一匹狼がデレるまで。
「面倒な仕事を押し付けられたね」
「で、でもっ、ずっと気になっていた京谷くんと二人きりは少し嬉しいです!」
彼が口を開いたことが嬉しくて、つい本心をありのまま口から出してしまった私は、初日から失敗をしてしまいました。
高校二年の秋。
文化祭が来月にあり、お祭りムードで話題はそればかりが耳に届いたけれど、私は教室の隅で本を読んでいた。
人付き合いは苦手だ。
次から次へと出てくる悪口に便乗して笑うことに疲れてしまい、女の子達の輪に入ることは一年の始めにやめた。
女の子というものは影で悪口を言うけれど、何事もなく笑って接する生き物だ。
私は考えすぎなのでしょうか。
どうも浅はかに思える女の友情に付き合いきれず、あまり関わらなくなった。
自分に似た文学好きの生徒とはどうすれば仲良くになるのかわからず、一人に慣れてしまい二年生はいつも席に座ったまま小説を読み耽る。
定位置に座っていると色んな話を耳にして、なんとなくクラスメイトの把握ができてしまう。なんとなくだけれど。
例えば、私よりクラスに馴染めていない京谷くん。
私とは逆の窓際の席で頬杖をついて、色付いた紅葉を眺める京谷くんは、とても綺麗な顔をしている。
切れ目でいつも眠たそうに伏せがちな目も、繊細そうな黒い髪も、整った顔立ちも、雰囲気も、綺麗という印象を抱く。
身長も高くて、女の子達はいつも「かっこいいのに、もったいないよね」と口にする。
京谷くんの噂は主に性格の悪さ。
京谷くんは、一匹狼だ。
協調性に欠けていて、愛嬌が欠けていて、"人付き合いはしません"って言い張っているみたいに他人と関わらない。
ルックスはいいけれど、中身は最悪。
それが周りの京谷くんに対する認識だった。
女の子達は皆、近付く隙さえもないから悔しげに言う。
近付く隙さえあれば京谷くんと交際できるなんて思っていることに、ちょっと笑ってしまったのでセーターの裾で隠した。
京谷くんは確かに周りに対して冷たい。私もそう思う。
意見を求められても「勝手にすれば」や「そうすれば」と言う。
クラスの出し物を決めているのに、他人事。そっぽを向いている。
そんな彼が、私はいつも気になっていた。
同じクラスの輪に入れていないもの同士だからなのか、京谷くんがとても綺麗だからなのかは、正直わからない。
京谷くんは寝ているか、外を眺めているかのどっちかだけれど、外を眺めている時は何を見ているのか気になった。
なにをぼんやり見つめているのかな。
京谷くんの席から見える景色は、どんなものなのかな。
知りたいことが、たくさんある。
京谷くんが、知りたいと思っていた。
でも、話し掛けるなんて勇気も度胸もなく、私も席について頬杖をする。
壁際の私と、窓際の君の距離は、実際に図るよりもとてもとても遠いのでしょう。
私の好きな作家さんは言う。
チャンスはたくさん来ないから、掴まなくちゃいけないって。
なにもせずに逃しては後悔だけが残るって。
でも私にはチャンスすら来ないままただこの距離を保って眺めるだけなのでしょう。
けれども、ある日。
クラスの出し物についての話し合いをしていたら、お化け屋敷の内装は代表二人が皆の案をまとめて決めようという案が出た。
そう言えば、うちのクラスはお化け屋敷に決まったのか。
そこで私はぼんやりと思い出した。
代表二人はデッサンまでしなければならないので、誰もやりたがらない。
だからくじ引きで決めることになった。
数人で紙を千切ってハズレもといアタリの紙を二つだけ作り、一人ずつが取りに来てはタイムロスだからと適当に混ぜこんだ紙を手分けして配った。
その最中に数人が耳打ちしているのが目に入ったけれど、気に留めずに三回折り畳まれた紙を開く。
鉛筆で書かれたアタリの文字を見てしまい、一度閉じる。
もう一度開いてみたけれど、やはりアタリだ。
なんてことでしょう。
