第79話 ※番外編※ミーシャさんの語る事
私がウェリン様と初めて会ったのは陛下がウェリン様をお城の図書館に連れて来た時でした。
女の子のような男の子だな、と思った記憶があります。だって、ドレスを着たらきっと女の子に見えるような容姿だったんですもの。
今でこそしっかりなさっていて男らしいウェリン様ですけど、当時はひょろっとなさっていて背も私と同じ位でしたしね。
当時の私にとっては新鮮なタイプの方でした。
お兄様も陛下も昔はヤンチャでしたし、その頃から良く一緒に居られるようになったレンブラント様は
当時は落ち着いているものの何処か冷たい感じでしたし………。
周りにいる同年代の貴族の子は、自己主張が激しくまぁ子供っぽかったです。
でもウェリン様は物静かでいて、それでいて博識でした。
年下の子に勉強を教えたりしていましたしね。優しい、いい人なんだなと思ってました。
ウェリン様は段々、陛下やお兄様、レンブラント様と一緒に居る事が多くなり、次第に笑顔が増えたのは良い事だったと今でも思います。
幼いころの私は、女の子の友達も居りましたけど何故かお兄様に連れて回られる事が多く、次第にウェリン様とも話す様になりました。
最初は人見知りされてる様子でしたけど、話すうちに慣れてきてくれたようで私は臆病な虎の子に懐かれたような不思議な気持ちがしたものです。
今思えば、恋の種はこの頃から私の中にあったのかもしれません。
そして、ミオン様が攫われたあの時、初めて芽吹いたのかも。
ミオン様には少し申し訳ない気もしますけど………。
ミオン様がいなくなって動揺する私を宥めてくれた優しく大きな手、城壁の通路で私を庇いながら歩く大きな背中に私は初めてウェリン様を男性だと意識しました。
正直、今まで幼い頃の印象が強すぎて異性と言う風に見ていなかったんです。
ミオン様が助けられてホッとして、エヴェンジェリンを連れてミオン様と陛下が残る部屋を後にした時………エヴァンジェリンを抱きかかえて「良く頑張りましたね」とウェリン様がエヴァンジェリンに声をかけている姿を見た時でした。
―――私、ウェリン様の事が好きかもしれない………。
そう思ったんです。ストンと心に落ちました。
自覚してしまえば後はもう、1日経つごとに想いが募るのを感じました。
今まで、劇の役者の方に憧れたりと言うのはありましたけど、誰かを好きになるのは初めてで正直戸惑いも多かったです。普段の自分を保てない事もあって………女神の泉に向かう森の中であんな失態をしてしまう位ですもの………。
まさかウェリン様以外の方に私の気持ちが分かってしまうなんて………。
あぁ。今思い出しても恥ずかしいです。
お兄様が大人になっていて良かったです。昔のお兄様なら私の事からかって楽しんだでしょうから。
陛下の誕生日の時は嬉しかったです。失敗もしましたけど、初めてウェリン様と踊れたしとても幸せでした。
ただ、心にトゲのように刺さっていたのはウェリン様が長年片想いをなさっているという女性がいると言う事。だから、陛下のご命令でウェリン様が私のエスコートをなさったと聞いた時、素直に喜べなかったんです。
同僚のリルカが教えてくれました。もちろん私がウェリン様の事を好きだと言う事は知らないはずですけど。
「噂なんだけど。ウェリン様が今まで結婚の話を断り続けてるのは長年想う方がいらっしゃるからなんですって! いったいどなたなのかしら………ウェリン様に想われるなんて素敵な方なんでしょうね」
そう嬉々として話してくれた彼女の言葉に私は一気にどん底に落とされました。
きっと素敵な方ですよね………。私なんて………。
頑張って想いを告げようかと思った時もあったのですけど、この言葉で諦めました。
無理です。叶わない想いを告げるなんて。
伯父がお見合いの話を持ってきてくれた時も思いきれなかったのはウェリン様が好きだから。
叶わないと分かっているのに馬鹿なミーシャ。
「ミーシャ殿」
廊下を歩いていたら呼び止められて驚きました。ウェリン様です。
「その………聞きました」
いったん言葉をお切りになって私を見つめます。
そして笑顔でこう言いました。
「ご結婚なさるとか。おめでとうございます」
私、頭が真っ白になりました。伯父が流した噂がウェリン様の耳に入ったのは分かります。
でも………でもでも、それを笑顔で言われるなんて………。
それって私の事をカケラもなんとも想っていないってことですよね………?
