第二話 身の安全
あれからしばらくして、俺はフィーネさんの家に着いた。
道中は見慣れないものだらけで、街にはどこのRPGだよと言いたくなるほどの、美しい古風な建物が並んでいた。
俺がオロオロしていると、フィーネさんがお茶を入れて持ってきた。
「それほど良いものではないけど、お口に合います?」
「わざわざどうも、いただきます」
そうしてだされたお茶を飲みながらも、俺は頭の中がぐちゃぐちゃで、状況整理にかつてないほどに脳を酷使していた。
さっき言われた俺がこの時代の人間じゃなくて、ここが未来だということは理解している。けれどなぜこんなにも科学文明が後退しているんだ? 本当に未来ならもっと文明が進んでいるはずだ。
やっぱりからかわれてるのか? しかしそれではあの隕石について説明がつかない。
もしかしてあの隕石で文明が滅んだのか? なら俺が生きているはずがない・・・・・・
そんなふうに全力で考えていると、フィーネさんが俺に爆弾を投下した。
「ああ、それと今日はもう遅いし、泊まってもらうから。今は何よりもあなたがおかれた状況を理解することが先決だから」
俺は飲んでいたお茶を吹き出しかける。こんな美人さんと一つ屋根の下!? まじですか。
せっかく考えていたことが一瞬で真っ白になった。
フィーネさんはそんな俺を見てくすりと笑い、そしてすぐに表情を引き締めた。
あらためて美人な人だなあと見とれていると、フィーネさんは俺のおかれた状況を語りだした。
正直信じられないような話ばかりでうまく飲み込めないが、要約するとこういうことらしい。
ここはどこ?―→星霊歴1203年の遺跡都市グフタスという場所。
星霊歴って?―→かつて星厄によって世界が滅び、その後再度文明が興った際に作られた暦。
星厄って?―→数多の星々が地球に降りそそぎ、生物の大半が死滅した厄災。
俺はなんで生きてるの?―→わからない。
俺はどのくらい眠ってた?―→おそらく5千年以上。
日本はないの?―→いまいる大地の地下に遺跡として眠っている。
フィーネさんは何者?―→フリーの遺跡研究者で、今はグフタスを拠点にして、日本の遺跡を調べている。
グフタスって?―→遺跡研究の拠点都市で遺跡研究者にとっての聖地。
どうして日本語が通じるの?―→星厄当初は日本人が最も生き延びていて、それが共通言語として広まったらしい。
どうやら本当にここは未来のようだ。ドッキリだとしたらここまでやる必要はない。理屈はわからんが俺は5000年以上も眠り続けていたらしい。
俺がある程度理解したところで、フィーネさんが引き締まった表情で言った。
「どう? 自分の置かれた立場が分かった? あなたは滅びる前の世界を知る唯一の人間、しかも、なんでか知らないけど星厄を生き延びてる。だから、下手にあなたの事が知れ渡ると、あなたを狙うやつらがあらわれるわ。もし捕まったら、最悪、一生檻の中よ」
そんなことは言われずともわかっている。俺も立場が違えば、そんな希少な生物がいたら捕まえるに決まっている。間違いなく金になるから。
じゃあフィーネさんはどうして――
「ふふっ、どうして私があなたを手柄としなかったか気になってるようね。いいよ、教えてあげる。 それはね、あなたを実験材料にするのが忍びなかったから。同じ人間なのに物として扱われるのはおかしいと思ったからよ」
ああ、俺は幸運だ。俺を見つけてくれたのがフィーネさんで本当によかった。捕まえるつもりなら最初から逃げないように捕獲するだろうし、フィーネさんは本当に俺のことを考えてくれている。
「フィーネさん、俺のことは翠ってよんでくれて構いません。あなたに会えて本当によかったです、ありがとう」
「当然ね、私じゃなかったらどうなってたか。感謝なさい、スイ」
フィーネさんの顔は少し赤くなっていた。それが照れ隠しなのは俺にさえ一目瞭然であったが、それを指摘するのは野暮だろう。
