裏切りの代償とその結末
私は、都内の会社に勤めるしがないOLです。
名前はサチコと言いまして、名前に反して決して幸せだと感じた事はありません。
まあ、それ程不幸でもないので、普通の子――ツウコ――と言ったところでしょうか。
とにかく、私の身にこんな恐ろしい事が起きるなんて、思ってもいませんでした。
あれは――確か一週間以上前の事でした……。
私は一人暮らしをしていて、小さい部屋ながらもこだわりの家具で揃えたかわいい部屋でした。
その為、どんなに忙しくても、部屋は綺麗にしていました。
ところが、朝仕事に行く支度をしていると、ふと床の汚れに気付きました。
あれ?
昨日はなかったはずの汚れに、私は不思議に思っていました。
よく見ると、汚れは数字のように見えました。
『12』
クレヨンで書かれたような汚れでしたが、おそらく椅子を引きずってしまったのでしょう。
遅刻しそうだったので、さっと布巾で汚れを落し、私は会社に行きました。
そして次の日の朝、私は驚き固まってしまいました。
『11』
昨日はしっかりと拭き落したはずなのに、またしても床に汚れがありました。
気味が悪く思いましたが、今日も遅刻しそうだったので、拭き落して会社に行きました。
そして――。
次の日も、その次の日も、朝起きると床が汚れていました。
奇妙な事に、日を追う事に数字は小さくなっていき、今朝は
『5』
と、なっていました。
私は、言いようのない恐怖に支配され、同僚のトモミに相談する事にしました。
「それって……あの都市伝説じゃない?」
「都市伝説!?」
「知らないの?確か……『殺人様』でしょう」
「殺人様!?」
「部屋に数字が表れて、その数字がどんどん小さくなっていくの。10、9、8、7、6ってね。そして0になると、後ろに殺人様が現れてこう言うの」
「……………………………………………」
「……………………………………………」
「……………………………………………」
「次は……お前が死ぬ番だああああああ!!!!!!!!!!!!」
「きゃああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ちょ、ちょっと、びっくりするじゃない!!いきなり大声を上げて――」
「だ、だ、だ、だって、怖かったんだもん」
「あくまで都市伝説なんだから、そんなに怖がらないでよ」
「で、でも――」
「まあ、この話は、友達に裏切られて殺されちゃった子が、恨みを晴らす為に幽霊になって仕返しする話らしいけれどね」
「……………………………………………」
私は、怖くて怖くてその場に座り込んで震えてしまいました。
そこへ、恋人のマサシが姿を見せました。
おそらく喫煙所へ向かう途中だったのでしょう。
私は、マサシに全てを話、相談しました。
「ぷっはははははははは!!!!!」
「ちょっとマサシ、私は本気で怖いんだよ!!少しは心配してよ!!!」
「ごめん、ごめん。でも、考え過ぎじゃないか。ちょっと疲れてるだけだよ」
「……じゃあ……マサシが泊まりに来て、安心させてよ」
「うーん……行きたいのは山々だけど、今日も残業で遅くなるからなぁ………」
ここ最近、マサシは仕事が忙しく、会えない日が続いていました。
せめてこんな時ぐらい――と、思いましたが、マサシの出世の為にと思い我慢しました。
「じゃあ、俺は行くよ。トモミさんもお疲れ様です」
そう言って、マサシはいそいそとこの場から離れていきました。
不安の解決には至りませんでしたが、マサシの顔を見たら、少しだけですが気分が軽くなりました。
しかし、次の日………。
私はとんでもないものを目にしたのでした。
『4』
やはり見間違えでもなく、数字は確実に0へと向かっていました。
私は怖くなり、その日の夜はトモミに頼んで、泊まりに来てもらうことになりました。
マンションのエントランスにて……。
「大丈夫だって!もう、サチコは怖がりなんだから」
