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メタルドールもワルゥドの存在に気が付いた。
メタルドールは持っていたこん棒を構えるとワルゥドを迎え撃つ体制を整えようとする。
だが、ワルゥドはそのような時間を許さない。
空中で一回転すると持ち上げたハンマーを空高く掲げてメタルドールに狙いを定める。
「ぶっ壊れろ!」
ワルゥドのハンマーが振り下ろされた。
メタルドールは両手をクロスさせてワルゥドのハンマーを受け止めようとする。
だが、その程度の防御で防げるほど海狩人の一撃は軽くない。
鉄の塊を何トンもの力を加えてバラバラに砕くような金属の悲鳴が響きメタルドールが立っていた場所は陥没した。
ワルゥドのハンマーは半分ほど地面に埋まっていた。
銀色の液体がハンマーの横から滲み出る。
銀色の液体はワルゥドがハンマーに塗布したアルコール臭のする液体に触れた途端、その鏡のような輝きを失う。
「大丈夫そうだぞ」
メガネが家の中から女をお姫様抱っこして連れ出してきた。
メガネはそっとその人を立たせてやる。
女は涙でぐちゃぐちゃになった瞳でメガネをキッとにらみつける。
「……傭兵。金のために戦うはみ出し者……。礼は言わないわよ」
「さっさとここから去れ」
女はおぼつかない足取りでセシィアたちが来た方へと走り去っていった。
「……助けてやったっていうのにあの態度はおかしくないか?」
ナィンはつぶやいた。
だが、ナィンが見渡した仲間たちの表情に賛同の色はなかった。
どちらかというとあきらめの色が強かった。
セシィアはナィンににやりと笑いかけると言う。
「ま、傭兵に対する反応なんてそんなもんだ!
それより、散開してメタルドールを破壊する。
今日一番戦果を挙げた奴は好きな酒の一番高いやつを飲む権利を得られるぞ!」
「私が一番乗りぃ!」
薙刀を振り回して左の真っ黒な目を輝かせたウェイカが駆け出して行く。
向かうのはメタルドールが密集している地帯。
戦場はもうカンカンに熱されていた。
メタルドールの死体とそれに比べて何倍もの軍人の死体。
血の匂いが充満し、吹き荒れる風に乗って傭兵たちの鼻へと届く。
あちこちで人間の叫び声や特攻をかける掛け声、そして武器を打ち合わせる音が響き渡っていた。
軍人達が必死になって侵攻を抑えているも、メタルドールに一人ずつ確実に殺されていく。
ウェイカは砂を蹴って建物一つ飛び越えそうなほど大きな放物線を描き、敵の密集地帯の真ん中に飛び込む。
薙刀はまるで円盤のように見えるほど、ウェイカの左手の中で高速回転している。
「Sランク傭兵団が来た!
シーフォースだ!
勝利は約束されたようなものだ!
