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梟の境域  作者: おんたま
一章
4/10

五年ぶりの邂逅 下

「ああ?」 


 もちろん俺は口をとがらせて答える。


「いったい、どういうつもりだ? 俺はいま、お前に引き止めたられたからここに残ったんだぞ」

「ええ、そこはおっしゃる通りです。すみません。ただちょっと、オウルさんの顔を見ていたら気が変わって――」

「……お前、本当になんなんだよ」


 もはや理解しようとする気にさえなれなかった。

 ころころと変わる相手の言い分。

 そんな態度で相手が説得されると思っているのか。


 しかし妹の事を持ち出されている以上、俺もあまり強硬な態度に出れない。

 仕方なく、なるべく感情を抑えた声で俺は言う。


「……明日は、仕事があるから無理だ」

「休んでください。そういう話ですべて進めておきます」

「は?」

「だから、大丈夫です」


 俺は目を細めて目の前にいるルイジを見つめる。

 すべて話を進めておく、とはどういうことなのか。

 まさか俺の働く職場に、無理やり話を通すとでも?

 その後の俺への迷惑などまったく省みずに?


 ……いや、ここまで来るとだ。俺は頭を働かせる。

 少なくとも、俺が覚えているルイジはこんな奴ではなかった。

 第一、ここまでこいつ(・・・・・・・)は考えなしだったか(・・・・・・・・・)

 それでしばし頭の中をめぐらすと、俺はあることを思い出した。


 それは、まさしく五年以上前に経験したこと。

 俺がこいつの兄貴と仲良くやっていた頃に感じた、とある違和感・・・

 まるで俺自分が、何か目に見えない大きなものに飲み込まれていくような感覚。


「もしかして……」


 ここでようやく自分の思考が、ある一点にたどり着いた。


「イェルトさんも……お前とグルってことか?」

「いや、グルという言い方は――。ああでも、そうですね、その通りです。あの人はこちら側の女性ですし、明日以降のオウルさんの予定については、彼女にすべて調整してもらいます」

「……まさか、嘘だろ?」

「むしろ嘘だと思いますか?」

「…………」


 途端に、頭が重たくなったようだった。

 とっさに浮かんだのは、そんな事実を信じたくないという否定に近い感情。


 ……いやしかし、本当にそうだろうか。

 実は最初から理解していたのかもしれない。

 そもそもイェルトさんが俺を呼び出した事自体が妙な話だとずっと考えていたではないか。

 加えて、ルイジがまるで意味のない嘘をつく理由もない。


「……マジかよ」


 一度ルイジから視線を外した俺は、机に腕をついて大きく息を吐く。

 そうなると、いったいどこからがルイジの仕込んだ話なのか。

 イェルトさんが俺を誘った日? もっと前?


「……え?」


 いや、そもそもの話、『いつから』?

 気づいた俺は、再びルイジと視線を合わせる。


「だったら……、あの人に持ちかけられた結婚話も?」


 嘘だったということなのか。何もかも、すべて。

 まさしく詐欺を仕掛けてきた張本人を問いただすように俺は尋ねた。

 同時に俺の中にあったのは、肯定も否定もしてほしいという矛盾した願望。

 少し上ずった声が出たかもしれない。


「……」


 だがルイジは俺と目を合わせて、かすかに微笑むだけ。

 それ以上のことは何も話そうとしない。

 

「……っ!」

 

 それで十分だった。

 すべてを理解した俺は、握りしめたこぶしをぎりぎりと机に押しつける。

 やはり話がうますぎたのか。

 何が『自分の感覚を信じるなら』だ。

 理想的過ぎる夫、理想的過ぎる義理の両親、理想的過ぎる家庭環境。

 遅すぎる後悔が一気に内側から吹き上がってくるようだった。


 しかし今になっていくら後悔しても、もう遅い。

 妹は家を出て行ってしまった。

 もし妹の乗った馬車が隣町に向かっていないのなら、もうどこへ行ったかなど俺一人では探しようがない。


 そこまで思考が至ると、俺は我慢できず、ルイジの顔をきつく睨みつけた。

 いや睨みつけるどころか、今度こそ殴り掛かる一歩手前の気分だった。


『そうだ、方法がある』


 突然、頭が答えを出した。

 目の前の男に何をしてでも、妹の居場所を吐かせる。


 しかし、そんなふうに頭に血が上っている俺に対して。

 ルイジの口元はあいかわらずかすかに緩んでいた。

 まるで何か、期待通りの反応があったと喜んでいるような。

 そんな表情で、歪んだ俺の顔つきをじっと見つめている。


(……ん?)