「ごめんなさい、でも怖くて仕方がないの」
「それに……怖いなら、マサシ君に頼めばいいのに」
「……マサシは、体調を崩したみたいで、今日は会社を休んでいて……」
「はいはい、わかりましたよ。私がマサシ君の代わりにサチコを守ればいいのね」
トモミは、やや嫌味っぽく私に言いました。
それでも、私のことを思って家まで来てくれたトモミには感謝です。
私の部屋は二階にあるので、エレベーターに乗りました。
「それにしても熱いわね、エレベーターにもエアコンが付いていればいいのに、サチコもそう思わない?」
「そうね…………きゃああああ!!!!!!」
何気なくエレベーターの天井を見上げると、そこには大きく『3』と書かれていました。
「ト、ト、トモミ!!!どうしよう………わ、私――」
「落ち着いてサチコ!!きっと誰かの悪戯よ。それに、サチコ事を指しているとは限らないじゃない」
確かに、このマンションにはたくさんの人が住んでいて、不特定多数の人がこのエレベーターを利用している。
この数字が、私を指しているとは、確かに限りません。
明日、管理人さんでも言って消してもらい事にしましょう。
そうこうしているうちに、エレベーターは二階へと着きました。
何とも言いようのない、薄気味悪い空気が漂っているように感じ、私達は急いで部屋へと向かいました。
そして、私の部屋のドアに差し掛かった時、異常な光景を目の当たりにしました。
ドアに大きく『1』と書かれていて、私が部屋を出た時には、こんな数字は書かれていませんでした。
私は急に怖くなってしまい、トモミの肩を掴んでしまいました。
「どうしようトモミ……ついに『1』まできちゃった……わ、私は殺されちゃう!!!」
「だ、大丈夫よ……きっと悪戯だって。早く鍵を開けて中に入りましょう、落書きは明日綺麗にしましょう」
コツコツコツ……。
突然エレベーターの方から、足音が聞こえてきました。
その足音が、コツコツとこちらに近づいているように聞こえ、背筋が凍るような感覚を覚えました。
「サ、サチコ。は、は、早く鍵を出して!!!」
私が鞄から部屋の鍵を出すと、トモミは奪い取るように取り上げ、部屋の扉を開けました。
そして、私の肩を引っ張るようにして、部屋へと押し込まれました。
コツコツコツコツ…………。
足音は私の部屋を通り過ぎて、少しするとドアの開く音が聞こえました。
どうやら、隣の部屋に人だったようです。
私は、ホッと胸を撫で下ろしました。
「あはははははは。ほらね、大丈夫だったでしょう?」
「ほ、本当ね」
「あーあ、安心したら喉が渇いちゃった。飲み物貰うね」
トモミはリビングへと進み、部屋の電気を点けました。
眩しい蛍光灯の光が、リビング内を明るく照らしました。
「…………………………………」
トモミは、リビングの光景を見て、持っていた鞄を床に落としました。
リビングには、血まみれの男の死体が、仰向けに横たわっていていました。
体の数十か所を、ナイフのような鋭利な刃物で刺されていて、顔は原型を留めないまでに切り刻まれていて、それは悍ましい光景でした。
そして、何よりも驚いたのは………。
男の胸には大きく『0』と刻まれていました。
「サ、サ、サチコ………これは一体……………」
二、三歩後退りをしたところで、トモミはあることに気付いたようです。
男の着ていたスーツ、髪型、指のほくろ、トモミの見覚えのある人物でした。
「……………………………………………………マサシ!?」
私に背を向けたまま、トモミは横たわる男の死体を覗き込みました。
「どういうこと…マサシが何で死んでいるの!!!!!」
私は何も言わず、鞄の中から刃物を取り出しました。
蛍光灯の光を浴びて、鈍く光る刃にうっとりとしながら、私はこう言いました。
「次は……お前が死ぬ番だああああああ!!!!!!!!!!!!」
私は、トモミの背中目掛けて、何度も刃物を突き立てました………。
次回『裏切りの代償とその結末2』