面倒な仕事に当たってしまった。そんな仕事をするくらいなら、小説を読みたいのに。
「アタリを引いた人は手を上げてください」
学級員に言われて、仕方なく手を上げる。
もう一人はせめて私に仕事を押し付ける人ではありませんように、と祈りながら周りを見てみれば窓際の席。
少し伸びたセーターを着た腕が上がっている。
少々気に入らなそうにしかめた表情の京谷くんの腕だ。手には、紙。
「では水梛さんと京谷くんは、皆の意見を聞いておくので放課後にまとめてください」
「は、はい」
私だけが学級員に返事をした。京谷くんは頬杖をついてまた窓を眺める。
くじを作っていた数人の女子が笑いを堪えたのがわかった。
どうやら仕組まれたようだ。
消極的な私と京谷くんに面倒な仕事を押し付けたのでしょう。
でも京谷くんと、二人きりで仕事。
京谷くんと、二人きり。
京谷くんを知れるチャンスにどうしようもなく嬉しくなって、セーターの裾に埋もれた手でにやけそうな口元を隠した。
放課後、京谷くんの元に行けば、頬杖をついたまま見上げられる。
どきまぎしながらも、学級員に渡された皆の意見とデッサン用の紙を見せた。
そうしたら京谷くんは立ち上がった。
帰ってしまうのかと思ったけれど、隣の机と向かい合うようにセットする。
そして座り直した。
ちゃんと一緒に仕事をしてくれるのは嬉しかったけれど、向き合うのはちょっと嫌だった。
ポーカーフェイスが保てますように。
祈って座っているうちに、クラスメイトは次から次へと教室を出ていった。
私達に励ましの言葉は一切なし。
薄情だな。
京谷くんが意見を箇条書きにした紙を眺めている間、私はシャーペンを出した。
「こういうのって、どうまとめればいいんだろうね。難しいよね。絵にしろなんて、ハードル高過ぎだよね」
俯いたまま私は会話をしようと口を開く。
京谷くんを知れるチャンスだから、迷惑に思われない程度に会話をしてみよう。
教室に残るのは、私達だけになった。
「面倒な仕事を押し付けられたね」
京谷くんは箇条書きの意見を眺めながら、静かにそれだけを返す。
顔を上げて見る。
「で、でもっ、気になっていた京谷くんと二人きりは少し嬉しいです!」
嬉しさ余って口から飛び出したのは、京谷くんを好きだと言っているような言葉。
目の前の京谷くんが、目を丸めた。
向き合った距離で、ばっちり目を合わせている。
やらかした。やらかしました。
チャンスを踏み潰しました。
徐々に顔に熱が集まるのを感じてきた。
「――――――…そういうの、迷惑だから」
京谷くんは、目を細めると冷たく返す。
冷たすぎる声は、私の胸にひやりと突き刺さる。
好きな作家さんが描くような甘い展開はない。
"実は俺も気になってた"なんて言葉を期待していたわけじゃないけれど、ショックなわけで、泣きたくなって逃げ出したくなるわけで、でもそれはできないから俯いて自分の両手を握り締めた。
今逃げ出せば、京谷くんに仕事を押し付けることになってしまう。
近付こうとしたら容赦なく傷付けられたけれど、人付き合いなんてそんなものだ。
入ってはいけない線を踏み越えようとすれば、突き飛ばされる。
線を踏まない位置に立ってその距離のまま笑い掛ける浅はかな関係。
「ごめんなさい」
私は謝ってから、深呼吸をした。
好きな作家さんは言う。
踏み出さなければ始まらないし、終わらない。
突き飛ばされてしまったけれど、私は今京谷くんの目の間にいる。
もう一度、線の前に立つ。
「でも、本心なので。……じゃあ、えっと……先ずどうしましょう」
迷惑なのはすごく申し訳ないけれど、どうしょうもない私の本心だ。
京谷くんを知れるこのチャンスがきて、嬉しい。
いきなり失敗をしてしまい、突き飛ばされてしまったけれど、まだまだ京谷くんを知らないからもう少し頑張ってみる。
また京谷くんは目を丸めたけれど、また目を細められる前に俯いて仕事に取り掛かった。
