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女海狩人と青年は戦場で姉弟の契りを結ぶ  作者: 黒鍵猫三朗
第一章 弟は姉が知らないうちに男になる
2/7

1-#1

「ナィン! ほんとに来るのか?」

 

平らに削った石を敷き詰めた街道を、物騒な武器を担いだ五人の傭兵たちが駆け抜ける。

左右に立ち並ぶレンガ造りの家々はその姿をさらすのを嫌がるかのように、飛ぶように後ろへ過ぎ去ってゆく。

街道にいた人間たちは傭兵たちと反対の方向に走りながらも傭兵の道を用意するかのように、左右に分かれる。

彼らは傭兵たちを見て口々に激励の言葉や侮蔑の言葉を投げかける。


傭兵たちはそんな市民の言葉など何処吹く風と言わんばかりに全て無視する。

先頭を張り切って走り抜けているナィンは叫ぶ。


「当たり前だ! 僕はみんなの言う通りこの三年間、一人で訓練してきた。

 いい加減、僕だけ何もしないなんて状況、うんざりなんだ。

 それに、セシィアは心配し過ぎなんだよ!」


「ねぇ。私の呼び名はお姉ちゃんでしょ? 何度言ったら分かるの?」

 

セシィアは赤い髪をなびかせ走りながら、ナィンの肩を掴む。

口をめいっぱいへの字に曲げたセシィアは下から見上げるようにしてメンチを切る。


「嫌だって言ってんだろ」

 

ナィンはセシィアの手を振り払る。

しかし、やわらかく地面に沈み込んでしましそうな重さの人がナィンの背中に捕まる。


「ダメだよぉ、ナィン~。

 私たちシーフォース傭兵団ではセシィア団長の言うことが絶対。

 おねぇちゃんと呼べと言われたらそう呼ばなきゃ~」

 

白い髪に真っ黒な左目のウェイカがナィンに無理やり自分をおんぶさせる。

本人が背負っている真っ黒な薙刀と合わせるとかなりの重量になる。

ナィンは少しよろけながら言う。


「ウェイカ、僕はセシィアを姉と認めたわけじゃない。

 命を救ってもらったことには感謝してるけど、それとこれとは話が別だ。

 僕にだってきっと家族がいたはずなんだから」


「ええ~、私はぁ、セシィアに今すぐ妹にしてほしいけどなぁ」


「あんたの意見は聞いてない」

 

ナィンは背中を振ってウェイカをおろす。


「ウェイカ。

 こんなところでナィンの体力を消費させてしまっては、彼がいざ戦場に出た時になにもできないかもしれないじゃないか」


「メガネ~。そんなやわな人間は海狩人シーハンターを名乗ること許されないんだよぉ」

 

メガネと呼ばれた男はやれやれと言った風に両手を広げ、首を振っていた。

 

黒い肌にセシィアより二回り大きい体。

髪の毛一本残さない頭。

メガネをかけているわけではない。

彼はおしゃれのつもりで目の周りにメガネのように白い刺青を入れていた。

それがどう見てもメガネにしか見えないせいで彼はメガネと呼ばれるようになった。


背中には身長ほどの大きさの大弓。

どうやって曲げているのかわからないほど太い。

手で握る部分と矢をあてがう部分だけ細くなっている。

腰に下げた矢筒の長さが、軍人の持つ剣の長さとほぼ同じだった。


「だが、体力をしっかり計算しながら戦うことも大事なことだ。

 特にナィンはまだ体力が少ない。

 逃げるための力を残しておくことも技術だ」


「まぁ、メガネの言う通りだな。

 最初は戦いからどう逃げるか。それが一番大事だ」

 

一番後方を走っていた初老の男が言う。


「ワルゥド! 僕は逃げないよ!

 必ずあの筋肉だるまを仕留めてみせる!」


「メタルドールな。

 それにしても、ナィンよ。

 意気込みはいいんだけどな。

 実際に戦い始めるとな、きっとお前は自分が出来損ないのに自動人形なったかのように、全く体が動かなくなると思うぞ」

 

ワルゥドはため息をついた。白髪の混じった頭髪は無くした右耳を隠すために右だけ少し長くなっている。

とてもキレた目をしているため、普段から怒っているように見える。

厳格で強烈な雰囲気が彼にまとわりついており、うっかり幼い子供の近くに出てしまうと問答無用で子供が泣き出すほどである。

 

彼は巨大な黒色のハンマーを左肩に担いでいた。

ハンマーの頭はワイン樽より一回り大きい円筒型をしており、柄の部分はワルゥド本人の腕の太さほどもあった。

よく手入れが行き届いているため、ハンマー全体が滑らかに輝いていた。


「うるさいな、ワルゥド! やってみなきゃわからないだろ!」

 

ワルゥドは声を上げてハハハと笑うとその鋭い目でナィンを睨みつけて言う。


「全くその通りだ。

 だからこそ、今のお前には何の期待もしていない。

 だが、せめて、何千匹もいるオタマジャクシのなかで目の前の一匹が天敵をかいくぐりカエルになることを期待する程度には、お前に期待を抱けるようにしてくれよ?」


ナィンはワルゥドの幼児を百人一瞬で泣かせる眼光を正面から受け止め、むしろ睨み返す。


「ワルゥドの例え話はいつもわかりづらいんだよ。それってどのくらい期待してんの?」


いつの間にか石畳だった地面に砂が混じり始めている。

海岸が近づいてきた証拠である。

にらみ合うナィンとワルゥドを素早く抜き去ったセシィアが叫ぶ。


「ちっ! あいつら、もう市街地まで来てるぞ!」


「あららぁ。軍が敵を砂浜に押しとどめておく手はずだったのに~。

 これじゃ依頼内容に不備があるねぇ。

 後でニンニキ大尉から追加料金を頂戴しないとねぇ」


ナィンはセシィアが駆け出して行った方を見る。

白や黒の岩を切り出して作ったレンガを積み重ねて作った豆腐型の簡素な家の前に、あの銀色の筋肉男が立っていた。


「だれかぁぁぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

家の中から甲高い女の悲鳴が聞こえる。


「メタルドール! ちいっ!

 避難勧告を無視した海老よりも馬鹿なやつがいるぜ!

 メガネ救助頼む! あいつは俺に任せてもらおう!」

 

ワルゥドはそう言うと軸足に力をこめ一気に最高速度に加速する。

ワルゥドは腰につけていた革袋を前に放り投げた。


「おらよっ! 飲め! ヘカトンケイル!」

 

ワルゥドは担いでいたハンマーで革袋ごと地面をぶっ叩いた。

地面に蜘蛛の巣状のひび割れが走るとともに、革袋に詰められていた液体が破裂しハンマーにまとわりつく。

真っ黒に塗られたハンマーに銀に輝くラインがいくつも走る。

ハンマー自体が液体を飲み干しているかのようだった。

周囲が鼻の奥まで刺激するアルコールの匂いで一気に満たされる。

 

ワルゥドは振り下ろしたハンマーを棒高跳びの棒のように使い、空高く飛び上がる。

彼はその鍛え抜かれた筋力、そしてその強靭な握力を余すことなく使い切りハンマーごと空中へ飛び上がった。


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