第54話 遅れた時計で17時半※多少の流血表現あり※
遅れた時計で17時半。泣きつかれたエヴァンジェリンちゃんが寝てしまったので膝枕。………男達は計画を早めると言っていた。どうせ言うなら時間も言って行けばいいのに!!!やたら不安になるだけでいい事なんて一つもない。それとも、それもあのリーダーの男の計算の内なのだろうか???こっちを焦らせて???うーん、なんの得もないけど。エヴェンジェリンちゃんに『おじさん苛めるの好きだから』的な事言ってたしなぁ………。その一環で、てのはありそう………。そんな事を考えているうちにエヴェンジェリンちゃんが起きた。
「………ん。ミオンお姉さま………」
今度は頭突きの危険はなさそうだ。緩々と起き上がったエヴァンジェリンちゃん、流石に二人ともドレスががヨレヨレ。埃まみれの上半身を掃ってあげながら………下はどうせ座っちゃうからほこりまみれだしね………笑いかける。
「私ここでお恥ずかしい所ばかり見せてる気がしますわ………ミオンお姉さまは凄いですわね………こんな時にも取り乱さずに………」
落ち込んだエヴェンジェリンちゃんの言葉に私はフルフル首を振る。
『エヴェンジェリンちゃんが居てくれたから頑張れるんだよ』
と床に書く。
「私もミオンお姉さまと一緒で良かった………」
照れたように笑うエヴェンジェリンちゃん。良かった。さっきより随分落ち着いたみたい。
そう思った時だった………。音を立てて扉が開く。入って来たのは2人の男。リーダー格の男はどうやらいないらしい。それでも緊張しながらエヴェンジェリンちゃんを背後に庇おうとすると………。
「悪いね、嬢ちゃん達………小さい嬢ちゃんだけ来て貰おうか?」
男の一人が私を拘束してエヴェンジェリンちゃんを連れて行こうとする!!!
「ミオンお姉さま!!!」
一瞬の自失はその声によって破られた。
―――いけない。連れて行かせる訳には!!!
私は、自分を拘束した男を引っ掻くとエヴァンジェリンちゃんを掴み、連れて行こうとした男の腕に噛みついた。引っ掻かれた男が私の髪を掴んで引き剥がそうと引っ張る。噛みつかれた男は慌てて私の口を開けようとしてるみたいだったけど構わずに噛み続ける。ジワリと鉄の味が口の中に不快に広がる。その瞬間、頬に衝撃を感じた。引き剥がされて殴られたのだと気付いたのはその後で。ジンジンと痛いと言うより熱いという感覚が支配する中、クラクラする頭で見上げてみれば両手を掴まれぶら下げられたエヴェンジェリンちゃんが何か叫んでる所で………暫くして音が戻る。
「馬鹿野郎!!!商品に何やってやがる!!!」
「スマン………つい!!!」
顔に痣ができたら価値が下がるじゃないか!!!と叫ぶ男と慌てる男。その隙に全身全霊を込めて男に体当たりするとエヴェンジェリンちゃんを抱きかかえた。
「この!!!」
体当たりされた男と、私を拘束しようとした男が迫って来る………。
その時金属の靴音がガチャガチャと聞こえて来て―――バンっと叩きつけるように扉が開いてそこにいたのは………。
―――ディーさんだぁ………。
朝別れたばかりなのに何だろう、もうずっと会ってなかったみたい………。ホッとして思わずしゃがみ込む。そんな私を見てディーさんの顔が憤怒の形相に変わった。私は震えるエヴェンジェリンちゃんをキツク抱きしめてこの光景を見れないようにする。
「ミオンの顔を叩いたのはどいつだ?!」
吠える。その表現がとても似合うその形相に、男達がジリッと下がり腰からナイフを出す。ディーさんは長剣を抜くと正眼に構えた。初めて見たけど片刃の剣だったんだ………。白銀の切っ先が男達に向けられる。先に動いたのは最初に私を拘束しようとした男。ディーさんに一刀のもとに斬り伏せられてドウっと沈む。血は出ない………峰打ちだったみたいだ。いつの間に持ち替えたの?ディーさん?!
その様子に慌てたのか私を叩いた男が私達を人質に取ろうと身を翻そうとした、瞬間。赤が散った。私達に伸ばそうとした男の手が飛ぶ。
「ぎぁあああああああああああああ!!!!」
男の悲鳴が室内に広がり、怯えたエヴェンジェリンちゃんの耳をなるべく伏せるようにしてから私は青ざめた顔でのたうち回る男を見た。目をつぶってしまいたいのにそれができない。目をつぶれば目に焼きついた手が飛ぶ瞬間が見えるはず………ディーさーん!!!コレはキツイよ!!!トラウマだよ!!!
「ミオン!!!エヴァ!!!」
泣きそうになりながらそう叫んでこちらに来るディーさんを見て凍りついた。
後ろから3人目の男が刃を煌めかせて………!!!
―――いやっ!!!ディーさん!!!
声が出ない!!!
その事がこんなにも呪わしく感じたのは永遠にも似た時間で。
その時の事は一瞬だったけど………とても、とても長く感じた。男の気配に気付いたディーさんが身を捻って一撃をかわす。そのままナイフを持った男の手を引きバランスを崩させるとその首筋を剣の柄で殴りつける。そのまま男が昏倒した。
無事だったディーさん。でもディーさんを失っていたかもしれない………そのショックに私の心臓は凍りついたままで。息ができない。そんな私を無言のディーさんが抱きしめる。
「陛下!!!他の部屋にいた3人を拘束しました!!!!妃殿下は?!」
ディーさんは答えない。私達を抱きしめているのを見て、ラムザさんが室内を見渡して外に声をかける。何人かの騎士を寄こすと、呻く男達を引きずり出して連れて行く。傍に気配を感じ見上げればミーシャさんとリン先生。来てくれたんだぁ………。
「頑張りましたね。ミオン様、エヴァンジェリン」
ミーシャさんはそう言うと私の頬にキスを落とす。リン先生がエヴェンジェリンちゃんを抱き上げると、3人そっと部屋を出てい行った。まだ心臓がドキドキする。ディーさんが死んじゃうかと思って。
怖かった。とても怖かったよディーさん。
「ミオン済まない………。怖ろしい目に合わせた」
痛いか?と聞かれ頬に触れる手。ひんやりとしていて気持ちいい。私はフルフルと首を振った。今まで張りつめていた緊張の糸が切れたのかポロポロ涙が零れる。嫌だなぁ。私こっちに来て涙もろくなったみたい。胸が苦しい。ディーさんが死ななくて本当に良かった。良かったよぅ………。
今日一番怖かった。ディーさんが死んじゃうかもって思って。
震える手でディーさんに触れる。ちゃんとここにいるって確認したくて。そうしたら、またディーさんに抱きしめられた。ぎゅうって抱き締められると安心できる。私かなりディーさん依存症だ。
あぁ、馬鹿だなぁ私………。今頃気付くなんて。帰らなきゃいけないのになぁ………。
―――私はディーさんの事が好きなんだ………。
失ったら壊れてしまいそうなほどに。自覚すればそれはストンと心の中に落ち、確かな鼓動と共に想いを刻む。今更気付くなんて本当に馬鹿。いっそ、帰るまで気付かなければ幸福だったのに………。
今だけはディーさんの胸の中で泣いた。これで最後にするからと、決意を込めて。
今まで微かな兆候はあれども、生命の危機でようやく深音は気持ちを自覚。ティレンカ女神の言う事聞いて話し合えればいいけれど。