狂った街
おかしかった。
笑えるわけではない。とにかくおかしいのだ。
これが社会なのか、現実なのか、空想なのか。
なにもわからない。
俺はもう疲れたのさ。見えるものがなんなのかさえわからない。
この街の中、俺は公園で立ち尽くしていた。冬の風が冷たく吹き抜ける。まだ冷めていない缶コーヒーを握りしめる。今日はとにかく散々だった。
―朝起きると、布団の上に大量の虫がいた。それぞれ、虫は種類が違う。
気持ち悪い。俺は虫が嫌いなんだ。
布団を払いのけると、虫達は弾き飛ばされ黄色い粉となって消えた。
目覚めの悪い朝だ。
俺はしばらくぼーっとしていると、まずは歯を磨こうと立ち上がった。
洗面所に行き鏡を眺める。後ろの影に人がいるような気がする。しかし気のせいだと俺は考え、歯を磨き始める。
やはり誰かがいる気がする。ここは俺の家だ。誰かがいるなんてことはない。
俺は一応確認してみる。誰かがいると思っていた場所にはクマのぬいぐるみがいた。
クマのぬいぐるみが俺のところまで歩いて来て、こう言った。
「ねえねえ、いつまでこうしてるの?いつまでここにいるの?何をしてるの?どうしたいの?君は誰なの?」
俺はクマのぬいぐるみを蹴り飛ばす。おもいきり蹴り飛ばしたぬいぐるみは、壁に当たり床に落ちると、すっと消えていった。
どうなってるんだか
俺は口に入ったままの歯ブラシを抜きうがいをした。
リビングに行き、落ちていた服を着て家を出た。この家にいると、どうにかなっちまいそうだ。
外は素晴らしい晴天で、風が冷たく心地良い。
ドアの前に空き缶が落ちていた。俺はその空き缶を拾いたずねてみる。
「あなたはどこから来たのですか?」
空き缶は何も答えない。ただ、その空き缶は寂しがっているように見えた。
誰だって、一人は嫌なんだ。
俺は空き缶をそっと置くと、何事もなかったかのように歩き始める。
しばらく歩いていると、子供達が公園で遊んでいた。無邪気に遊んでいる子供を見ていると心が和む。俺は公園のベンチに座り、子供を眺めていることにした。
子供達はしばらく鬼ごっこをしていたが、飽きて来たのか隠れんぼを始めた。じゃんけんで鬼を決める。1番小さい男の子が鬼となった。鬼の子が目をつむり数を数え始めると、鬼以外の子供達は隠れ始める。みんなの姿が完全に見えなくなるころ、鬼の子供がみんなを探すために歩き始めた。鬼の子が公園を出た。おいおい、みんなは公園の中だぞ。
鬼の子はそのまま歩き続け、俺の視界から完全に姿を消した。
しばらくすると隠れていた子供達が出てくる。子供達はお互いなにも話さず、無言で公園を出ていった。
なんなんだろうね
俺は公園を出ると、商店街に来た。様々な商品が並べられている商店街、なぜか人がいなかった。あまりにも静かだ。人がいないなんて、一体どうなってるんだろう。
商店街をずっと歩いていると。一人の青年の後ろ姿が見えた。その青年は高校生なのか制服を着ている。まあ、見た感じは普通の高校生だ。しかしやっていることがなにやらおかしい。
その青年はおかし過ぎる方向に腕や足を曲げ、なにやら歌を歌っている。骨がないのだろうか。骨があるのなら完全に折れている。なんの歌なのかはわからないが、聞いているだけでおかしくなりそうだ。誰もいない商店街で、耳をふさぎたくなるくらいの声で歌っている。歌っているというより叫んでいる感じだ。俺は近づいてみて話しかける。
「良い歌だね。一人なのかい?」
青年は俺の方に振り向いた。首を横におもいきり曲げて、青年はこう答える。
「あなたも一人?一人は寂しいよ。どうしてここに人がいないかわかるかい?あなたにはわかるよ。うん、うん、うん、うん」
青年はそう言うと、一瞬で姿を消した。
俺は泣いていた。この涙がなんなのかはわからない。
俺って一体なんなんだろうね
なんだか疲れた。
そういうわけで俺は子供達が遊んでいた公園に戻ってきて立ち尽くしている。途中で買った、温かい缶コーヒーを飲み、煙草に火をつける。
これまでのことを思い出してみる。朝起きたら虫がいて、洗面所へ行くとぬいぐるみが話しかけてきて、外へ行くと空き缶が寂しく落ちていて、ここへ来ると子供達が、訳のわからないことをし、誰もいないおかしな商店街では、高校生が歌を歌っていたな。
これはおかしい。
なんなんだこの街は。
俺以外の全てが狂っている。
なんなんだよ。もう全てが嫌だ。
俺は一口しか吸っていない煙草を投げ捨て、持っていた缶コーヒーをおもいきり遠くに投げ飛ばした。
近くにあったベンチに座り頭を抱え、呟き始める。
「もう嫌だもう嫌だ。なんなんだよ。全てが狂っている。なんで全て俺を否定するんだ。なんで俺はこんなにも社会に溶け込めない。」
涙が地面に落ちて、土に染みてゆく…
顔を上げると夕焼けが見える。とても綺麗だ。夕焼けは俺の影を伸ばし鮮やかなオレンジ色でこの場所を包む。俺はオレンジ色の夕焼けを見つめた。すると、俺の頭の中で様々なものが走馬灯のように駆け巡る。
俺がして来たこと、俺がやりたいこと、俺が誰なのか、ここがどこなのか、狂っているのはなんなのか、社会とは何なのか、現実と空想はなんなのか。
…わかったんだ。
これは現実ではない。
空想でもない。
社会はこんなものじゃない。
この街は
狂っていない
…夕焼けが沈んでゆく。
目をつぶるとわずかな光が見える。光は影と重なり、一筋の光の束となって消えていった。
そうさ
狂っていたのはこの街じゃない
俺の方なんだ
俺がこの街を否定していたんだね
落ちている空き缶が、なんだか笑っているように思えた。
優雅な夕暮れ時