第49話 暫く歩けばお花畑
ミーシャさんが出かけた後、部屋にあった懐中時計をかりてお花畑に向かう。今日は曇り、今にも雨が降りそう。傘を持ってくれば良かった………と思ってももう遅い。降らない事を祈るのみだ。靄が出て来た………。嫌だなぁ。エヴェンジェリンちゃんは大丈夫かしら?そんな事を考えながら歩みを進める。暫く歩けばお花畑。靄がかかって見づらいけれど、エヴェンジェリンちゃんはまだ来てないらしい。懐中時計を見れば、10時より30分も前だ。早く来すぎちゃったな。その間のにも靄が濃くなったり薄くなったりしている。エヴェンジェリンちゃん、無事来られるんだろうか???
そんな時、人の気配を感じて振り返ろうとした時だった。
「エヴァンジェ………?!」
声を掛けようとした所をラシャをかぶった女に右手に持ったナイフを突き付けられる!!
「な………!!!誰?!」
「エヴァンジェリンなら来ませんわよ」
その声は良く知るもので。
「イリアナさん?!」
「あなたに名前を呼ばれたくありませんわ。汚らわしい」
「………あの手紙もあなただったの。なんのつもり???」
睨みつけてそう言えば、嗤う気配。いったいどうやってお屋敷から抜け出したんだろう???
「お兄様の目を覚まさなくてはいけませんわ。皆、あなたに騙されているんですもの。私が行動しなければ」
「こんな事して何になるの?」
「必要な事です。汚らわしいものがこの城にいる事を赦す訳にはいきませんわ………さぁ、これをお飲みになって?」
そう言って見せられたのは液体の入った小瓶。
「………」
黙っていれば優しく言い聞かせるようにイリアナさんが言う。
「毒ではありませんわ。お飲みなさい」
それでも黙っているのに業を煮やしたのかイリアナさんが「飲むのよ!!!」とそう言ってナイフを突き付けながら無理矢理口の中に液体を流し込む。
「げふっ………ごほっ!!けふっ!!!」
「最初から大人しく飲めばいいのに。ふん。ただの薬ですわ。ほんの2日程………声の出なくなる、ね」
「?!」
言葉を発しようとして喉を押さえる。即効性の薬なのかもう声は出なかった。
「何か言いたいようですけど私にはジターの言葉なんて分かりませんわぁ」
うふふ、と嬉しそうに嗤うイリアナさん。その姿はどこか壊れた人形を思わせる。
「あぁ、これも取ってしまわなければ」
そう言ってイリアナさんは私の首に手をかけると、チョーカーを力任せに引きちぎった。ブチリという音を立てて留め具がはじけ飛ぶ。
―――っ痛!!!
首を触れば微かに血が滲んでいた。思わず睨む。
「何て醜い顔かしら。コレはあなたに相応しくありませんわ。あなたみたいなのがお兄様の色を身につけるなんて………赦せません」
そう言ってチョーカーを投げ捨てる。大切なチョーカーが草むらの中に消えて行くのを私は見つめる事しかできなかった。
「あなたの事を知っているのは城の者だけ。相応しい所に送って差し上げますわ」
暫くすれば、何人かの人の気配。覆面をかぶった男達がこちらにやって来る。
「ほう!コレがそうか。確かに珍しい生き物だな。我が国の大公もコレクションが増えてお喜びになるであろう」
―――コレクション?!
「しかしいいのか?こんな珍しいモノをあんな、はした金で」
「構いませんの。私にとってコレはただ邪魔でしかないモノですわ。美しいとも思えませんし………そちらでお役にたてて頂ければ嬉しいですわ。この国の目の届かない所まで連れて行って頂ければ、ね」
―――最初から外国に売り払う気でいたの?!
逃げようとしてもがけば、右腹にナイフを突き付けられる。
「ごめんなさいね?少々躾がなってませんの。そちらの大公様の手を煩わせなければいいのですけど」
「大公は、珍獣の躾には慣れておられるし平気であろう」
「そう。ではこれをどうぞ?私は帰らせて貰いますわ」
そういってサッサとイリアナさんはいなくなる。私は手と足に枷を嵌められて逃げられないようにされていた。
「しかし、見れば見るほど珍しい。服を着ているが知性はあるのか?」
「どうだろうな?まるで人形のようだ。なこんな生き物がいたとは正直驚きだ」
そんな時、ガサリという音が聞こえて男達が緊張した声をあげる。
「誰だ!!!」
私にはわかってしまった。木の陰から見えるピンクの尻尾………。
―――エヴァンジェリンちゃん?!!!
イリアナさんについてきてしまったのかフルフルと震える尻尾がビクリとなり、脱兎のごとく身を翻して逃げ出した。
―――そう!!!逃げて!!!
私はエヴェンジェリンちゃんを追いかけようとした男の一人に噛みつくとこれでもかと言うように圧し掛かった。
「くそっ離せ!!!」
しかし、奮闘むなしく、地面に投げつけられる。衝撃に息が詰まった。
「馬鹿!!商品に傷をつけるな!!!」
「済まん………つい。あの子供は?」
「大丈夫だ。ルガが捕まえた」
見ればもがくエヴェンジェリンちゃんを片手で拘束した男がこちらにやって来る。
「お離しなさい!!この下郎!!!」
エヴァンジェリンちゃんは叫びもむなしく、首筋に手刀を落とされて気絶してしまった。
「おい、コレはどうするんだ???」
ぐったりしたエヴェンジェリンちゃんを抱えた男が苛立たしげにそう言う。
「………仕方が無い。取りあえず一緒に連れて行こう。騒がれても面倒だ」
こうして抱えられたエヴェンジェリンちゃんと拘束された私はお花畑の奥にある城壁の隠し通路を通され何処かも分からない埃臭い隠し部屋に一緒に押し込められた。どうしたものか。このままだとエヴァンジェリンちゃんも危ない。私はともかく、目撃者のこの子をどう扱うかはアイツ等次第だ。一緒に売られるならまだしも、口封じに殺されでもしたら………。そう思うと寒気が背中を駆け抜けた。どうにかして二人、逃げる方法を考えないと………。
イリアナさん大暴走。誘拐事件発生です。