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梟の境域  作者: おんたま
一章
10/10

本当の依頼 下

「経済的?」

「はい。現状、こちらの国で作った商品は向こうに流れていきますが、向こうの国が作った商品をこちらはほとんど受け入れていません。その辺りのことでちょっと……」

「ちょっと?」


 尋ねると、ルイジはどう噛み砕いて説明しようか少し悩んだらしい。

 その様子を見て俺は一度下を向くと、


「それはこっちの国の政策が」

「はい?」

「……それはこっちの国の政策が、保護主義的になってるってことでいいのか?」


 そう尋ねた。

 すると、少し驚いたような顔になってルイジがうなずく。


「……ええ、その通りです。でもどうして」

「別に学校を辞めたからって覚えたことをすぐに忘れるわけじゃない。それに躰動かすより、むしろ俺はこっちの方が得意だった」


 学校の時に使った教科書だって、家の納屋に仕舞ってある。


「……ならこれも、覚えてますか。国がこういう政策を取る目的は――」

「いろいろ言い方はあるだろうけど、ひとつには金を溜め込みたいってことだろ。習った通りに言えば、『輸入は少なく、輸出は多く』。そうやって差額を出していく」

「はい。その差額分だけ、こちらの国に貴金属が蓄積されていきます」


 ルイジは補足して言う。


「ただそれは、向こうの国にとっては貴金属が流出している状態です。文字通り、国富が漏れ出ている状況ですから、もちろん向こうは事態を食い止めるためにいろいろな形で努力します。例えばこちらの国に文句を伝えてきたり、内外の流通を制限してみたり――」


 一度そこで区切って、ルイジはまた続ける。


「そのせいで国境の辺りが少し緊張状態になっているんです。最近は国に出入りする人間の身分をかなり厳重に確認するようになりました。その状況で特定の息がかかった者をあまり大人数送るのは不自然ですし、最悪余計な波風を立てることにつながります」

「だから、俺に行けと?」

「オウルさん一人なら、僕の力だけでもどうとでもなります。まあ、遠慮なく言ってしまえば、僕が性根を知っている人の中ではオウルさんが一番使い勝手が良さそうなんですよね」

「……使い勝手?」


 なんだ、その言い草は。

 俺は再び言葉を繰り返して、ルイジの顔を見た。


「あとはそうですね――。僕の知り合いの中ではオウルさんが一番暇そうでした」

「……暇そう?」

「もしくは、退屈しているんじゃないかと思って」


 その一言にはさすがに俺もカチンと来る。


「なあ。そりゃお前から見たら大したことないかもしれないけど、俺だって人並みに仕事はくらいは」

「ええ、それはもちろん知ってますよ。一年ほど前にようやく見つけられた職場ですよね。……でも変な話その仕事って、オウルさんに斡旋あっせんしたの誰だと思います?」


 ……まさか。

 俺は大きく目を開けてルイジの顔を見る。

 まさか妹の結婚についてだけではなく、一年も前からルイジは俺の周囲に手を伸ばしていたのか?

 いや、それでもやはり単なるでまかせではないのかもしれない。


「――なあ」


 だからこそ、俺は改めてルイジに尋ねる。


「お前は本当に、何を考えて動いてるんだ? お前の本当の目的は? いったい俺に何をさせたいんだ? そもそも最初から人探しを頼むつもりだったんなら、今日の模擬戦には何の意味があった?」


 頭には疑問が次々と浮かんでくる。

 対してルイジはかすかに俺に微笑んでみせ、


「すみません、ですが、これからすぐにわかりますよ。ただ僕としては、オウルさんが思うように動いてくれれば一番いいなと考えています。そのついでに、オウルさんの動きが僕の期待しているものと同じだったら嬉しいなというくらいで」


 まさかこれを言葉通りには受け取れないだろう。

 こんな手間暇をかけて、それで最後には俺の意思を尊重するとは考えづらい。

 ただそれでもルイジには、本気で言っている部分もあるように思える。


「だからここから先は僕からのお願いというより、依頼という表現に直しましょう。僕が出した依頼をオウルさんが自分の意志で受ける。そういう意味で僕たちは対等の立場です。もちろん相応の報酬もお支払いします」


 どうやらこの依頼こそが、ルイジの本来の目的だったようだ。

 だったらここまで長い手順を踏まずに最初からそう頼んでくれば――と考えて、この無駄なやり取りこそが必要だったのかもしれないと俺は考え直す。


 もし昨日酒場で人探しを頼まれていたら、俺は間違いなく断っていた。

 たとえ妹の件を持ち出されたとして、人探しのために長期に身内が人質に取られる状況はあまりに納得し難い。

 最悪一度引き受けたふりをして、裏でどうにか妹と逃げ出すことを考えていたはずだ。


 ところが今日一日を経て、多少なりともルイジと関わってしまったためなのか、今の俺はその依頼を受けてもいいかもしれないと考え始めている。

 この変心はいったいどうしたものだろう。


「……そういうことなら、こっちからも条件を出す。まずひとつ、妹の件だ。今後一切、俺との交渉の引き合いに妹を出すな。ミズクの名前を出した時点で俺は手を引く。お前が関わる何もかも、全てから。妹が泣こうがわめこうが、引きずってでもあいつを連れて他所の町に逃げるからな」