「全体的に暗くするからすごく暗幕使うよね……迷路は予算オーバーするから、教室の中をじぐざぐに通る感じにするって言ってたよね。後ろのドアからスタートして、前のドアがゴールだと……四往復くらいかな?」
教室を振り返り、予測する。
デザインの案だと、古い屋敷っぽいデザインが欲しいとか、井戸が欲しいとか、川が欲しいとか、無茶なことばかり。
これをどうしろと言うんだ。
シワが寄ってしまう眉間を人差し指で押し込んでいたら、紙を引き寄せて京谷くんが書き始めた。
四角を書いて教室を上から見た図を簡単に描く。
シャッシャッ、と四本の通路を定規で描くと、手を止めて頬杖をついた。
「お化け役は交代制だっけ? 隠れられるポイントを適当に決めて、あとはその箇所に意見を入れれば。屋敷っぽいのは後ろか前の壁に描けばいいんじゃないの。屋敷自体を作るのは無理」
淡々とした口調だけれど、なんだか滑らかで落ち着く声で意見を出す京谷くんを、見つめてしまった。
相変わらず、綺麗な顔だ。
セーターで手の甲が隠れている手を押し付けている頬や、紙を見つめている伏せた目や、少し長い髪とかを、見つめてしまう。
京谷くんはそれに気付いて、長い睫毛を揺らして私に目を向けた。
眠たそうに細められた眼差しにギクリとして、横に視線をずらす。
その先は、京谷くんがいつも眺めている窓。
硝子の向こうには、色付いている紅葉と暗さを纏う秋の空があった。
「外見だけで好きになられても迷惑だから。やめてくれる?」
「えっ」
「俺のこと、知りもしないで告白とか、すっごく迷惑だから。女子は皆そう、面倒」
京谷くんは淡々と冷たく顔に見とれてた私に言う。
呆れるほど告白されたみたい。ルックスだけに惹き付けられた女の子達に。
私は違うよ、なんて反発心が芽生えるけれど、それもきっと京谷くんに冷たく一蹴される気がした。
「…………私も、女子は面倒だと思うよ」
私は京谷くんの後ろの窓を見つめて、それだけを返した。
ほんの少し紅葉を眺めてから、京谷くんの案をメモする。
涙が一滴。落ちる。
鼻を啜り、目を擦って仕事を続けた。
京谷くんの"迷惑だから"は、すごく冷たくて私に重くのし掛かった。
私の想いは希薄だと、一蹴されたことは悲しくて、そして悔しい。
他の女の子とは違う、なんて言うのはただの意地でしかないのでしょう。
他の女の子と違うところって、なに?
所詮私も京谷くんの見た目に惹かれた女の子なわけで、言い返せなかった。
それがとても、悲しい。
翌日の放課後も、机を向かい合うように配置して席について仕事をした。
京谷くんはサボらない。
任された仕事はちゃんとやるんだよね。
「てっきり、誰かに仕事を代わってもらうのかと思った」
京谷くんは私が仕事を続けることを、驚いた様子もなく口にした。
もしかして、気まずいのだろうか。
私と、仕事したくないのだろうか。
「もしかして、この組み合わせ仕組んだの?」
「……仕組まれたものだと思うけれど、私じゃないよ」
周りを見ていないから、わざと私達に押し付けられたことに気付いていない京谷くんに誤解されないように伝えておく。
「私は代わってもらえるほど仲のいい友だちはいないし、私と京谷くんはいつも茅の外だからこの仕事を押し付けられたんだと思うよ」
「友だちいないの? 可哀想」
「……いません。京谷くんだって一匹狼じゃん」
掌を左右に振りながら言えば、友だちがいないことに食い付かれて淡々と可哀想と言われてしまった。
さも興味がないと言わんばかりの態度が、悲しいです。
「俺は友だちいるよ。知り合った人は皆友だち」
「……知り合いを友だちと呼んでいるだけじゃないの、それ」
笑うべき冗談でしょうか。
知り合いのことを友だち枠に入れる京谷くんは、厳密には親しい人はいないらしい。
京谷くんはそれ以上はなにも言わず、私の手元にある新しい紙に視線を送った。
