1-#4
「私たちは一番左を狙う!
残りの二体はほかの海狩人の傭兵団がやってくれるはずだ」
セシィアは砂浜を見渡す。
彼女の言う通り、ほかの二体には別の傭兵団が向かっていた。
こうしたとっさの時の動きを自然に合わせられないようではSランク海狩人を名乗れない。
ナィンの方を振り返ったセシィアは、彼が妙に力を込めてクジラを見つめていることに気が付いた。
彼の目は真っ赤に充血し血の涙を流しているかの様だった。
「あいつ……。クジラ……、そうだ、あいつらだけは許しちゃいけない……」
「ナィン? 言っちゃ悪いが、まだ君にクジラは早いと思う」
セシィアは街と砂浜の境界で砂浜を見守っていた牧師の方を指さして言う。
「君にはあの人を守ると言う任務を与えたいんだけど?」
しかし、セシィアの言葉はナィンに届いていなかった。
ナィンは工場のプレス機のように歯をギリギリと合わせると突然、走り出した。
「ナィン!」
セシィアは慌ててナィンの事を追いかける。
だが、これまでと比べ物にならないほど素早い動きをするナィンにセシィアは追いつけない。
「どういうこと! ナィン! 何をするつもりだ!」
「うわぁぁぁぁ、クジラ、クジラ! お前を殺す!」
「ナィン! 危ない!」
ナィンのすぐ横からメタルドールが迫っていた。
銀色の手に握られた剣がナィンの頭に当たる。
否。
ナィンはダガーで剣を受け止めると絶妙に力を抜いて、敵の剣を横にいなし、ダガーをメタルドールの喉に突き立て、一気に切り裂いた。
メタルドールは喉から血を噴き出してその場に倒れた。
砂浜が銀色の液体に染まる。
あまりに滑らかな動きにセシィアは一瞬、ナィンの動きをじっと見続けてしまっていた。
「ナィン……?」
セシィアの目に映るナィンは、セシィアの知っているナィンではなかった。
ナィンはメタルドールの間を縫うように駆け抜ける。
セシィアは左腕につけた端末に話しかける。
銅で作られた腕時計のような形をしたそれは声の入力のみを受け付け、他者の耳の端末に声の情報を送る。
「ウェイカ! こっちに来て!」
短距離通信装置。
メガネの一押しの作品である。
メタルドールの金属皮膚を集めて作った彼の至高のメカ。
海狩人の傭兵団でもない限り高額過ぎて買うことのできない高級ガジェットだ。
「どうしたの~?」
通信する前から、すぐそばまで来ていたウェイカがセシィアの隣に並ぶ。
二人でメタルドールを次々屠りながらナィンを追いかける。
ダガーで次々とメタルドールを屠るナィンを見てウェイカは白い右目と黒い左目を見開いて驚きをあらわにする。
「うわ、ナィン~? 一体どうしちゃったのぉ?」
「わからないんだ! クジラを見た瞬間、目の色が変わったんだ! おらよ!」
セシィアはしゃべりながらも自分の刀でメタルドールをばっさりと二等分する。
ウェイカも薙刀を一振りしてメタルドールの武器を破壊し、すぐさま斬撃の軌道を返して首を刈り取っていた。
「何なんだろうねぇ……」
ウェイカのつぶやきにセシィアはため息をつきつつ、ナィンを追いかけるために加速する。
「とにかく、今は議論してる場合じゃない!
ナィンを追いかけるよ!
ウェイカは私のバックアップ!」
「は~い」
クジラに近づけば近づくほどメタルドールの数は増える。
クジラの周囲にいるメタルドールは推定千匹。たとえ海狩人でも単独で突破するのは困難だ。
案の定、ナィンはメタルドールに取り囲まれてしまう。
「ナィン!」
セシィアはナィンの背中を取ろうとするメタルドールを排除しようと動く。
一番手前にいたメタルドールを袈裟切りにすると流れるままに次のメタルドールの足を切り落とす。
バランスを崩したメタルドールの頭を横から串刺しにしてブンと刀を振り、切り捨てる。
自分の体を一か所にとどめることなく、メタルドールを途切れることなく次々と切り捨てる。
「オマエカラダ!」
メタルドールはセシィアの背後から切りつけようとする。
だが、ウェイカがそれを許さない。
飛んできた薙刀がメタルドールの背中に突き刺さる。
突然、胸から飛び出した薙刀にメタルドールは驚愕の表情を浮かべていた。
ウェイカは薙刀を握るとメタルドールが刺さったまま、背負い投げの要領で薙刀を持ち上げると、一気に振りぬいた。
「セシィアに手出しはさせないよぉ?」
ウェイカはセシィアの前に出ると薙刀を右に左に振り回し、メタルドールの首を確実に落とす。
彼女たちの戦闘だけでメタルドールはすでに数十匹が絶命していた。
それでも、海から迫る波のように銀色の塊が彼女たちの前に次から次へと現れる。
「ナィン!」
セシィアがメタルドールの隙間から見たナィンの戦いっぷりは見事なものだった。
彼女たちに比べて小さな刀身のダガーと、小さい体を生かして、あっちにこっちにとメタルドールたちの隙間に体を滑り込ませ奴らを翻弄していた。
「うわぁ、あれはやばいねぇ」
ウェイカが珍しく焦った声を出す。
ウェイカの視線は空に向けられていた。
ナィンの上空にクジラが現れていた。
いつの間にか海底都市のドーム、その天井の方へ移動していた。
クジラはその大きな口を開き、そこにある真っ暗な虚空にナィンを吸い込んでしまおうとしていた。
クジラはナィンに向かって真っすぐに落下する。
鋭い剣が砂にまっすぐに沈み込むように、クジラは空中に海を引きずりながら地面にまっすぐに吸い込まれる。
クジラは掃除機のように周囲にいたメタルドールを食い散らかす。
そのまま、地面にぶつかったクジラから海水があふれる。
砂浜が海に飲み込まれる。
砂浜が一気に塩臭くなる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
砂浜でメタルドールを懸命に抑えていた軍人たちが波にのまれる。
セシィアとウェイカは自ら海の中に飛び込む。
海狩人の本領は海中でこそ発揮される。
海狩人は水中で呼吸ができる。
なぜかはわからない。
彼女たちは生まれた時からそうなのだ。
「ナィン!」
海中でナィンとクジラは戦っていた。
クジラがナィンにかみつこうとする。
ナィンは体を思い切り縮めた後、水を蹴り、クジラの口の中に入る寸前にその場から逃れる。
直後、ナィンは反転、クジラの目へ飛び込むとダガーを突き立てた。
クジラは痛みを感じているのか、悶えるとその大きなしっぽで強烈な海流を生み出しナィンを吹っ飛ばしてしまおうと試みる。
ナィンはそれも躱そうとする。
しかし、彼の足を文字通り引っ張るメタルドールがいた。
ナィンの顔に動揺が走る。
「くそっ、ナィィィィン! 私が守る!」
セシィアは水を蹴った。
ほぼ一息でクジラとの距離を詰めたセシィアは肩に担いでいた刀をクジラの首に向けて振り下ろす。
金属同士のぶつかる高い音が鳴り響く。
セシィアは刀を引いて叫ぶ。
「ダメだ、今は海中戦闘の準備はしていない!
この酒じゃ海に流される!
メタルドールどもを切れない!」
「セシィア!」
ウェイカが指さした方にナィンがいた。
ナィンはクジラの背にへばりついていた。
セシィアはナィンに向かって叫ぶ。
「ナィン! 手を離すなよ!」