第84話 ※番外編※リン先生の語る事
私の父という人はとても優しい人で、そして致命的なまでに人が良い人なんです。
最初は事業に出資しては失敗するだけでしたが、そのうち友人の借金の保証人になって家の財産は返済に消える事に………当時の我が家は没落寸前でした。
このままでは私が学校へ通う事もままならないと思われたその時、救いの手は意外な所からもたらされました。
陛下のお父上であらせられるディレント様が当時、王立学院に通う事の出来ない民間や下位貴族の優秀な子供を奨学金制度というものを使って学院に通わせようとなさったのです。
優秀な子供であれば、卒業するまで学費が免除され、卒業したのち国の仕事に従事する事によって学費が給金から少ずつ天引きされるというものでした。
その奨学金の権利を手に入れるためには難しい試験がありました。
私の家は中位貴族で王立学院に入る資格はあったものの、お金が無い為にこの試験を受ける………会場では私1人が浮いてましたね。
ですが、家の為にも私がこの学院に通って将来は安定した仕事に就く必要があったのです。
歯を食いしばって堪えました。
幸い私は勉強ができた方なので試験に通り学院に通う事ができ、更には飛び級して陛下と同じ教室で机を並べる事までできました。
他の貴族達に侮蔑の目で見られたり、嫌がらせをされる事もありましたが陛下やレンブラント殿がいてくれたおかげで乗り越える事が出来たと思っています。
そんな私がミーシャ殿と初めて会ったのは陛下に連れられて城の図書館に行った時でした。
それまで噂でレンカ校に可愛らしい女性がいると言う話は聞いていました。その名前も。
しかしそれまでの私は勉強に集中していてそう言った話しに興味が無かったんです。
だから会った時には驚きました。
こんなに可愛らしい女性がいたのかと。
一目で恋に落ちました。しかし、彼女は由緒ある上位貴族のお嬢様。陛下の又従兄妹にあたる女性です。結ばれる事等、夢のまた夢………。心に秘めるだけで十分だと………。
ジュド―様にはからかわれて「君にならミーシャを任せられそうだけど。義弟になるなら大歓迎だよ」と言われた事もありますが、正直無理な話です。
弟も無事学院を卒業できましたし………。家督を継ぐ身としてはそろそろ結婚すべきです。
しかしそうできないのはミーシャ殿への想いが年を経るごとに強くなるからでした。
他の女性を想っている男と結婚したい女性はいないでしょう?
私だってそんな酷い事したくありませんし………。だからいつか、断ち切らねばならない想いだと理解していました。
そんな時、ミーシャ殿が結婚すると言う話を聞いたのです。
正直ショックでした。
目の前が真っ暗になると言う感覚を初めて味わいましたね。
その日は、職場の部下達に何かいい事あったんですか? と言われる位元気に過ごしました。
痩せ我慢です。家に帰ると盛大に落ち込みましたよ。我ながら情けない位です。
それから暫くして、ミーシャ殿に会ったんです。一瞬、心臓が止まるかと思いました。
ですが、私もちゃんとした大人なのだからとお祝いの言葉を言ったんです。
正直、頑張ったと思います。そのまま回れ右して逃げたい位でしたから。それでもなけなしの笑顔で言いました。「ご結婚なさるとか。おめでとうございます」と。
ですが、予想と違ってミーシャ殿を泣かせてしまった………。何がいけなかったんでしょう。
あの女性を泣かせてしまった………。結婚の話を聞いた時よりショックでした。
その後、ラムザ殿に訳のわからない事を言われ更に自分の傷と向きあわされて思わず逃げてしまいました。後でラムザ殿にはこちらが申し訳なる位平身低頭謝られましたが………むしろ、無礼な態度をとったのは私もなのですからそんなに気にしなくてもいいのに………。やっぱり駄目ですね。逃げてばかりじゃ。
ミーシャ殿に理由を聞こうと奮闘しました。
しかし、ミーシャ殿に嫌われたのか顔すら合わせてくれません。
しまいには姿を見ると逃げられる始末。
もう駄目です。人生が終わったような気持ちになりました。
業務にも支障が出始め、廃人のようになった私は陛下の指示により3日間の休みを頂く事になりました。
最初は遠慮したのですが………「お前、今酷い顔だぞ? ろくに寝てもいないんだろう。いいから休め。命令だ」と言われ今、仕方なく今、家にいます。
ですが、考えるのはミーシャ殿の事ばかり。夜ももちろん眠れません。
何故あんな事になってしまったのか………。
「あれ? リン先生痩せたね」
物思いに沈んでいた私を現実に引き戻したのは………ミオン様………?
