになってしまいます。というわけで、ジェニファーさんは僕の隣で見ていてくださいね」
サファリは自分の隣の椅子を引いて、ぽんぽん、と座面を叩きます。ジェニファーはこくりと頷いて、サファリの隣に座りました。
ジェニファーが座ったのを確認すると、サファリは一枚目[過去]のカードをめくります。
そこには王冠を被った威厳のある男性が描かれています。が、おじさんの一人が指摘しました。
「そのカード、そっちからだと逆さでねえか?」
サファリはさらりとこめかみから垂れた髪を耳にかけ、答えます。
「はい。けれどこれは[逆位置]といって、タロット占いにおいて重要な向きの違いなんです。ざっくり話すと、大抵のカードは正しい向きのカードが良い意味で、このように逆さまの[逆位置]のカードは反対の意味、悪い意味を持つことが多いです。
このカードは[皇帝]。ご覧の通り、王様のカードです。意味は様々ありますが、僕はこう読み解きます。……ジェニファーさんのお父さんに、ご不幸があったのでしょう」
サファリの解釈にその場の誰もが息を飲みます。それもそうでしょう。事実、ジェニファーの父親は、事故で他界しているのです。
ジェニファーはこの幼さで、親が死ぬという体験をしているのでした。母が一人で家のことを切り盛りしたり、麓の村から男衆が雪かきの一休みという名目でこの家を尋ねてくるのは、母一人子一人のこの家庭が雪の中でも無事に過ごしているか確認するためです。
サファリは何も知らされていませんでしたが、家の状況やジェニファーの様子から大体察していました。この家には父親がいない。二人で暮らすには小屋とはいえ少し広すぎるのです。ベッドも、いくらサファリが小柄とはいえ、ジェニファーと寝転がって余裕があるほどでした。
「[皇帝]は誠実や実直を意味するのが基本ですが、その他にも[男性]特に[父親]を象徴するカードでもあります。僕は逆さまのカードを[父親が欠けている]と解釈しました。さて、次のカードに行きましょう」
サファリの見事な解釈に、男衆は固唾を飲み、ジュリーも釜の側できゅ、と胸元で手を握りしめていました。
次は[現在]のカードです。めくられたのは……
「ん? これは男が逆さまになってるカード? なのか?」
「はい。[吊られた男]は逆さに見えますが、これが正位置です。木の枝に足を括って宙吊りになっている姿は[忍耐]を意味します。
ジェニファーさんはお母さんと一緒に耐え忍ぶ日々を送っていることを示しますね」
それも当たりです。今年のこの村の不作は世界中で話題になるほどでした。お米を食べる文化はあまり一般的ではありませんが、この村で作られるお米は質が良いので、ごはんとして食べなくとも、挽いて粉にしてパンを作っても美味しく、ある種の珍味として一定層に人気があります。だから世界中でこの村のことは話題になりました。
お米は基本的に自分たちで食べるために育てていますが、この村の財源であることは間違いありません。お米以外にも野菜を育てていたりしますが、やはり、この村といえばお米です。
耐え忍ぶ生活を送っているのは、ジュリーとジェニファーに限ったことではないでしょう。けれど、女二人での生活は苦しいことも普通の家庭よりあるはずです。[吊られた男]はそのことを示しているのでしょう。
サファリは続いて[未来]のカードをめくります。出てきたのはサファリにそっくりな女性の天使が水瓶を持っているカードです。どうやら水を移し替えているようですね。
「これは[節制]。[節制]のカードは中立や安定した状態を示します。今は耐え忍ぶ日々で苦しいかもしれないですが、この日々を乗り切れば、一安心。また普通の生活が送れるようになりますよ」
いい意味のカードだと理解した男たちが、ジェニファーを見て微笑みます。
「よかったな、ジェニファーちゃん」
「おじちゃん、まだうらないは終わってないよ」
「おっと、そうだそうだ」
ジェニファーの言う通り、まだ半分以上のカードが残って、めくられるそのときを待っています。
サファリは四枚目[周囲の状況]をめくりました。
牛やペガサスなどに囲まれた女の子が、花畑の中で幸せそうに笑っています。一目見ただけで幸せが伝わってきて、カードを見た一同は思わずカードの中の少女に微笑み返します。
「周りの人には恵まれているようですね。これは[世界]というカードで、タロットカードの中で一番最後の番号がつけられており、調和、物事が全て安定していることを示します。この場合は恵まれた環境、ジェニファーさんを幸せにしてくれるいい人たちが周りにたくさんいることを示すのでしょう」
サファリの解釈にジェニファーはぱっと顔を上げ、男衆の方を見ました。彼らがいい人たちなんてことは、とっくのとっくに知っています。けれど、サファリの占いにそれを肯定されることで、より安心感が増しました。
穏やかな沈黙が流れる中、サファリは解釈を進めます。
「[潜在意識]は[法王]の逆位置。[法王]は精神の安定を象徴するカードです。今、ジェニファーさんは心のどこかでぼんやりと大きな不安を抱えていて、本当は誰かにすがりたいのをこらえているのでしょうか」
そのままの流れで[対応策]のカードもめくってしまいます。
「これは……」
少女が獰猛そうなライオンを抱きしめる姿は教会があったなら、その壁にでも描かれていそうな宗教画のような神々しさがありました。夜色のカードの中で煌めく鬣を持つライオンを抱きしめる少女はより輝きが増して見えたことでしょう。男たちからは。
「[力]の逆位置。ジェニファーさん、もっと、わがままを言ってもいいんですよ。もっと素直に甘えていい。おじさんたちにも、お母さんにも」
「え……」
目を見開くジェニファーの頭をサファリは肩口に抱き寄せます。それからさらさらとよく鋤かれたジェニファーの髪を撫でました。
その手の優しさと温もりに、ジェニファーは心の奥からじわっと何かが滲んでくるのを感じます。滲んだ何かは頬をすうっと伝っていきました。
あわあわと男衆は慌て出します。
「どうしたジェニファーちゃん!?」
「具合悪いのか? 我慢してたのか?」
「ジュリーさん、タオルはあるかい?」
「はい、こちらに。ジェニファー、大丈夫?」
突然泣き出したジェニファーに、大人たちは困惑しながらも心配の感情を向けます。
サファリがジェニファーに囁きました。
「ほら、みんないい人ばかりでしょう」
「うん、ほんとだ」
ジェニファーは泣きながら笑いました。
サファリは笑い返し、最後のカードをめくります。それは一番最初の[皇帝]と同じ存在感と凛々しさを宿す女性。
「お母さんは簡単にいなくなったりしないから」
サファリのその一言に、ジェニファーの涙腺は決壊し、ジェニファーは久しぶりに本当に心の奥底から感情を吐き出しました。
本当はずっとずっと不安で仕方がなかったのです。空咳をよくするお母さんが心配で心配で、でもジェニファーではどうしたらいいのかわからなくて、わがままを言って困らせないようにすることくらいしか、思いつかなかったのです。
[最終予想]に出た凛々しい女性は[女帝]。豊穣を司るカードであると共に[女性]特に[母親]のことを表すカードでもあります。
きっと来年には、今年の不作を補ってあまりあるほどの豊穣に恵まれることでしょう。