「ああ、これ。屋敷のデザインを頼まれちゃって……無茶ぶり多いよね」
学級員に昨日京谷くんと話して決めたことを報告したら、細部のデザインまで頼まれてしまった。
京谷くんは呆れてため息をつく。
「入り口に入ってすぐに聳え立つ感じの屋敷って……こんなアングルかなぁ」
大まかに丸で屋敷を書く位置を囲う。頭の中に屋敷をイメージするけれど、私の画力では無理。
ググった画像を頼りにそれっぽく、描こうかと思っていたら「貸して」と紙を京谷くんに取られた。
「……お……おお……」
スラスラと紙の上を走るシャーペンから、目が放せない。
「お、おおっ……京谷くん、絵が、上手いんだね……す、すごい」
「……適当だけど」
頬杖をつきながら、シャッシャッとシャーペンを振る京谷くんは、私のイメージに合う屋敷の絵を線を重ねて描いてくれた。
瓦の屋根の廃れたお屋敷。
「ちゅ、中学は、美術部とか、かな?」
「……違う。仲のいい友だちが漫画好きで、一緒に描いているうちに……慣れただけ」
じーと見ながらも訊いてみれば、京谷くんは教えてくれた。
仲のいい友だち。本当の友だちがいるみたい。
おお、京谷くんの友だちか。どんな人なんだろう。
違う学校なのかな。
「漫画、描くの?」
「アイツにせがまれた時だけ。殆どはイラスト」
「へぇ……へぇ……! み、見たいな……」
「……」
「……ご、ごめんなさい」
身を乗り出して、断られそうだけれどポツリと言ってみたら、ジトリと冷たい目を向けられたので顔を伏せた。
こんな京谷くんにせがんでイラストを描かせるオトモダチさん、すごい。
でも、でも、私は京谷くんの意外な特技を知ることができた。
嬉しくて、笑みが溢れる。
「なににやけてるの」
「い、いやっ、えっと……」
「オタクっぽいって、笑ってるの?」
「え、ち、違うよっ。京谷くんのこと、少し知れて嬉しくて、つい……あっ」
睨むような眼差しを向けられたから慌てたら、また本心がありのまま口から飛び出してしまった。
「……絵が描けることがわかっただけで、知った気になるなよ」
昨日と同じく京谷くんから冷たいことを返される。
ひんやりと冷たさが胸に広がった。
「絵が描けるってだけじゃないよっ、あの、えっと、京谷くんは……すごく女の子に嫌悪感抱いてるとか、本当に興味がなくて周りを全く見てないとか、でも仕事はちゃんとこなすとか……話してて、それがわかったよ」
ぎゅっと両手でシャーペンを握り、京谷くんと目を合わし続けることが出来ずに度々窓に目を向けながら、私は言い返した。
「周りを全く見てないって、なに」
京谷くんが不快そうに顔をしかめたから、緊張が高まる。
「あ、くじ引きの時に何人かがこそこそ話してたの……全く気付いてなかったみたいだし。……私も茅の外だって知らないみたいだったから……」
黙ればいいのに、また口から飛び出してしまった。
視線は窓を向く。
その窓の外を見つめてばかりで、京谷くんはクラスメイトに全く関心を持たなかった。
勿論私のことも。
話してて、それを知れた。
「……嫌いになったでしょ、俺のこと」
「え?」
「外見だけ見て、勝手なイメージで妄想してて、いざ話してみて幻滅して嫌いになっただろ」
淡々と冷たく言う京谷くんと目を合わす。
相も変わらず眠たそうに細められた眼差しは冷たくて、突き放すようだった。
でも。
「…………ううん。想像以上に冷たい人だと思うし、怖いと思うけれど……不思議なくらい嫌いにはなってないよ。というか、それこそ京谷くんの勝手なイメージだよね」
昨日とは違って泣くことはなく、私は笑って言い返すことが出来た。
京谷くんの眼差しも、吐かれる声も、冷たくて時々怖い。
けれども、時々落ち着いた雰囲気とか眼差しとか声だとかが、私を惹き付ける。
仲のいい友だちがいると話してくれた時は、どことなく柔らかさがあったから、多分線を踏み越えることを許された時、きっともっと好きになるんだと思う。
