伯爵の屋敷 下
外観から得た感触の限り、さほど俺自身も構えていたわけではない。
とはいえ、一度視界に収めた屋敷の内部は、やはり曲がりなりにも伯爵家の権威に満ちていた。
全体的に空間が広く取られているのはもちろんのこと。
光を多く採り入れるために面の広い窓を備えているのは、やはり普通の屋敷にはないものだ。
建物自体の造りも豪華で、柱一つとっても当然のように華美な装飾が施されている。
あるいは何の変哲もない廊下にも、高級そうな調度品が嫌味にならない程度に配置されている。
壺や絵画など美術的なものの価値には俺も詳しくない。
だが、おそらくそれひとつひとつが俺の月給の何ヶ月分にも匹敵するのだろう。
まさしく金はあるところにはある、といったところか。
まして没落気味の家でさえこうなのだから――、と俺が感じたのは言いようのない世の不完全さだったが、まあ以前から知っていたことでもある。
ある種の諦念とともに思いを馳せながら廊下を抜けると、すぐに内庭に出たようだった。
太陽の光を遮るもののない、文字通り、周囲を建物に四角く囲まれた場所。
この屋敷では、外向きの庭のよりも内庭に力を入れているらしい。
思った以上に広い範囲の土地に、手入れのされた草木が茂っている。
石で舗装された道の両側には花壇が植えられ、場所ごとに色とりどりの花を咲かせていた。
その道の先には草の刈り揃えられた開けた空間がある。
その場所に女性が一人立っている。いやむしろ、少女や娘と呼ぶべきかもしれない。
もちろん、三人が広場にやってきたことには彼女も気づいているようだ。
こちらが向こうを見つめるように、彼女もこちらを見つめている。
おそらく、あれがエイナント伯爵の令嬢なのだろう。
俺は遠目に彼女の容姿を眺める。すると、女性にしては背が高い方のようだ。
俺より少し低いか、もしかしたらほとんど変わらないかもしれない。
肩くらいまでの長さの髪を後ろで縛っていて、その髪型からはずいぶん活発な印象を受ける。
まして名家のお嬢様にしては、ずいぶん動きやすそうな格好をしていた。
例えるなら、まるで馬を管理する従者が着るような上着にズボン。
躰のラインをほどほどに隠すゆったりとした衣服ではなく、躰にきちんと沿ったつくりのもの。
しかし何より異様で目についたのは、彼女の手に握られている、おかしく長いものだった。
まさかとは思いつつ、それでもどう言い繕おうとしたところで。
それがほうきでないことは俺にもわかる。
彼女が持っているのは、間違いなく人を打ち倒すためのもの。
細く削り出された木刀だった。
俺がその光景に面食らっているところに気づいたらしい。
ようやくルイジが小声で俺にささやいてくる。
「こちらのお屋敷のお嬢さんはとても活動的で、特に剣術を好んでいらっしゃるそうです。で、伯爵はそろそろ良い年齢になった娘さんの結婚相手を探したいわけですが、その元気の良すぎる娘さんは誰と娶せようとしても嫌がって、ほとほと困っているということで」
「……は?」
「それで彼女が言うには、『私は自分より弱い男に関わりたくない』と。『自分と戦って勝ってくれるような男としか話したくもない』と」
言っている意味は分かるが、やはりちゃんとは理解できなかった。
俺は何も言えないまま、ルイジと間近に視線を合わせる。
「しかし彼女は曲がりなりにも伯爵の娘です。相手の男にもある程度家柄は求められますし、それでいて強いともなると、ことさら相手が限られます。そしてそのような両輪が揃った相手は、こう言うと失礼かもしれませんが、もっといい家のお嬢さんを狙うものです」
「……それで?」
「その話を相談された私は、ならば勝てる相手を用意しましょうと伯爵に伝えました。しかも余計な心配をしなくて済むように、お嬢さんには目立つ怪我をさせませんと」
すでに嫌な予感を覚えつつも、俺は尋ねる。
「つまり、その相手が俺ってことか?」
「はい、その通りです」
ルイジは俺の顔を見つながら、自信たっぷりに言った。




