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女海狩人と青年は戦場で姉弟の契りを結ぶ  作者: 黒鍵猫三朗
第一章 弟は姉が知らないうちに男になる
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1ー#5

ナィンは足でクジラの体を無理やり挟み込んで体を固定する。

すぐさまクジラの体に水筒を当てると、その上からダガーを突き立てた。

ダガーは水筒の中に入っていた酒に浸され、そのままクジラの皮膚へと到達した。

クジラが突然、のけぞった。


「ぐぅっ!」

 

ナィンの手がクジラから離れ、水中で無防備に浮かび上がる。

クジラはその体に似合わぬ素早い動きでナィンを口元に取られると、大きく口を開いた。


「それはだめだ!」


セシィアはナィンとクジラの間に飛び込んだ。

バクンと巨大な本を閉じたような音が響き渡る。

水中に赤い液体が流れだしている。

ナィンが目を開く。その眼はもう充血していなかった。

だが、目を見開いた時、彼の表情は驚愕で満たされた。


「セシィア……!」


「ナィン……。無事だったか……。よかったっ……」


セシィアの体がゆっくりと下へ沈む。

その左腕がなかった。


「セシィア!」


ナィンは慌ててセシィアの下に回り込むと、彼女の体を支える。

しかし、すぐそばに、クジラの大きな口が迫っていた。

ナィンは口の中を覗き込んで、ああ、この景色、なんか見たことある…。

とぼんやりと考えていた。


「セシィアを食わせたりしないわよ!」


クジラの目の下。海中を猛烈なスピードで飛んでいくものが、クジラを貫いた。


「ふぅ、間に合いましたか」


「おいおい、セシィアがやられるなんて何年ぶりだ?」


そこにはウェイカに加えてメガネ、ワルゥドがいた。

三人はクジラが広げた海の中に浮かんでいた。

ワルゥドがハンマーで水中に空気を送り込み、セシィアが薙刀で鋭く突き空気の道をつくるとメガネが矢を放ったのだ。


「危なかった……。セシィア~!」


ウェイカはセシィアに近寄る。突如、浮かんでいた海が重力に従い始めた。


「落ちる! だめだ!」

 

ナィンは自分がセシィアの下敷きになるように体を滑り込ませ、目をつむった。

だが、力強く自分が支えられるのを感じて目を開いた。

そこには両手でナィンの事を抱えたメガネが立っていた。


「……放せ……メガネ!」

 

左腕の吹き飛んだセシィアはいつもの輝く長い赤髪を暗い赤で染めながらも、メガネの両腕の中で体を持ち上げる。


「よせ。セシィア。左腕が無くなっている。これ以上は死につながりかねない!」


「かまわない!」


セシィアはそう言うと立ち上がる。

左腕を食われても右手に握っていた巨大な刀を手放すことはなかった。

彼女は刀を背中に担ぐと残ったメタルドールを見渡す。

すでにクジラは三匹、地面に倒れ伏していた。


ワルゥドはセシィアの左腕にひもを巻き付け出血をとどめる処置を施す。

セシィアは顔をしかめて周囲の状況を見つめていた。

ウェイカは心配そうにセシィアの顔を覗き込む。


「痛む~?」


だが、セシィアはウェイカの心配をよそにじっと砂浜を見つめていた。


「おかしい。なぜ、あいつら、まだ戦ってるんだ……?