「昨日……俺に泣かされたくせに、めげないね、君。なんで?」
京谷くんは、ほんの少し眉間にシワを寄せて訊いた。
「何故だろう、私も不思議。泣き寝入りしそうなんだけど……ああ、もしかしたら好きな作家さんのおかげかな。その人がよくね、"チャンスはたくさんは来ないから、なにもせず逃さず掴め"とか、"行動しなきゃ始まらない"とか、言っているから、それのせいかも」
私も疑問に思う。
昨日の"迷惑だから"で、今日は休んで泣き寝入りしても可笑しくはなかった。
好きな作家さんの言葉が糧になっているのかもしれない。
「何の作家?」
「あ、ラノベルの作家だよ。これ、逆ハー寄りの恋愛小説で、京谷くんには合わないかもしれないけど、感動するしヒロインが可愛くてね」
「ふーん……」
鞄から取り出して渡してからお薦めしようかと思ったけれど、カバーを外して表紙を見て中をペラペラーと捲ったあとに、興味はないと言わんばかりに机の上にポンと置かれた。
京谷くんは仕事に戻る。
「君は、周りをよく見てるの?」
そろそろ帰ろうかと思っていた頃に、京谷くんに質問された。
「いや……ちょっと意識が向く程度、だよ」
「周りを見て、楽しい?」
「いや……楽しいことばかりじゃないよ。人間観察なんて、悪いところばかり目が入っちゃうもん。西川くんはよく消しカスを落とすし、林崎さんはこのクラスの女子のボスでほとんど彼女の言いなりとか」
冗談めいて言いながら、消しカスを集めてゴミを捨てる。
「俺のことも観察してたの」
「え。……そうとも言えるね」
「観察した結果は、なに」
京谷くんは自分の印象訊いてきた。少々答えに迷い、教卓に手を付き考える。
「……綺麗系な、一匹狼かな」
「見たまんまじゃん、それ」
「京谷くん、ほとんど喋らないし、いつもそっぽを向いてるから……」
答えが気に入らなかったのか、京谷くんはそっぽを向いてため息をついた。
私は教卓に頬杖をついて、京谷くんを観察する。
「京谷くんは女の子のこと拒絶しすぎだと思う。関心ないのバレバレで協調性なさすぎる。少しは愛想よくした方がいいと思うよ。会議の時に窓ばっか見るから、こんな仕事を押し付けられちゃうんだよ」
離れているせいで緊張が緩み、悪い点を挙げたらベラベラ出た。
京谷くんに睨まれてしまいました。
「きっと全員が京谷くんのルックスだけに興味があるわけじゃないよっ。私は……」
睨みと目を合わせていられなくて、京谷くんがいつも眺めている窓に目を向ける。
「いつも、なにを眺めているのかな、とか……なにを考えているのかなって……知りたかったもん」
窓から見える景色のなにを眺めているんだろう。
なにを考えて余所見をしているんだろう。
いつも、見つめては、知りたかった。
観察していても、口数の少ない京谷くんの考えていることは、予測できないから。
静まり返って、沈黙をひしひし感じて、喋りすぎた我に返る。
今日は昨日より京谷くんと喋った。
今日は昨日より京谷くんを知れた。
それは嬉しいけれど、何より昨日より京谷くんを怒らせたかもしれない。
「か、帰りましょうか!」
逃げるようにさっさと片付けをして、解散をした。
「ねぇ、デザイン」
「は、はい」
「水梛さんが描いたことにしてよ。それをネタに話し掛けられちゃ面倒だから」
「えっ……んー、京谷くんがそれでいいなら……構わないけれど」
いざ鞄を持って飛び出そうとしたら、そんなことを頼まれる。
あの上手い絵を私の手柄にするのは勿体ないし、申し訳ないけれど、絵の上手さで女の子に寄ってこられたくない京谷くんのために引き受けることにした。
「……なんか、私だけ京谷くんの特技が知れて、嬉しいなぁ」
「……」
「ごめんなさい……」
またつい嬉しくて笑って漏らしたら、迷惑そうに顔をしかめられてしまったので、謝罪して逃げました。