全員死ぬ気で踏ん張れ!」
軍を仕切る指揮官が色めきだった声を出す。
今、まさにメタルドールと打ち合っている軍人たちから歓声が上がる。
メタルドールは空高く舞い上がっているウェイカを見てカチカチと歯を鳴らす。
重量を感じさせず、ふわりと着地したウェイカは回していた薙刀を右手で受け止め、空いた左手で革袋を投げ上げた。
「舞え。酒吞童子!」
ウェイカは頭上で革袋を両断する。
白ブドウの爽やかな香りがあたりに広がる。
革袋からあふれた白ワインが雨のようにウェイカに降り注ぐ。
薙刀にはその長い刀身に沿うように白く光るラインが現れた。
ウェイカは口元に垂れてきた白ワインをぺろりと舐めると黒い左目を細めてニマッと笑う。
「行くよぉ」
ウェイカは手近なメタルドールの前に飛び込むと薙刀を大きく振り切った。
「グガッ……!」
人の形をして頭だけがメタルドールである金属人形の頭だけが落ちた。
だが、その頭が地面につく前にウェイカはもう次のメタルドールの前に体を滑り込ませる。
「ほらぁ!」
ウェイカの薙刀はとんでもなく重低音で空気を切り裂く。
切っ先のスピードが尋常でないことがサルでもわかる。
メタルドールの首がおもちゃのようにぽとりと落ちる。
しかし振りぬいたウェイカの斬撃を止めるものが現れる。
「ギヒヒ」
斬撃を受け止めたメタルドールの表情がにやりとゆがむ。
ウェイカの周りには何匹もメタルドールがいる。
一対多人数での戦いでは動きを止めてしまうことは自殺行為だった。
メタルドールはそれをわかっているのだ。だからこそ勝利を確信して笑ったのだ。
「甘いねぇ」
「貫け、ロビンフッド!」
ウェイカの薙刀を止めていたメタルドールの額に大きな矢が突き刺さる。
メガネの支援だ。
矢が刺さった部分からまるで毒が侵食するかのように銀色の輝きが失われていく。
「油断するんじゃない、ウェイカ。今のは俺のポイントだな」
「あっ、メガネに一体献上しちゃったぁ」
ウェイカは残念そうに目の前で崩れ落ちるメタルドールを一瞥すると、すぐに次のメタルドールに取り掛かる。
意表を突いた最初とは違い、メタルドールも反撃するようになる。
それでもウェイカは一度、二度、三度と自分の薙刀と敵の武器とを打ち合わせるたびに、相手の隙を作り出し、その隙を致命的なものへと変化させる。
「おらよ!」
ウェイカとメガネが戦っている場所と少し離れた場所でワルゥドもハンマーを巧みに使い、時にフェイントを混ぜメタルドールを翻弄して、一体一体確実につぶす。
彼が通った道には銀色に塗られた穴がいくつも開いていた。
紺色の軍服を着た軍人たちはワルゥドの近くにいる方が安全だと考えたのか、彼の後ろをついて行くことにしたようだった。
ワルゥドは小さな部隊を率いるリーダーの様だった。
「私たちはこっちだ!」
セシィアはナィンを引き連れて市街地と砂浜の間を駆ける。
石畳の上に散らばる砂は慌てる人の足を滑らせる。
ナィンはセシィアのうしろを転ばないように気を付けつつ走りながら、自分の腰に差していた小さな剣を取り出した。
「はぁ……」
三年間。
彼は修業した。
だが、彼が扱えるようになったのはこの小さな短剣、ダガーだけだった。
手のひらより少し長いくらいの刃渡り。
苦々しげに自分の武器を見ていたナィンは戦場において弱者に分類されるだろう。
セシィアが突然叫んだ。
「避けろ、ナィン!」
「えっ!」
突然、メタルドールの一団が市街地の家の中から、壁を破壊して飛び出した。
びっくりしたナィンは足を滑らせすっころんでしまった。
ナィンのダガーが飛び地面に当たって高い音を出す。
「あっ!」
「馬鹿!」
セシィアは怒声を上げる。
だが、無情にもメタルドールはその隙を逃さない。
一番ナィンに近かった一体がナィンのほうに駆け寄る。
セシィアはナィンの方に走り出したかったが、メタルドールは巧みにセシィアを囲んでおりすぐには動けなかった。
「ナィン、しばらく一人で何とかしろ! すぐに私が行く!」
セシィアは背負っていた巨大な刀を豪快に引き抜くと自分の前に横向きに掲げる。
左手に握りしめた革布を刀身にあてると叫ぶ。
「轟け、カグツチ!」
セシィアはそういうと革布で刀身を一気に撫でた。
濃縮した赤ワインの香りが周囲に漂う。
刀身が真っ赤に染まり、赤いラインが現れる。
かと思うと一拍置いて、刀身から炎が現れる。
あっという間に燃える刀が完成した。
「悪いなお前ら。一瞬で片付けさせてもらう」