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奇跡の休日 

作者: 平尾 伸介





私の今日の予定は非番だった。

実の所、今日の夜勤明けに班長からいきなりそう伝えられた。


「36時間か・・」


私に与えられた自由時間だ。

リストラ後この工場に派遣で来て半年、最初の頃こそ増産、増産で連日残業続きだったが

近日の海外の洪水の影響で生産がスムーズに行かなくなった。

そのため最近ではいきなりの休日がしばしば私の前に登場する。


「正直言って日給月給の私には有り難くない休日だった。」


文句を言う相手もいない私はおとなしくロッカーで着替えを済まして夜勤明けの連中と供にバスに乗り込み出発した。


時刻は朝の6時15分。陽春とはいえまだ3月の半ば日は薄暗い。

工業団地前を出発したバスは新興住宅地を経由して終点の駅に向う。

その間私はただ外の景色を眺めていた。

桜はまだ蕾だったが梅が美しい花を咲かせている。


バスに揺られながら私はウトウトと船を漕いでいた。やはり人間の身体は夜には眠る様に出来ている。夜勤そのものが疲れを倍増させている事を実感させられる。

自分の年齢が47歳を超えている事を考える。夜勤などあまり長くやる仕事ではない。


新興住宅地の前を通るバスは停留所の度に通勤前の人々を乗せていく。

サラリーマン ОL 学生 皆 かたくなに目を閉じている。


「来月は親父の七回忌か・・」


なんと無しにそんな言葉が出てきた。

しかしもっと忘れてはならない人の命日がある。


「 1月17日・・・」


随分と遠くなった記憶だ。


その時だった。「ガシャン!」と大きな音がとしたかと思うとバスが凄まじい勢いで横に立てに揺れて急停車した。


多くの乗客が投げ出されて床に転がっていた。


「男女の悲鳴がバス内に響き渡る」


私自身も嫌というほど前の席に頭を打ち意識が朦朧としている。

なんとか立ち上がった私は周辺を見渡し愕然とした。


床に転がった人々は誰も彼もが血を流してうめき声を上げている。

前方を見てみた。大型のひしゃげたトラックがバスにめり込んでいた。


大型トラックの運転席にはドライバーが血まみれでぐったりしていた。


「正面衝突したのだ」


私は瞬時に現状を理解した。

まず最初に私がやった事は倒れている人々を確認する事だった。

選別と言っては失礼だが優先順位を決めてバスから降ろす。今この中でまともに立っているのは私以外にいないからだ。


「おばあさん大丈夫ですか」


私は最初に椅子でぐったりしている老婆に声をかけた。焦っているのだろう自分の言葉が自然に早口になっている事に気が付く。

老婆の顔は真っ青で死人の様な顔をしていた。


「大丈夫 大丈夫 」


無理をしているのだろう作り笑いで私を安心させようとしている。

倒れている若い女性は足を怪我していてかなりの出血が見込まれた。


「これを借りますよ」


胡坐をかいてグッタリ座り込んでいるサラリーマンからネクタイを外して止血する。


「ドアは開くのか?」


後方のドアに目が行く。外には事故を目撃した野次馬が少しずつだが集まりだしていた。

郊外の早い時間だから通行人はまばらだった。


「助けてくれぇぇぇ怪我人がいる!」


私は大声で野次馬に向って叫んだ。

何人かの野次馬が後方のドアを手でこじ開けようとしていたが扉は硬く閉まったままだ。

前方の扉はトラックが食い込んでいる為にグシャグシャになっている。


「前からの脱出は難しい」


私は野次馬が扉を開けてくれると信じて。怪我人の介抱に専念した。

息がある人間をとにかく後方の扉まで移動させる。

そのうちにトラックの方から煙が漂ってきた。


「これは危ない」


野次馬の一人がバールを調達して後部ドアを開けようとしている。


「早くしてくれ」


私は祈るように叫んだ。

違う野次馬が石でバスの窓を叩き割った。


「ここから早くにげなさい」


割れたガラスの向こうから野次馬の男が私に声を荒げながら訴える。

私一人ならこの小さな窓から脱出は可能であろう。

では動けない怪我人は? 私は改めて怪我で動けない人々を見渡した。


「早く!トラックから煙が出てきている」


私は頑固に首を横に振った。


煙は短時間で大きく広がっていた。


何とか息のある怪我人全てを後部ドアまで運びきったが、そこからの手段は見つかっていない。

サイレンの音が聞こえてきた。救急車 消防車 パトカーそれぞれの音がミックスされていてけたたましい音になっている。

しかしその音は私にとって今は救世主の様にありがたかった。


「どいて、どいて!」


外から電動カッターで扉を開ける。

カッターの歯で火花が散る。火花が怪我人にかからない様に私は怪我人を庇って自分の背中に火花が全て降りかかる様にした。


「がんばれ!」「がんばってぇぇ!」