翌日、学級員にデザインを見せたら「上手い!」と褒められた。聞き付けた他のクラスメイトが覗いて盛り上がるけれど、当然描いた本人ではない私はいたたまれなくなり、京谷くんを見てみる。
京谷くんはただ、窓の外を眺めていた。
休み時間に好きな作家さんの小説を読み返していたら、少し涙が浮かんで堪えるのが大変だった。
読み返しても、感動するところは感動するし、面白いところは笑ってしまいそうになるし、きゅんとするところはにやけてしまいそうになる。
読んでいる部分は悲しいところで、ちょっと涙が出てきた。
心を動かすことが上手い作家さんだと思う。きっと京谷くんみたいな人へのアプローチも、心に響くものが出来るんだろうな。
なんて会ったこともない作家さんを美人で素敵な人だと想像して、ちょっと涙から意識を外した。
「座って」
放課後はまた京谷くんとお仕事の続き。
京谷くんの元に行ったら、肩を掴まれて、まだ配置を変えていない京谷くんの椅子に座らされた。
目の前に京谷くんの腕。
セーターからは、ちょっとだけ香りがする。多分アロマとか洗剤の香りかな。
香水のような匂いとは違う。
「俺がいつも見てるのは、これ」
京谷くんの腕は、窓を指差していた。
京谷くんの、席。
京谷くんがいつも窓を眺めている位置。
ほんの少し、違っているように見える景色を、見ていたら、じんわりと胸から熱さが込み上がってきた。
涙で紅葉も空も、滲んで見えなくなってしまう。
涙が落ちる前に、慌ててセーターの袖で押さえた。
これは、あれだ。
悲しみからじゃない。
感動からくるものだ。
ああ、どうしよう。
せったく京谷くんが見せてくれたのに、嬉しすぎて見えない。
「……泣くほど、酷いの?」
まだ教室に人がいるのに、私が顔を押さえて俯くから、京谷くんの声がボソッと零れた。
「ご、ごめん、嬉、涙、です」
「……君って涙脆いんだ。昼も本読んで涙目になってたでしょ」
「み、見てたの?」
「水梛さんを観察した、仕返し。窓って結構教室の中映すからさ、何しているか大体見えるよ。今日は俺を見すぎだし、本ばっか読んでるよね。そんなに好きなんだ、あの小説」
「……っ」
京谷くんは迷惑そうに私を涙脆いと言うと、昨日の仕返しで観察した結果を言う。
感情が高ぶりすぎて、泣き声が出そうになった私は口も押さえて机に顔を伏せた。
「泣いてる……?」とこそこそ女子が話しているのが耳に届く。
京谷くんが泣かせたって噂が広がるんだろうな、私はフラれたって言われちゃうんだろうな。
頭の隅で思いながら、私は嬉しさで込み上がる涙を止める努力をした。
観察して悪い点ばかりを挙げた仕返しだけれど、京谷くんが私を見て少し知ってくれた。
それが、嬉しくて、嬉しくて。
それにいつも気になっていた景色まで、見せてくれた。
線の向こうで、まるで笑い返してもらったみたいで、嬉しくて、嬉しくて、なかなか涙が止まらなかった。
「ご、ごめんね……多分私が君にフラれた噂が流れる……事実だけど……」
なんとか涙が収まって、顔を上げて笑ってみせる頃には、教室には私と京谷くんだけになった。
「……なんで、泣くの。ただの景色じゃん。特段感動するような絶景でもないし、先週よりは色付いてるなって思うくらいの変化しかない景色だよ」
私の前に立つ京谷くんはまた問う。泣いた理由。
「京谷くんのいつもの位置から見た景色って、やっぱり少し違うじゃん。隣で見るのと、ちょっとだけ違うよ。京谷くんはいつも頬杖をついて、紅葉を観察してたんだね」
頬杖をついて、改めて京谷くんの席から見える景色を眺めた。
ただの紅葉と空だけれど、京谷くんがいつも見ている景色だ。それだけで特別だから。
「本当だ、少し教室が見えるね」
紅葉にうっすらと教室の中が反射していた。
けれどもうっすらとしすぎて、これでは何しているかは予想できていても、涙を浮かべているかどうかは見えないはず。
じゃあ、京谷くんは窓越しじゃなくて……。
