第82話 ※番外編※イリアナさん&エヴァンジェリンちゃんの語る事
幼い頃にお兄様に恋をしました。実の兄じゃありませんわよ? 陛下です。
ペットとして飼われている小型の飛竜が逃げ出して、私を追いかけ回した事がありました。
私、怖くて怖くて………大泣きしながら逃げている所を助けてくれたのがお兄様でした。
それ以来、お兄様は私の白馬の王子様。
大きくなったらお兄様と結婚するの! と良く家族に言っていました。
一度、お兄様にも言った事があります。「大きくなったらイリアナをお兄様のお嫁さんにして下さいませね」モジモジしながら言う私にお兄様はただ苦笑しながら頭を撫でて下さいました。
そんなお兄様と結婚できないと知ったのは13才の春。誕生日を迎え夜会デビューした時でしたわ。
この国では、13才になって夜会に出れるようになると大人として扱われる習慣がありました。
早い方だとこの年で結婚する方もいらっしゃるの。
なんでそんな話になったのかもう覚えてませんが………取りあえずそこで私は陛下が呪いをかけられている事、お嫁さんになれるのは異世界から召喚された方で無ければならない事を聞いたのです。
目の前が真っ暗になりました。
気付けば家に向かう馬車の中で私はワンワン泣いていたのです。
暫く誰とも口をききませんでした。
だって誰もそんな事、教えてくれなかったんですのよ? 怒りたくもなります。
でも何よりも哀しくて哀しくて………まだ見ぬお兄様のお嫁さんを恨みました。
だから、お兄様が遂に妃殿下を召喚なさると言う時は生きた心地がしなかったものです。
そして召喚されたのはミオン様。
今考えるとあの方にとっては迷惑でしか無かったと思いますが、私はあの方を許せなかった。
ただ異世界から召喚されたと言うだけで、異種族の少女がお兄様の妻となる。悪夢でしたわ。
例えば、召喚されたのがミーシャお姉さまのような方だったらいつか諦められたかもしれません。
けれど、違った。ミオン様は私達の世界の何処を見てもいない種族でしたもの。
彼女でいいのなら私だっていいじゃない! そんな事を思いました。
あの頃の私は裏街の占いにはまっていてその助言を聞く事が多く、ミオン様がお兄様にとって害ににしかならないと言われた事もあり余計に嫌悪感は募って行きました。
その結果があの事件です。
今考えると自分が思い詰めた所為でどれだけの人達に迷惑をかけたかと恥ずかしくなりますが………。
取り返しのつかない事です。初めて心から後悔致しました。
可愛い妹をとても傷つけてしまったと思います。
私が今いるのは北の修道院、レドゥカ修道会の教会です。
かなり大きな教会で私は庭には出られないものの教会内においては自由に動ける許可を貰いました。
今私が取り組んでいるのは孤児院の設立です。
隣村で河川が氾濫する災害があり、孤児になった子が多くこの教会がある街にやってきました。
もうすぐ冬です。眠る所とご飯が無ければ多くが凍死したり餓死したりするしかありません。
エヴァンジェリンと同じ年頃の子が苦しんでいる………それは王都育ちの私にとって驚くべき事でした。
お兄様が河川を直したり災害にあった方達に支援をなさっていますが、なにぶん遠い田舎の事。
全ての情報がお兄様の耳に入っている訳ではないのです。
災害があった街の方達も自分達の事で手いっぱいで孤児になってしまった子達に手が届かないのが現状でした。今その子達は教会に一時的に保護されています。
でもそれは一時的なんですの。兄弟であれ引き離され貰われて行くか、幼いのに奉公に出されるかのどちらか………。私はどうにかできないものかと思いました。
両親を失って1人生きて行かなければならない恐怖、それはどれ程のものでしょう。
たった1人残った肉親と引き離される、それはどんなに辛いことでしょう。
できる事なら同じ立場の子供同士、一緒にいられれば心強いのではないかとそう思ったのです。
そういう場所があれば、幼い子が働く必要もないですし。勉強もできますわ。
でも、孤児院をつくるのには資金が必要でした。私は、エヴァンジェリンにも協力して貰って寄付を募る事に決めたのです。
イリアナお姉さまと文通をはじめて数カ月が経ちました。
今日会った事、面白かった事、哀しかった事、ミオンお姉さまの事、色々な事を書きこみます。