野次馬の声援が聞こえて来る。

煙は一向に収まらず息をするのも辛くなってきた涙も止まらない。


電動カッターのモーター音が止まった。

続いて「バコッ」と音がして扉が外された音が聞こえた。

私は振り返った。

そこには救急隊員の姿があった。つまり扉は外されて脱出の経路が確保されたのだ。


「大丈夫ですか」


隊員が私に声をかける。私は無言で頷き立ち上がった。

立ち上がって真っ先に考えたのが「おばあさん」の事だった。

私はおばあさんに駆け寄り状態を確認した。まだ意識はかろうじてだがある。


「おばあさん、さあしっかり」


私はおばあさんを担ぎ上げようとした。しかしおばあさんがそれを拒否する。


「私は・・・・大丈夫です。他の・・人から・・お願いします」


息も絶え絶えにおばあさんは言う。しかしその目の決意は揺ぎ無い物だった。


「行きましょう」


私は半ば強引におばあさんを連れて行こうとした。

しかし自分の意思が決定している人間を動かすのは容易な事ではない。


しばらくの間おばあさんと私は目と目をつき合わす。

意志は固いと私は判断した。議論している余裕は無い。


「必ず連れて行きます、がんばってください」


私はそれだけを言って他の人間を担ぎ上げた。煙はすでに充満している、苦しい。

酸素ボンベを装着した救急隊員がバス内に入ってきた。

後はバケツリレーの要領で怪我人達を運び出す。


救助隊と野次馬の様々な声が聞こえている。

今の私はそれよりも人々を助け出す事が精一杯で他の事を考える事が出来ない。

それが幸いしたのか私は冷静に動くことが出来た。


前面にめり込んでいるトラックから炎が立ち上がった。


意識を失ったままのトラックのドライバーはまったく動く様子が無い。


「おーい逃げろ」


私は無駄と分かっていたがドライバーに大声で叫んだ、反応は無い。

恐らく死んでいるのだろう。

バス内は煙で充満していて助けだす手段はもうなかった。


最後におばあさんを担ぎ上げた。かなり衰弱している。


「しっかり!」


私は叫んだ。

反応は無い、とにかく新鮮な空気を吸わせなければ。

急いでバスの入り口まで小走りで走った。

降りる瞬間もう一度あのドライバーを見た。


煙が充満しているバスの中ドライバーの周りだけが炎に照らされている。

生きていても死んでいても助けられないだろう。


「すまん・・・」


私はドライバーに向いそれだけ呟くとバスを降りた。


背中のおばあさんは意識はかろうじてあった。

倒れこんでいる人々の集団に合流しておばあさんを降ろす。


「本当にありがとうね・・・」


私の手を取っておばあさんが感謝の気持ちでそう言ってくれた。

私に代わって慌しく救急隊員がおばあさんの治療に当たっている。


全ての物から解放されて私は新鮮な空気を思い切り吸いこむ。

しかし口や鼻腔に煤が残っていて激しく咳き込む事となった。


バスとトラックは激しく炎と黒煙を上げて燃え出した。

それを消防隊員が放水するがどう見ても炎の方が優勢だ。


「離れてください!爆発する可能性が有ります」


警察官が野次馬に自制を促している。


救急車はピストン輸送で重症患者を乗せて走り出す。

人々の慌しい動きと喧騒。


これが現実なのか幻想なのか判断が付かなくなってきた。

腕時計を見る。   


「 7:40 」


残された休日はあと34時間余りだ。

人間はこんな時でも損得を考える動物だ。

残り時間を損か得かで考えてしまう。

今ははっきり言って自分にとって損な時間帯だ。


「大丈夫ですか」


救急隊員が座っている私の前に立ち声をかける。


「私は大丈夫です、もっとひどい人がいます」


私はまだ運ばれておらず道路の上に横たわる、おばあさんに目をやった。

私の視線に気が付いて救急隊員もおばあさんに注目する。


酸素吸入器のマスクを口にはめられて心臓マッサージを受けていた。

悲しい事に私の経験からあのおばあさんは助からない事に気が付いていた。


その事が分かる自分が悲しかった。


「・・・・・!」


私は目を疑った。

おばあさんが自分の手でマスクを外して起き上がったからだ。


「おば・・」


ゆっくりと立ち上がり衣服に付いた砂を払い落とす。

それは健康な貴婦人の動きそのものだ。


「信じられない・・・」


私は驚愕して腰が抜けた。

おばあさんがゆっくりと私に近づいて来る。


私は恐怖に包まれて身動き出来ない状態になっていた。





























3話完結予定。

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― 新着の感想 ―
[一言] 緊迫した空気がとても強く伝わってきました。続きも気になります。
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