いや、ミオン様はまだ眠っておられるはずです。しかも私の部屋にいるはずが………。
「毛並みに艶も無くなってボサボサじゃない。………何かあったの?」
再び聞こえた声に驚き、振り返ってみてギョッとしました。そこに居たのは半透明のミオン様で。
「ねぇ、これって夢だと思う? 気付いたらここに居たんだけど………まぁ、いいや。リン先生にはお説教しなきゃと思ってたんだ。夢だったらまた起きてから話せばいいし」
「はぁ」
恥ずかしながらそれしか言えませんでした。
私は顔を抓ると自分が起きているかどうか思わず確認してしまいます。
「痛いです………」
「じゃあ、夢じゃないのかな。分かんないけど」
トコトコとミオン様が歩いて私の傍に来られます。
「リン先生………ミーシャさん泣かせたでしょ」
いきなり確信を突かれて私は思わず後じさりました。
責めるような眼差しでミオン様が言葉を続けます。
「しかも、理由が分かってないよね」
私はウンウン頷きました。お祝いを言って泣かれた理由が分かりません。
「ミーシャさんは結婚しないよ。あの噂はミーシャさんの伯父さんが先走って言った事が噂になって流れただけだから。………ねぇいい加減気付いてあげてよ。何でミーシャさんはリン先生に結婚をお祝いされて泣いたのかな………」
正直戸惑いました。1つ思い浮かんだ理由はあり得ないと思ったので他に思いついた事を言います。
「結婚しないのにすると思われたからですか?」
「そうだけど。そうじゃない~っ!! あーもうっ。普通勘違いされた位じゃ泣かないでしょ?! ミーシャさんは勘違いされて泣きました。なんで泣いたんでしょうか?」
ミオン様が分かんないかなぁとイライラしながら仰います。私は押し黙りました。
それではまるで………
「まるでミーシャ殿が私の事を好きみたいな………」
そこでミオン様が頷きながら目を煌めかせました。
「え………」
思考が停止しました。頭の中はすでに真っ白です。心臓がやけにバクバクと音を立てます。
「あ、ありえません! そんな馬鹿な事っ………?!」
そう叫んだらミオン様が鋭い目つきになりました。
「馬鹿な事ってなんですか。ミーシャさんの気持ちはミーシャさんにしか分からないでしょ。そもそも高嶺の花ってなんですか。気になるんなら傍に行けばいいだけです。崖の上に生えてようが近くの地面に生えてようが花は花です。リン先生が勝手に手が届かないと思って諦めてただけじゃない」
仁王立ちでそう言われて私はもうどうしたらいいのか。
何だか、今までの気持ちを打ち砕かれた気分です。
「リン先生。今しなきゃいけない事は何ですか?」
「………ミーシャ殿に謝って………」
「謝るだけ?」
半眼のミオン様が仰います。その迫力に気圧されて私は覚悟を決めました。
「………その………想いを………告げ、ます………」
「よろしい!………この時間ならミーシャさん、私のためにお花を摘みにお城の裏のお花畑にいると思うよ?」
満面の笑顔でミオン様に言われ私は外套を掴みました。
「ミオン様………感謝します」
そう呟くと私はそのまま駆けだしました。
急いでいるはずなのに私の足は遅々として進みません。
ようやく森につくと私は花畑に急ぎました。朝靄の中、草に足をとられながら進みます。
花畑の中央にはミーシャ殿。
花束を抱えて立っていました。
私に気付いたミーシャ殿が驚いて花束を落とします。そのまま森の奥に逃げようとするのを追いかけて腕を掴み、そのまま引き寄せました。
今思えばなんて大胆な事をしたんだと思いますが。
腕の中でミーシャ殿が身体を強張せるのが感じられました。
「済みません。でも逃げないで下さい………その………勘違いして泣かせてしまって申し訳ありませんでした………こんな事………今更言っても信じて頂けないかもしれませんが」
抱きしめる腕に力を込めて囁くように言いました。
「好きです。貴女が………好きなんです」
茫然と驚いた顔を上げるミーシャ殿。
突然ミーシャ殿の目からポロリと涙がこぼれました。
「あ………」
その涙を親指で拭いながら思わず私はそのままミーシャ殿に口付ました。
「す、済みません………」
焦る私の想いをよそに離れかけた私を引き止めてミーシャ殿が言います。
「お願いですから謝らないでください………」
頬を染めたミーシャ殿がそっと呟きました。
「私も………その………お慕いしてました………」
その時の気持ちをどう表せばいいでしょう。
私はもう一度ミーシャ殿を抱きしめるとそのまま抱えあげて一回転しました。
「ウェリン様?!」
「済みません嬉しくて………つい」
子供っぽかったでしょうか。
でも信じられない事が起こったものですから、思わず身体が動いてしまったんです。
「その、出来ればリンと読んで下さい」
思い切ってそう言えば、ミーシャ殿が伏し目がちに囁きます。
「………リン………様?」
「はい」
「私も………嬉しいです………」
頬を染めながら言うミーシャ殿………駄目です意識が飛びそうです。
「ミーシャ殿」
「嫌です。ミーシャと呼んで下さい」
涙目で訴えられて拒める男がいるでしょうか。
「ミーシャ」
そのまま口付て抱きしめました。
こんなに幸せな事があっていいんでしょうか。
夢のようです。夢ではないのは腕の中の温もりが教えてくれました。
私達は抱きしめ合ったままでいました。2人で幸せを噛み締めながら―――。
くっつきましたよ。はい。
ヘタレ気味になっていたリン先生ですが、なんとか面目躍如できたでしょうか?
ミーシャさんを泣かした分幸せにしてあげて下さいね。