私は自分の席を振り返った。
こうして見てくれたのかな。
「机の中」
「え?」
「あげる」
短い言葉だけでは何がなんだかわからないけれど、京谷くんが机の中のものを出せと言わんばかりに視線で指示をするから、机の中に手を入れてみた。
中には紙が一枚だけあった。
見てみれば、シャーペンで描かれた薦めようとした本のヒロイン。
表紙の絵とは違うけれど、彼の個性でしょう。
京谷くんに似て、綺麗に描かれていて、とても私好みだった。
「友だちが、厳密には昨日話した友だちの恋人が持ってて、昨日家に上がり込んできたから借りて描いてみた」
「……く、くれるの? 私に?」
「いらないならいいけど」
「い、いりますっ! ぜひください!」
確認したら回収しようとする京谷くんの手が伸びたから慌ててガードする。
また嬉しくなって、涙が込み上がってしまった。
今日は、泣きすぎだ。
でもどうしようもないほど、嬉しくて、嬉しくて。
涙が引っ込まない。
涙で汚してしまわないように、イラストは隣の机に置いて、涙を拭く。
「泣きすぎだから……」
呆れたようなため息をついて、京谷くんはしゃがんだ。
すごく迷惑そうに机の向こうから、伺ってくる。
泣かすつもりはなかったから、困っているんだと思う。
「ご、ごめんね……嬉しすぎてっ」
私は涙を吹きながら、笑って返す。
本当に嬉しすぎて、嬉しすぎて。
泣いちゃって、ごめんなさい。
「そんなに好きなの? このキャラ」
机に腕を置いて、隣にあるイラストを手に京谷くんは首を傾げる。
「とても好きなキャラだけど…………京谷くんが描いて、私にくれたことが、何より嬉しいの」
私は涙を溢しながら、笑ってまた本心をありのまま口から出す。
涙を拭くのに忙しくて、京谷くんの顔は見れなかったけれど、多分また迷惑そうな表情をしているかもしれません。
「…………君って、なんでめげないの」
京谷くんは呆れたようなため息まじりで言う。
私は目を押さえて、口だけでも精一杯笑ってみた。
「ごめんなさい。今日は……もっと京谷くんのことが、好きに、なりました」
冷たい態度だけれど、実はイラストを描いて喜ばせることが好きなのかもしれない。
勝手な予測だけれども、今日はもっと京谷くんが好きになれた。
好きになってしまった。
彼には迷惑かもしれないけれど、嫌いになるどころか、もっと好きになりました。
「ありがと、京谷くんっ……」
「……泣かれると、罪悪感しか沸いてこないんだけど」
「ちょっと待って。すぐ止まるからっ」
肌をあまり擦り付けないように涙を拭いてから、京谷くんと顔を合わせる。
しゃがんだままの京谷くんは眠たそうな顔で、私を見上げていた。
また涙がじわりと込み上がり、落ちてきてしまった。
だめだこりゃ。
またセーターの裾で拭こうとしたら、目の前から両手が伸びてきた。
京谷くんの灰色のセーター。そっと当てられるように、涙が拭かれた。
「………………泣き止んだ?」
京谷くんのその行動に驚いて涙が止まる。
京谷くんが首を傾げて問うのを見て、私は笑う。
「私はやっぱり京谷くんが好きです」
どうしてもまた、本心がありのまま口から飛び出してしまった。
「そうで、すか」
不自然な相槌をしたけれど、京谷くんはいつもの眠たそうな表情。でも迷惑そうな表情じゃなかった。
その日は井戸のデザインを描いてもらい、少し話して解散する。
翌日、京谷くんはヒロインの相手役の男の子のイラストまで描いて私にくれた。
これがまたかっこよく描かれていて、感動して泣きそうになってしまう。
京谷くんの画力尊敬します。
「京谷くんって、人にイラスト描いてあげるの好きでしょ。好きなキャラ言うだけで描いてくれるなんて、優しいね」
「たまたまだし、これは泣かせたお詫びだから」
京谷くんは認めなかったけれど、多分きっとそうだ。
京谷くんは友だちが喜ぶからきっと描き続けてここまで上手くなったんだと思う。
