第67話 彫られた花はレンカの花
涙が一粒、二粒零れ落ちた………ティレンカ女神は震える手で宝石箱を持つと『これはセイウスが出来上がったら妾にくれると言っていたものだ………だから中身は秘密、だと』そう呟いて宝石箱を愛しげに撫でる。それからそっと蓋を開いた………。中身はあの櫛とピアス。
今なら分かる。櫛に彫られた花はレンカの花だ。セイウスさんがティレンカ女神を想って作ったあの花。色はついてない、白い木に彫られているだけだけれどそれが分かった。
ピアスの石は青い。ディーさんの目よりもう少し濃い色。絵姿で見たセイウスさんと同じ色だ。きっと少しでもティレンカ女神の傍にいたいって言うセイウスさんの気持ちの表れだったんじゃないかな?
ティレンカ女神はそれらに壊れモノを触るようにそっと触れた。レンカの花をなぞるように触る。
『セイウスらしい………可愛らしいのぅ』そう呟く声には幾ばくかの寂寥感とそれに勝る愛おしさが溢れていた。
他の神々たちが興味津々でティレンカ女神の傍に来る。カラント神が櫛を見て深く頷いた。
『レンカの花だよ。ティレンカ。―――君の為の花だ』
カラント神がそう言いながらティレンカ女神の肩に手を置く。
『懐かしいですね………ティレンカが消えた後、私達は良くセイウスとディークラウドの様子を覗いたものです。最初は中々花弁が綺麗な形にならなくて………作るのに苦労してましたよ?』
トゥレン神が昔を思い出す様に目を細めて言う。
『完成した時さ、まだよちよち歩きのディークラウドに、これが母様の花だよっつって見せてたよね。あんなチビじゃまだ理解できないだろうにさ』
フォトン神のいい方にトゲはない。嬉しそうな満面の笑顔でティレンカ女神にそう告げる。
『………そう………セイウスはこんなにも妾を想ってくれていたのじゃな………』
改めて噛み締めるように言うティレンカ女神はとても穏やかな顔をしていた。
『そうだよ。セイウスは傍から見てると、なんでこんなにウチの妹が好きなんだろ?って思う位の愛情垂れ流し状態だったね。………気付いてたとは思うけど君等が結ばれる事自体に反対してた神もいたでしょ?でもそんな事言うのが野暮ったくなる位、君等愛し合ってたと思うよ?見てる僕は胸やけしたけど』
『確かに胸やけしそうな感じでしたね。私は癇癪持ちのティレンカを相手にするのは余程心が広くないと無理だと思っていましたが………愛はひとを盲目にするのですね………』
『あぁ、同意。ボク姉上はそう言うのと無縁だと思ってた』
ティレンカ女神!!!宝石箱がミシミシ言ってるよ!!!
『お主達………後で覚えておれよ?』
不穏な空気が出てますが………カラント神達は何処吹く風だ。と言うかティレンカ女神が泣いてるのを見てわざと怒らせたっぽい。分かりにくい愛情表現だなぁ………。ティレンカ女神もその辺は分かっているのか怒気をひっこめ宝石箱の蓋を閉じた。
『まぁ良い………いちいち怒ってたらキリが無いわ』
そう言って宝石箱を袋に仕舞うと日記と手紙を出した。愛おしそうにパラパラとめくりセイウスさんの日記の最後に挟まっていた紙を広げて見ると、とても嬉しそうに微笑んだ。それは幼いディークラウド王子が描いた寄り添う家族の絵。拙い筆致で描かれたそれを愛おしそうに撫でる。
『―――こんな風に一緒にいられたら………あぁ、深音。そんな顔をするでない。妾は今幸せじゃ。確かに共には過ごせなんだが………あの光の中で二人に会えた………。二度と触れ合う事、叶わないはずであったのにな………その奇跡を妾にくれたのは深音、そなたじゃ。お陰で今までの誤解も悲しみも溶けて消えた』
満足そうな笑顔で言われれば私も安心して微笑む。どす黒い感情に呪縛されてた女神はもういない。ここにいるのは愛に満ち足りた一人の女性だ。
『さて、これは後でじっくり読ませて貰おう。妾の罪も突き付けられるだろうが………それもまた事実。セイウスとディークラウドが何を思って生きたか知ることのできる唯一のものじゃからの』
笑顔の神々がそのまま光の球になる。