それから食事をとり、少し自己紹介をして、俺はフィーネさんから客室に案内された。
「そりゃあそうだよな。さすがに同じ部屋なわけないか」
淡い期待を抱いていたがそれはあっさりと粉砕された。それにしても――
「世界が滅びればいいのになんて考えたけど、まさか本当に滅びるとは」
独り言を言いながら、俺はベッドにもぐりこむ。
まぁ、考えていてもしょうがない。フィーネさんという良き協力者がいるのだ、今後どのように生活するのか考えなくてはな。明日からどう行動しようか。そんなことを考えながら、疲れていたのか、あっさりと眠りに落ちた。
一夜明けて、目が覚めた俺はリビングに向かった。すると、フィーネさんはもう起きており、朝食を作ってくれていた。
「おはよう、朝早いのね。もう少し時間かかるから、待っててくれる?」
そう言うとフィーネさんは料理を再開した。献立はパンと牛乳と・・・・・・あれは卵焼きだろうか、うん、そのようだ。卵焼きはどの時代も共通のようだ、昨晩はシチューだったし、食事は割と変化していないらしい。食べることが大好きな俺にとっては、それは非常にうれしいことだ。
そうこうしているうちに出来上がり、朝食をとることになった。
朝食をほとんど食べ終わったとき、フィーネさんに訪ねる。
「フィーネさん、俺はこれからどうしたらいいんでしょう? いつまでもここにやっかいになるわけにもいきませんし」
すると、待っていましたと言わんばかりにフィーネさんが立ち上がった。
「昨晩考えたんだけど、私にいい伝手があるの。私を雇ってくれてる人が結構偉い人でね、ちょっと変な人だけど、その人ならスイの身元を保証できるでしょうし、悪い人じゃないから。片づけたらお願いしに行くことにするよ。」
フィーネさんはにやりと笑い、最後の一切れのパンを口にして、片づけを始めた。
う~む、フィーネさんの知り合いならヤバイ人じゃなさそうだけど、大丈夫だろうか。なんか含みのある言い方だったんだが・・・・・・まあ、身元を保証してくれるのはありがたいし、ここは信じるとしよう。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言ってフィーネさんが家を出てから、俺は女性の家に一人きりでいることを急に意識してしまい、悶々とした1時間をすごした。
それから間もなくして、戸が開く音が聞こえた。フィーネさんが帰ってきたのだろう、どうなったかな? うまくいっただろうか? そう思い玄関に行くと、そこにはフィーネさんではなく、豪華な装飾が施された鎧の騎士が立っていた。
「スイ様ですね、主より至急屋敷に連れてくるよう仰せつかっております。馬車を用意しましたので急ぎお乗りください」
え? 馬車? 俺が乗るの? てか何この人。
「スイ~、早く乗って~。私が頼みに行った人の使いで、怪しい人じゃないから~」
馬車から身を乗り出してフィーネさんが叫ぶ。
え? こんな派手に行動していいの? 辺りの人たちこっち見てるけど。俺のことばれたらやばいんじゃなかったですっけ?
「スイ様、ご安心ください。わが主が貴方の身柄を保証することはすでに決まっています。そうなった以上、スイ様にはたとえ一国の王でも手出しはできません。これから馬車で主の下へ向かうのは、ただスイ様と話をしたいという主の願い故です」
と騎士が告げた――まじですか、たった1時間でそんなことができるのか。そんなすごい人に雇われてたなんて、フィーネさんってもしかしてすっごい有名人? そういや“隻腕のフィーネ”って二つ名持ってたよね、家も周りと比べておっきいし――
よし、身の安全が保障されたのなら、人の目を気にする必要はないな。そう思って俺は馬車に乗った。
そうして馬車に乗り込んだ俺は、フィーネさんと共にその雇い主とやらに会いに行くことになった。