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梟の境域  作者: おんたま
一章
3/10

五年ぶりの邂逅 上

 気がついて辺りを見回せば、店内に客は一人もいなかった。

 俺が受け身な妄想に浮かれている間に、全員が店から出ていってしまったらしい。


(それとも――)

 

 まさか、こいつが仕組んだことだろうか。

 突然のことに何の反応もできないでいる間に、隣の椅子にするりと座った男。

 その顔を俺はまじまじと見つめる。


 ルイジ。かつていた俺の友人の――弟。

 重ねて言えば、こいつは『トリアル家』という名家の息子でもある。

 つまりは『権力者の息子』だった。

 そんな立場を持つこの男がその気になったのなら、酒場をひとつ貸し切りにするなどそう難しいことではないはずだ。


 しかし、仮にそうだったとして、わざわざルイジがそんな手間をかける理由は?

 ……わからなかった。

 なにせ最後にルイジに会ったのは何年も前のことだったし、その別れ方もまたあまり気持ちの良いものではなかった。


「僕にも、オウルさんと同じものを」


 そんな俺の思いとは裏腹に、ひょうひょうとした声でルイジが店員に声をかけた。

 すぐに酒の入ったグラスが差し出される。

 それを手に取り、ほんのわずかほど口をつけると、ルイジはこちらを向いて言った。


「おかわりはいいんですか?」


 目の前にあるグラスがほとんど空なことに気づいたらしい。

 その言い方には、俺の懐事情に比べてよほどの余裕が透けて見えた。


「いや……まあ、金ないからな」


 イェルトさんが相手ならともかく、ルイジを前にして見栄を張っても仕方ない。

 とはいえ、自分でも驚くほどぶっきらぼうな言い方になってしまった。

 歳上上司への妄想という、さきほどまでの甘い気分もすっかり霧散むさんしている。


「はは。結納金のために頑張りすぎるからですよ」


 対してルイジは、ほがらかに笑って言った。

 あからさまな軽口にしか聞こえない口調。

 だがこの一言で、俺は気付く。


 この場所にルイジが現れたのは、絶対に偶然ではない。

 ひと月前に決まったばかりの妹の結婚について。

 しかも結納金の額までこいつが知っている様子なのはなぜなのか。


「……お前に招待状なんか出した覚えないけどな」


 そこまで考えたところで、俺はルイジへの対応の仕方を決めた。

 古い知り合いに対する親しげな態度ではもちろんない。

 喉に力を込めてまるっきり喧嘩腰に、脅しつけるような声色で尋ねる。


「なんで、俺が今日この店にいることを知ってる? まさか俺の家からここまで後でも付けてきたのか?」


 まずはそこからだった。

 俺の質問に、ルイジは笑みを崩さず答える。


「そんな怖い声を出さないでくださいよ。それより――せっかく久しぶりに会ったんですから、まずは思い出話でもしませんか。あとはオウルさんの近況についても聞きたいですし」

「ふざけるな。ちゃんとこっちが訊いてることに答えろ」


 俺は問い詰めるように言ったが、ルイジはどこ吹く風といった表情だった。

 こちらの質問に答える気はないようで、会話にらちが明かない。


「……第一、おまえと話すことなんか思いつかない」


 実際、それが俺の本音だった。

 しかしルイジは不思議そうな顔をして言う。


「そうですか? 昔、同じ学校に(・・・・・)通っていた頃は(・・・・・・・)、いろんなことをよく話して教えてくれたじゃないですか。たったの一年間だけでしたが、あの頃僕は本当に楽しかったんですよ?」

「……そんなこと言い出すような歳じゃないだろ、まだ」


 ルイジは俺より一つ歳下だから、今は十七歳のはずだ。

 しかし、その口調や横顔を見る限り、俺よりずっと大人びても見える。

 ……おそらくここ五年の違い、お互い生きてきた環境の違いだろう。

 あの兄貴の後ろを追いかけるだけだった気弱な弟も、五年も経つとここまで成長する。

 

「いやいや、今と比べたら本当に楽しかったですよ、あの頃は。まだ(・・)兄さんもいましたし(・・・・・・・・・)