イリアナお姉さまが修道院に行かれることになった当初は色々な噂と憶測が飛び交いました。
その前に誰彼かまわずミオンお姉さまの悪口を言ってらっしゃいましたし………。
でもシーヴェスお兄さまが帰って来られてイリアナお姉さまは病気療養のために北の修道院に行く事になったと言って黙らせたんです。無理矢理ですわよね。でもそれができるのがシーヴェスお兄様。
私じゃとても無理でした。多分、お父さまでも。
幼い頃は優しくて綺麗なイリアナお姉さまが大好きで私はイリアナお姉さまの真似ばかりしていました。シーヴェスお兄さまは私が産まれた頃にはもう外国に留学なさっていたので正直あまり記憶にありません。長期休暇の時には帰って来て色々なお土産を買ってきてくれましたけど………。ですが、今回シーヴェスお兄さまがお父さまの跡をお継ぎになった事で私のお兄さまに対する印象はガラリと変わりました。
今では頼れるお兄さまです。安心してお家の事を任せられます。
お姉さまとの思い出は沢山あります。
転んでドレスを汚して泣く私を優しく慰めて自分のハンカチで泥を取って下さった事。
イリアナお姉さまと一緒に行きたいとダダをこねた私を笑顔で抱きしめ街に連れて行って下さった事。
熱を出して苦しい時、ずっとそばについていて下さった事………。
優しかったイリアナお姉さま………。なのにこんな事になってしまった………。何処でボタンを掛け間違えてしまったのでしょう? 私がもっと何か出来なかったのかと悔やんでなりません。
今日着いたイリアナお姉さまの手紙には孤児院をつくりたいから協力して欲しいとありました。
まだ夜会デビューも出来ていない私が協力するのは限界があるのでシーヴェスお兄さまに協力して頂く事に。
「お兄さま………今宜しくて?」
「エヴァンジェリン。どうしたんだい」
書類から顔をあげてお兄さまがそう仰います。
私はイリアナお姉さまからの手紙の事をお話しました。
「それはいい事だね。僕もできるだけ協力しよう………陛下にも伝えておくよ。そのままにしておく方ではないからね」
「嬉しい! ありがとうございます、お兄さま」
そう言って抱きつくとお兄さまが頭を撫でてくださいました。
「イリアナは元気そうかな?」
「はい。あちらの生活にも大分慣れたと仰ってましたわ」
「そうか………良かった………少し後悔しているんだ。留学せずにこちらに残っていたらイリアナを止められたかもしれないって」
苦悩に顔を歪めるお兄さまはとても哀しそうです。
「お兄さま………お兄さまの所為ではありませんわ」
「済まない。詮無い事を言ったね」
苦笑するお兄さまを哀しげに見つめて私は言いました。
「私は傍に居たのに何もできませんでした………」
「エヴァンジェリン………それは違うよ。イリアナは君に救われたと言っていた。気付く事が出来たのは君のお陰だと」
ですけど、止められませんでしたわ………。そう言うとお兄さまは私を抱きしめて下さいました。
「もう起こってしまった事だ。エヴァンジェリンは1人で良く頑張った。僕達に出来るのはこれからのイリアナを家族として見守る事だけだよ」
コクリと頷くとお兄さまはもう一度私の頭を撫でて下さいました。
「そうですわね。お兄さま。私達家族ですものね………」
そう言って笑って私はシーヴェスお兄さまのお部屋を後にしました。
今日はいいお天気です。ミオンお姉さまのご機嫌を伺いに行くのも悪くありません。
そう決めると私は庭師のテックに花束をつくって貰って家を飛び出しました。
ミオンお姉さまのお部屋は何時もお花でいっぱいです。
ミーシャお姉さまにお花を渡して私はミオンお姉さまが眠るベットの横に腰掛けました。
「ミオンお姉さま。私、お姉さまに話したい事一杯ありますのよ? 今度イリアナお姉さまが孤児院をつくるのですって。それから、それからお兄さまの婚約が決まりましたのよ。お相手のメイア様はとても優しそうな方でしたわ」
ミオンお姉さまは眠ってらっしゃるけど私、沢山お話するんです。
早く、起きたミオンお姉さまとお話したいですわ。
ミオンお姉さまの顔が笑っているように見えました―――私の声が聞こえているのかしら? そう思うと嬉しくて私はもっとお話したくなるんです。
イリアナさんは新しい目標を見つけた模様。
エヴァンジェリンちゃんも元気です。
離れていても家族だから想い合える事があると思います。