 クジラがいなくなればあいつらもいなくなるはずだろ…?」


メタルドールはまだしつこく砂浜に残っていた。

それどころか、落ちたクジラへメタルドールが次々とクジラにへばりついてはその肉を食らっていた。


金属の刃で金属の皮膚を食らう、キシキシと耳に気持ち悪く響く音が砂浜中に響き渡っていた。

血を一滴たりとも残すまいとメタルドールたちはクジラにむしゃぶりついていた。


「なにこれぇ……」


ウェイカは口に手を当ててその状況を見つめていた。

ウェイカだけではない。

セシィア、ワルゥド、メガネ。

さらに、戦闘中だった軍人約千名まで、この光景をじっと見つめていた。


「……何が起きてるんだ? これはやばいの?」


ナィンはセシィアに問いかける。

セシィアはゆっくりとうなずく。


「私は十年以上傭兵をやってきたし、ワルゥドはその三倍以上傭兵をやってる。

 そのワルゥドですらこの光景は見たことがないんだ。

 どれだけヤバいかわかるだろ」


「ああ、これは……砂糖水が甘いことに対してキレているヤンキーぐらいにやばいぜ……」


ワルゥドの大きく開いた口を見てしまったナィンはゴクリと生唾を飲み込んだ。

クジラを食らうメタルドール。

そして、メタルドールに放っておかれてしまった人間たち。


「あいつだ……」


突如、セシィアは刀で一点を指さした。

クジラが横たわり、銀色の妙な肉体を持つメタルドールが群がる山を越えた砂浜の向こう。

海水との境界面。メタルドールとは異なる妙な頭。あの頭の形は……。


「なんだあいつ……? 見たことねぇぞ……。あれは、イルカ……?」


メガネは目の周りにある白い眼鏡型の刺青を中央にぎゅっと寄せるように目を細めて、海の中に浮かぶメタルドールを見る。頭がイルカの形になったメタルドールが水中から街の中を眺めていた。


「なんだあいつ。イルカ? あんなところで一体何してるんだ?」


ワルゥドはメガネに問いかける。メガネは自分の眉間に指を置く。


「わからない……」


ワルゥドはメガネの襟をつかむ。


「わからねぇじゃねぇよ!

 お前は俺たちシーフォースの頭脳だろ!

 あいつは何なんだ!」


「わからないんだよ!

 あんな形の奴見たことない!」


「何かあるだろ!

 予想でもなんでもいい!」


「不確定なことは、俺のプライドにかけて言えねぇよ!」

 

セシィアは二人の間に突然刀を差し込む。

二人は目を飛び出させてまで驚いていた。

セシィアはそんな二人にかまうことなく淡々と言う。


「あいつは司令官だ。後ろから俯瞰して何かを確認してる……そんな風だ」


「司令官……」


ウェイカはセシィアに言われ、改めてイルカ型を見る。

確かに、セシィアの言う通りだった。

イルカ型は忙しく周囲を見渡していた。


「あいつは知能があるのか……! 殺さねば……」


「まて、セシィア!」


メガネの忠告を無視してセシィアが動き出そうとした瞬間、イルカ型は耳の奥底、まるで脳みそまで掴まれて揺さぶられるような超高音の声を上げた。


「うわっ……!」


ナィンたちは同時に耳を抑える。

走り出したセシィアも思わず足を止める。


あまりの高音に頭を抱える人間たちをしり目に、クジラの遺体をきれいさっぱり食べ尽くしたメタルドールは一斉に引き上げ始めた。


「ああ……」


セシィアが耳から血を流して倒れる。

彼女は耳をふさぐことなくイルカ型の叫び声を全部聞いてしまった。

セシィアの体をメガネが受け止める。


「とにかく、セシィアを治療しよう。

 我々の仕事はここまでだ。クジラは全滅。

 メタルドールは撤退した。新しいこと、失敗したこと、気になる要素は覚えておいて後で考えよう。

 あ、ワルゥド。そこのメタルドールを一体、持ってきてくれ。治療に使う」


「これを? こんなもの使うのか? ははーん。新しい研究成果か」


メガネはニコリと笑う。

ワルゥドは手近にあった首のないメタルドールの死体を担ぐとメガネについて行く。


「メガネ。セシィアの事頼んだよ~!」


ウェイカは黒い左目を細め、心配そうにメガネの後姿を見ていたが海底都市の中心に向かって歩き出した。

彼女は傭兵団の会計係。

戦闘が終わってもすべきことがあった。


「はぁ、あとでセシィアの匂い、しっかり嗅がないとなぁ」


ウェイカは全速力で街道を走り抜けていった。

海岸線に沿って歩き出したメガネはナィンに声をかける。


「ナィンも来い。今日の反省は明日にしよう」


「わかった……」


ナィンは従うほかなかった。

自分の怪我も治療しなければならない。

腹の傷はもうほとんどふさがりつつあったが、それでも多少縫い合わせる必要があった。

セシィアの怪我は彼のせいだった。

ナィンは自分の行動を振り返りながら、なぜ、あれほどクジラを破壊することに固執してしまったのか、全くわからず悶々とした感情をため込んでいた。


ナィンは海岸を見る。

メガネの言った通り、メタルドールはぞろぞろと街のドームと海の境界面から海の中へと戻ってゆく。

彼らの目的は街を海に沈めることだけなのだろうか。

クジラが消えた途端、そのクジラの死体を消し去り撤退する。

この街を滅ぼそうとしているわけではなさそうだった。


各所で地鳴りがする勝どきが聞こえる。

傭兵団の爆弾が爆発するような雄たけびも聞こえてきた。

戦勝の浮ついた雰囲気の中、ナィンの心は自分の服にまとわりついた海水よりも冷たく冷え切ってしまっていた。


読んでいただきありがとうございます!

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