そういう優しいところがあるんだと、知ることが出来た。
フラれてしまったけれど、もっと好きになれてよかったと思う。
なにもせずに眺め続けていなくてよかった。多分後悔したと思う。
学級員を通して、クラスメイトからオッケーが出たので、お仕事は完了。
ほとんど京谷くんの活躍だけれど、それを知っているのは私だけ。
京谷くんは頑なに絵は自分が描いたとは明かしたくないそうだ。残念。
でもやっぱり私だけが知っているのは、とても嬉しかった。
フラれてから丁度一週間。
荷物をまとめて帰ろうとしたら「水梛さん?」と京谷くんの落ち着いた声が聴こえた。
まだ生徒がたくさん残っていて、ガヤガヤしていたのに、不思議と私の耳に届いた。
「帰るの? 仕事は?」
「あれ、言わなかったっけ。もうオッケーが出たから、終わりだよ。だから残らなくていいんだよ」
「ああ……そっか」
「うん」
京谷くんが私の元に来て問うから、説明する。
オッケー出たよって、ちゃんと伝えたはずなのにな。
仕事はもう終わりだってことまでは伝わらなかったみたい。
教室にまだ残っている女子達がこちらに注目している。
フラれたでしょ、と先週肩を叩いてきた子達だ。
くじを仕組んだ子達でもある。
"ざまぁみろ"と言わんばかりの嘲笑を浮かんでいたっけ。
彼女達の視線を受けるのは居心地悪いから、京谷くんと長話することは諦めて帰ることにした。
教室を出た瞬間に、セーターの裾に埋もれた右手を掴まれた。
灰色のセーターに手の半分が埋まってしまっている手に、教室の中に引き戻される。
まるで、引かれた線の中に引っ張りこまれたみたい。
「……寂しい」
「えっ」
ぼそりと、京谷くんは俯いたまま呟いた。
頭一つ分近く背の高い京谷くんをポカンと見上げた私は、徐々に顔に熱が集まるのを感じる。
このまま帰るには、物足りなくて寂しいと思っているのかな。
先週は毎日放課後を過ごしたせいで、単に話し相手を求めているだけかもしれないけれど、もっと京谷くんと親しくなるチャンスだ。
「……じゃあ、本屋に……行きませんか?」
勇気を出して誘ってみた。
顔を上げて私と目を合わせた京谷くんは、普段通りの眠たそうな表情で。
「行き、ます」
落ち着いた声で、頷いてくれる。
そのまま鞄を取りに机に戻る京谷くんにどぎまぎした。
もうクラスメイトの視線なんてどうでもよくなった。
「顔。真っ赤だよ」
「……泣きそう」
「泣き虫」
戻ってきた京谷くんに、真っ赤になった頬を袖で撫でられた。
また嬉し泣きをしてしまいそう。
京谷くんのせいだもん。
「水梛さんは、感動しすぎ、泣きすぎ、真っ赤になりすぎ」
「……京谷くんが好きすぎるからです」
「……はいはい」
一緒に教室を出て、並んで廊下を歩く。
京谷くんがそっぽを向いてしまったので、私は京谷くんの灰色のセーターの裾を摘まんで離れないようにした。
end
感想で女の子が攻める話も読んでみたいと言う意見をいただいたのですが
私はどうも「男子が告白!」という価値観が強くて、それは難しいなぁと思いましたが、
でもよくよく考えたらそれは両片想いの場合だとか、男子からの好き好き攻撃を描く場合ばかりで
片想いをする女の子はただ眺めているだけじゃないか、だめだよそんなの!
と思い立ち、他の小説を書きながら考えていたら、今日なんとなくまとまったので勢いで頑張って仕上げてみました!
今回は女の子が告白して、見事に勝ちました(笑)
冷たい態度の男の子にアタックするのはいいけれど、はたして魅力的な子になるのかと考えながら描いていったら、
私としては美味しい子に仕上がってしまいました。
イケメンで素敵な絵が描ける?
素敵な絵を描いているところを見たら二度美味しいじゃないですか。
相手が折れるまで好き好き攻撃したくなります←
無我夢中で書かせていただきました。
楽しかったです。
御粗末様でした(*´∇`*)