「わかりました。約束しましょう。それよりむしろこちらで手を回して、妹さんに護衛でも付けましょうか?」

「悪い、言い方を変える。お前は金輪際、俺の妹に関わろうとするな」


 俺がきつい口調で言うと、ルイジは笑った。


「わかりました。『僕はオウルさんの妹に関わらない』。一度した約束は守ります」

「……守れよ、本当に」


 これ以上は、おそらくなんともし難い。

 とりあえずの言質を取ったことで、ひとまず満足するしかなかった。

 しかし――。クロド先生を探す。思いもしない仕事。

 いやここまで来ると、もはや乗りかかった船である。


「クロド先生については……正直俺も気になる。ほかに何か情報はないのか?」

「ええ、残念ながら。どうしても隣の国で起こっていることですから」

「なら、俺一人で手探りで探せってことか?」

「いえ、さすがにそこまでは。実は家の手の者が一人、隣国で商売をしています。向こうに着いたら、まずはその男に会って頂けると」

「わかった」


 俺はうなずき、


「しかし、隣国で人探しって、今日みたいに一日二日で済むような話じゃないだろ。下手したら数ヶ月、半年。そしたら今の仕事は辞める必要が出てくるよな」


 今思いついたが、これも重要な確認事項だった。

 正直、妹が巣立っていったことで俺自身の身が軽くなったのは確かだ。

 最悪どういう状況になろうと男一人の生活、適当に暮らしてもいけるだろう。

 そもそも今の仕事にそこまで愛着があったわけでもない。


 それでもまさかこっちに戻ってきた後に仕事がない状態になるのは困ってしまう。

 妹が巣立ったとは、同時に親戚が増えたという意味でもあるのだ。

 そんな無下にできない人の縁が増えた以上、俺もある程度の外面は保たなくてはならない。

 そういう意味では逆に、身が重くなったともいえる。


「ああ、その辺はこちらでうまくやります。この仕事を終えたらしばらく暮らせるだけのものはお渡ししますし、なんなら新しい職場も紹介できます。なのでできれば決意が鈍らないうち、早くに出発していただけると」

「……早くって、たとえば?」

「可能なら、今日にも出発していただきたいのですが」

「……は?」


 いくらなんでも、それはあまりに急すぎるだろう。

 ルイジの一言に俺は間抜けな顔で反応してしまった。

 

「お前、それ本気で言ってんのか」

「ええ、そうですよ。肩の怪我も向こうに着く前には治るはずですし」


 いや、それはそうかもしれないが。

 ずいぶん人使いの荒い話ではある。

 それにこいつに斡旋されたかもしれない職場とはいえ、仕事を辞めるにも引き継ぎやなんやとあるはずだろう。


「……なあ。そりゃお前みたいな立場なら、ふと思いついて仕事辞めてもどうにかなるだろうけど、俺みたいな弱い立場のやつがそんなやたらめったら――」


 だからこそ、思わず口をついて出た言葉

 しかしそれに対して、ルイジが思うより厳しく反応した。


「それこそ、本気で言ってるんですか?」 


 口調きつく返されて、俺は一瞬言葉に詰まってしまう。


「いやだって、そもそもの考え方からしてですよ。比較的大勢の代わりがいるのはどちらなのか考えれば、むしろ僕とオウルさんは逆でしょう。オウルさんにもそれは分かりますよね。それに――」

「……あ!」


 ここではっとして、俺は大きな声を上げた。


「いや、今のは俺が悪かった」


 まだルイジが言い終わらないうちに、先回って俺は謝った。


「忘れてくれ。そういえば昔、お前の兄貴とおんなじような喧嘩をしたんだ」


 今の今まで忘れていた、懐かしい記憶。

 ルイジも急に兄の話題を出されて戸惑ってしまったらしい。


「……とにかく、仕事については心配しないでください。というより、思い出してもみてください。オウルさんが今勤めている職場って、どういう仕事をしているところですか?」

「どういうって、いろんなところから仕入れてきた商品を区分けして小さな商店に流してやる問屋――」


 そこまで言って、俺自身が気付いた。


「そういや、最近隣国から仕入れたって話の商品を取り扱うことも――」

「ですよね? 僕も何も考えないで言っているわけではないんですよ?」


 ルイジのこちらを責めるような顔色に、俺はどこまでこいつの手のひらで踊らされているのだろうと、その顔を黙って見つめていた。

 

一章がとりあえずここまで。そして書き溜めもここまで。次回更新は一週間後からを予定。

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