『来れる時があればここにおいで。待っているから』
そうティレンカ女神の言葉が聞こえ、光の球は祠から一直線に空へと向かう。手を振って見送りながら
私はディーさんと頬笑みあった。
満足感に満たされて振り返れば、レンブラントさん達がまだ膝をついた状態でいて。
「ミオン様、我等は貴女が妃殿下である事を誇りに思います」
畏まった口調でレンブラントさんがそう言って顔をあげる。
「ミオン様が妃殿下で良かった。貴女は陛下に多くのものを与えて下さいました………」
そう言ってくれたのはジュド―さん。
そう言われてはじめて今とられてる礼が私に向けられたものだと気付く。戸惑う私をそのままに更にリン先生が口を開いた。
「臣民を代表して今、言わせて下さい。こちらの世界に残ると言って下さり、更に自らの御姿を変えても陛下の御子を望むとおっしゃって下さった………本当に有難うございます………」
深々と頭を下げられる。これって普通あり得ない事だと後でこっそりディーさんが教えてくれた。膝まで折る礼をとるのは神々の前だけ。王族に対する礼は、男性は右手を胸にあてて目礼するもので、女性はドレスの裾を摘まんで膝を軽く折り頭を下げるのが普通らしい。ちなみに貴族同士の挨拶は男性が目礼をするのみで、女性は片方の裾を摘まんで軽く頭を下げるのだそう。そして騎士の礼は拳を胸に置いて目礼が普通らしい。
つまり、私は今神にされるのと同じ礼をとられている訳だ………!!!
「ごめん………そんな大層な事じゃないから!!私がしたい事するだけだし!!!お願い立ってーっ!!!」
半ばパニックでそう叫べばディーさんが助け船を出してくれた。
「気持ちは分からないでもないが、あまり困らせてやるな。このままだとミオンが逃げ出しそうだ」
そう言われて互いに顔を見合わせたレンブラントさん達が苦笑しながら立ちあがる。
「済みません。ですが覚えておいて下さい。今の私達の気持ちを表すのに立礼では足りなかったのです。私達はミオン様に感謝しても足りない位の贈り物を頂きましたからね」
そう言ってレンブラントさんが今まで見た中で一番嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「はい………今のこの気持ちをどう表していいか分からない位ですわ!!!陛下とミオン様の御子が………」
そこまで言ってボロボロ泣きだしてしまったのはミーシャさん。リン先生がそっと肩に手を置く。
「私はミオン様にこの世界の事を御教えする事位しかできませんが………これからも変わらず御仕えします」
ミーシャさんの背中を撫でてあげながらそう言ってくれたのはリン先生。
「私の剣はミオン様のものです。これからも誠心誠意、貴女に御仕えする事を誓います」
そう言ってもう一度、騎士の礼をとってくれたのはエルザさん。
「俺の剣は陛下のものですが、それ以外の事でミオン様が望まれる事を叶えるお手伝いする事を誓います」
いつもの口調じゃないラムザさんが再び騎士の礼をとってそう言ってくれる。
「神々の恩恵を受け取る決意をして下さり有難うございます。我等神殿はミオン様のお身体の変化に対して助力する事を誓います。もちろん変化した後もですが。個人的に―――陛下の友人としてもお礼を言わせて下さい。ミオン様、本当に有難うございます」
こんなに感謝されるなんて思わなかったし、こんなに暖かい気持ちを貰えると思わなかったから不覚にも涙が零れそうになる。そんな私の肩に手を置いてディーさんが微笑んでくれた。
「私………こんな幸せでいいのかな………?………」
そう聞けば、大きくディーさんが頷いてくれて………。
「みんな………ありがとう………っ」
半泣き状態でそう言えば皆が頷きながら笑ってくれた………ミーシャさんは泣き笑いだったけど………。私は更なる幸せを噛み締めて笑顔を返した。
ティレンカ女神にセイウスさんとディークラウド王子の遺品が無事渡りました。
深音とみんなの絆が深まりました。
信頼を築いて行く事ってとても大切だと思います。