分かってましたけど………ウェリン様には好きな方がおられるんだから………でも………それを突き付けられるのは話が別です。心が壊れてしまいそうな気持になりました。
私は笑おうとしました。せめて誤解は解いておきたいと思ったからです。
―――笑うのよミーシャ。普通に話すの。いつも通りに。
けど、上手く笑えてないのが自分で分かります。
「ミーシャ殿?」
案の定、ウェリン様に訝しげな顔をされました。いけない。変に思われる………。
でもそこまでが限界でした。
視界が歪みます。ポロポロと涙が勝手にでてきます。
「ミーシャどのっ?!」
慌てた様子のウェリン様が私の肩に手を置こうとして………。私は身を翻しました。
「ごめんなさいっ」
私はそのまま走って逃げました。我ながらなんて子供っぽいんでしょう。
でも、その時は心臓が張り裂けそうだったんです。
哀しくて苦しくて………。私はミオン様のお部屋に戻るとミオン様が眠ってらっしゃるのをいいことに
ワーワー泣きました。
でもいつもは深いミオン様の眠りは今日は浅かったようで………。
「ん? ミーシャさん?? どうしたの………」
起こしてしまったみたいです。眠気まなこを、こすりながらミオン様がムクリと起き上がりました。
「泣いてるの? ミーシャさん」
「も、申し訳ありません、ミオン様。私………少し………頭を冷やしてまいります」
哀しみと混乱と恥ずかしさで居た堪れなくなった私が部屋を出て行こうとすると、ミオン様に止められました。
「駄目だよ。こっち来て。何を泣いてたのか説明して」
ベットに腰かけるように促されて私は戸惑いました。
「そんな状態のミーシャさんを外に出したりできないよ。ほら」
そう言われて観念してベットにそっと腰掛けます。
ミオン様は、しゃくり上げながら言う私の話を黙って聞いて下さいました。
「そっかぁ………それはキツかったね………」
そう言うと私の背中を撫でてくれます。
「リン先生には後でオシオキが必要だな」
「ミオン様っ! 勝手に私が好きになって勝手に傷ついているだけなんです。ウェリン様が悪い訳ではありません」
必死にそう訴えればミオン様は困った顔。
「………ミーシャさんが思ってるようなオシオキじゃ多分ないよ。個人的に教育が必要だなってだけ」
「………教育ですか」
「そう教育。多分ミーシャさんの傷ついた心も癒されるような事になると思うから安心して。ただ問題は私が次いつ起きるかって事なんだけど………」
ミオン様の眠りの周期は、はっきりしておらず今日お目覚めになったのも凄い偶然だったと思います。御姿もかなり変化して来ていて私達の容姿にどんどん近づいてきていますしね。
でも、そんな魔法のような事があるんでしょうか………。
ミオン様に話したら少し落ち着きました。
ミオン様は今、陛下との交換日記を読んでいる最中です。お目覚めになった時、陛下がいるとは限らないので。いない時は日記に気持ちを書きこんでいるんです。
今はもう、ほとんどミオン様が眠ってばかりなので陛下の書き込みの方が多いですけどね。
「………やっぱりかぁ………リン先生………馬鹿だなぁ」
「ウェリン様がどうかしたんですか?」
慌てて聞いたらミオン様に苦笑されました。
「どうもしないよ。真面目な人って時々厄介だよねって話」
ミオン様はそれ以上何もおっしゃらず、日記に陛下へのお言葉を書きこむと暫くして再びお休みになられました。
それから数日………。私、ウェリン様の顔を見れない状態です。
ウェリン様はいきなり泣き出して逃げた私の事を心配してくれているようなのですが、私もう顔を会わせられなくて………ウェリン様が見えると逃げるという事を繰り返しています。
無理なんです。顔を見ると………また泣きそうになるんですもの!!
しかもいきなり泣いて逃げだすなんて………恥ずかしすぎます。
きっと、変な女とか思われてるかもしれません。いえ、こんなに避けてるんですもの………いやな女と嫌われたかも………。私、どうしたらいいんでしょうか………。
最近は毎日が憂鬱でしょうがありません。
やってきましたミーシャさん。進展するかと思いきや後退?!
リン先生の回で深音の教育的指導入る予定です。
まだ当分先になりますが。もう少々お待ち下さい。