 その小憎らしい視線が、頭の片隅に引っかかった。

 それはうまく言葉にできない感覚。

 いや、このルイジの振る舞いや雰囲気。

 思い出したのは、やはり以前の記憶。


 そうして少し考え込んだ俺は、ふとひとつの可能性を思いついて――、


「……なら、人質ってことか?」


 再びルイジに尋ねた。

 するとルイジは『何を言ってるかわからない』と言わんばかりに小首をかしげる。

 何も知らない者であれば、ただただしゃくに障る応答に思えるだろう。

 しかし、俺はここで確信する。


 この人を焦らして楽しんでいるような態度。

 おそらくルイジは五年前の、自分の兄貴の物真似(・・・・・・・・・)をしているつもりなのだ。

 当時、その友人の一人として、さんざん付き合わされた俺は知っている。

 そして、もし予想が当たっているのだとしたら――。


「妹は無事なんだな」


 俺の顔色が変わったことに気づいたようだ。

 ルイジは一度うなずいてみせた。


「ええ、心配しなくても、妹さんは無事ですよ。結婚についても嘘はありません。もし明日オウルさんが突然隣町に訪ねて行っても、妹さんは『たった一日も我慢できない寂しがり屋のお兄さん』を笑って出迎えてくれるはずです」


 やはりそうだった。

 相手の予想通りの反応を見せるのは悔しいが、俺は安堵した表情を隠せない。


「ただまあ、妹さんの今後については、オウルさんのこれからの態度次第ではあります。そういう意味で、人質という言い方も正解です」


 しかし、もれなくルイジは言葉を付け足してきた。

 その一言に、ついに俺は戸惑いを隠せないまま尋ねる。


「そこまでして、俺にいったい何をさせたいんだ。もう俺とお前とは、何の関係もない(・・・・・・・)だろう?」

「いいえ、関係ないことはないです。オウルさんは兄の友人(・・・・)ですから」


 そこだけ、少し怒ったような言い方だった。

 実際、言い方だけに収まらず、顔色を変えるほどには怒ったようだ。


「もういいです。とにかく明日の朝に迎えに行くので、それまで家で大人しく待っていてください」


 それだけ言うと、ルイジはがたりと音を立てて席を立つ。


「あともうひとつ。心配しなくとも、今日の酒代は僕が持ちます。オウルさんは懐の具合を気にせず、好きなだけ飲んでから家に帰ってください。――もちろん、明日に響かない程度に」


 あとはもうこちらを一瞥いちべつすることもなかった。

 ルイジは後ろ手に手を振りながら店から出ていった。


 そうして一人残された俺は、しばらくの間、動けないままだった。

 今の会話を何度も反芻はんすうしてみる。

 が、やはりルイジが何を考えているのかはわからない。

 いや、ただでさえ突然のことに冷静な頭ではいられなかった。


 そして俺はカウンターの正面に向き直ると、少し離れた場所に立つ店員に視線を送る。

 店員はルイジとの会話を全て聞いていたはずだが、その態度は何も変わらず落ち着いていた。


「この店で……一番高い酒を」


 それだけ言うと、すぐに反応があった。

 まるで最初から用意されていたようにグラスが差し出される。

 琥珀色の液体。

 しかしその酒の色も見ずに、俺は一息でそれを口に含んだ。


「……ぁ!」


 一瞬置いて、鼻先に殴られたような衝撃が来た。

 グラスを握りしめたまま、俺は痺れたように身動きが取れなくなる。

 まだ飲み込んですらいないのに、喉の入り口が熱くただれて焼けるようだった。

 

 その酒精の濃さ、芳醇過ぎる風味と匂い。

 どうもこの店の最も高価な酒とは、とんでもなく度数が高い種類の酒だったらしい。


 俺はしばらく目を白黒させながら、それでもこれが高価な酒だと思うと吐き出せず、ただただ口をすぼめて悶えるしかなかった。

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