 その一言に、俺はルイジから視線を外した。

 思い出したくない過去をほじくられる感覚。

 ルイジもまたそんな俺の様子に気づいたようだった。


「……まあ、いいです。本題に入りましょうか。実は今日僕が来たのは、昔みたいにオウルさんにお願いがあって――」

「断る」


 ほとんど即答だった。

 お願いという単語が聞こえた瞬間、先回りして俺は言った。


「はい?」

「ほかに用事があって忙しいんだ」


 もう俺はルイジとの会話に見切りをつけていた。

 だが、そういう優しい言い方では、ルイジには伝わらなかったらしい。


「えー、またまた。こうやって飲みに来れるくらいには余裕があるじゃないですか」

「……ここには酒を飲みに来たわけじゃない。約束があったから来ただけだ」

「ああ、そうですよね、すみません。ですが、この店はもう貸し切りにしてあります」


 やっぱり、そうか。

 ルイジの言葉を聞いて俺はすぐ席を立った。

 それなら店の前で待ってイェルトさんと合流すればいい。

 その後で、また別の店に行けばいいだけだ。


 と、そんなふうに俺が急に動き出したので慌てたらしい。

 ルイジは口で何か言うよりも先、俺の肩を掴んで引き留めようとした。


「オウルさん」


 その手には、意外なほどに強い力が込められていた。

 しかしそんなルイジの意思を肩で振り払って、俺は言う。


「悪いが、また今度な(・・・・・)


 語尾に力を入れたので、今度こそこちらの意図も伝わったようだ。

 ルイジはひどくつまらなそうな顔をして答える。


「……そんなに、僕がする話には興味ありませんか?」

「ない」


 もはや振り向きもせずに言い、そのまま俺は店を立ち去ろうとする――が、具合の悪いことに。

 まだ二杯分の酒の代金を支払っていないと思い出してしまった。


 まさかこの勢いのまま、食い逃げをするわけにもいかない。

 なので仕方なく一度足を止め、俺は懐から金を取り出そうとして――。


「妹さんに関わる話、と言ってもですか」


 背中にぶつけられた言葉の響きに、俺の中で時間が止まった。


(……妹?)


 そう頭の中でつぶやいた瞬間、躰にびりりと電気が奔る。

 次の瞬間、振り向いた俺は跳ねるように躰を動かすと、ルイジに駆け寄り、その胸ぐらを乱暴に掴んで引き上げた。


「……お前。お前、俺の妹相手に何かするようだったら、本気でぶっ殺すぞ(・・・・・・・・)


 冷静でない頭に反して、口から出たのは冷え切った声色。

 しかし、思うまま口をついた言葉に嘘はなかった。

 文字通りの意味で、そうするだけの覚悟があった。

 相手の顔を寸前まで引き寄せて、俺はよほどの表情で凄んでみせる。


 だが、こんな俺の態度にもルイジの目に怯えが浮かぶことはない。

 それどころか、こちらの視線を真正面から受け止めたまま、


「だったら、まずは僕の話を聞いてください。とりあえずは聞くだけでもいいので」


 その言葉の後も、俺はルイジの顔をしばらく睨み続けていた。

 しかし、一度視線を外して手を離した俺は、大きく舌打ちして先ほどと同じ席に座る。

 すると、ルイジは何事もなかったかのようにその表情を柔和なものに戻し、


「そうだ。言い遅れてしまいましたが、妹さんのご結婚おめでとうございます」

「……」


 毒気を抜くような一言に、いまさら何をと俺は思った。

 だが、いちいち突っかかっていては話が進まない。


「……早く本題に入ってくれ」

「ええ、そうですね」


 ルイジは答えて、顎に手を当てながら正面を向く。

 しかしまたすぐにこちらに目を向けると、


「その前にすみません、ちょっとこれだけ確認なんですが、オウルさんって今まで大きな病気とかしたことなかったですよね?」


 このルイジの態度。

 だいぶだいぶ、悪ふざけが過ぎるようだった。

 俺はいらついていると十分伝わるよう、低い声色で答えた。


「ないな」

「それはよかった。あとはそうですね――。今でも運動はされてますか?」

「……なあ、お前、ふざけんなよ。本当に何を」

「いえ、昔より体力が落ちていないようならそれで大丈夫です。それじゃあ」


 と、そこまで言った後、ルイジは急に黙り込んで俺の顔を見つめる。

 ここにきてまた何かを思いついたらしい。

 その視線を俺がうろんな目つきのままに見返していると、


「すみません、やっぱりちょっと段取りを変えることにしました」

「ああ?」

「今日は思い出話が少しできたことだけで満足しました。その代わり、明日改めてもう一度時間を頂きたいのですが」


 ここにきて、ルイジがずいぶん勝手なことを言い始めた。

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