第44話 ※小話※ディーさんの独り言
『王よ。あなたが愛する娘は異界の民。いずれ選択の時が来ましょう。それは娘にも同じ』
さっきからこの言葉がグルグル回る。折角ミオンと皆への土産を買っているのにどこか心此処に在らずだ。ミオンはミーシャにシラハの香水、リンには異国の本、ヨランダにはレテゥカ。そして、誰にやるのか分からないが白いレース刺繍のリボンを買っていた。城について、ルーザから降りるとき、心許なくなって思わずミオンを抱きしめる。ミオンはビックリしたようだが暫くそのままでいてくれた。その後皆の所に土産物を渡しに行く。その後部屋に戻ってから俺は老婦人の言葉を考え続けた。ミオンとミーシャが何か話していたが全く耳に入らない。
「ミオン………お前はもし自分の世界に帰れるとしたら………帰りたいよな?」
ミオンに思い余って聞いてみる。
「え?だって帰れないじゃん。でもそうだなぁ………できれば帰りたい………かな?………なんで?」
戸惑いながらもそういう答えが返って来る。正直心臓が止まりそうだった。
次の日も気持ちは沈んだままだった。ミオンに気を使わせてしまう。これでは駄目だと思いつつも中々そこから抜け出せない。早々に執務室へ行ったが仕事も手に付かず、レンブラントに邪魔だから帰れとまで言われる。
ふと気付けばレンカの花の甘い香り。聞けばミオンが持ってきたという。それすら気付かないなんて………俺は何をやっているのか。気持ちを入れ替えて仕事に励む。しかし午前中の遅れを取り戻せるはずもなく、ミオンには先に寝ていて貰う事に。
俺はこの日を一生後悔するかもしれん。
部屋に戻るとミオンが泣きながらうなされていた。尋常ではない様子に一瞬頭が真っ白になりかける。慌てて起こした。どうやらミオンはまた神夢を見たらしい。「ディー、さん!!!ふぇっ………怖かっ、たの!!!」と泣きながら縋り付いてくるミオンを抱きしめる。あやすように何度も揺すった。落ち着くまでかなりの時間がかかった。正直これほどまでにミオンの夢に対する同調率が高いとは思わなかった。これは早く解決してやらねば………。そんな事を思っていたらミオンが倒れた。頭をぶつける前に支えられたのは奇跡だ。額に手をやれば異常に熱い。息も荒く完全に病人だ。慌ててミオンを寝室に運ぶと夜勤の侍女に侍医を呼びに行かせた。侍医の診断は風邪。とのこと。
深夜だがそんな事を言ってられない。ジュド―を呼ぶ。一緒にミーシャもやって来た。「女神の感情に晒されて身体に多大な負荷が………まれにあるんだ。大丈夫。ディーク。妃殿下はちゃんと回復するから」俺が動揺していたためか幼い時の口調で俺に言い聞かせるようにジュド―が言う。ジュド―が帰った後、ミーシャはそのまま泊まり込みをすると言ってここに残ってくれた。それから一週間ミオンは寝込んだ。俺はこれほど後悔した事は無い。つまらん事に気を取られ、ミオンをすぐ起こしてやれなかった。また同じように夢を見ないか心配で部屋で執務をこなす。時々水をやったり汗を拭いてやる事を忘れない。コレしかできない自分に歯がゆさを覚える。
ミオンが目覚めた。これほど安堵した事は無い。一週間も寝ていたと言えばものすごく驚いた顔をされた。呪いの王子の隠し部屋がまだ見つからない。衰弱したミオンを見れば一刻も早く探さなければという思いを強くする。
共に図書館に行った。この中から資料を探すのはかなり骨が折れそうだが、館長に選別を頼んでおいて良かった。頼まなければ何年かかるか分からない。ミオンは少々焦っているようだ。こう言う時夢で教えてくれたらと言うので、女神の夢は二度と見て欲しくないと言う。あんな思いはもうごめんだ。ミオンが「そだね。怖い夢を見たらディーさんが起こしてくれるしね」と言うので「あぁ。傍にいる。大丈夫だ」と安心させる。それから、レンカの花の礼を言った。正直ミオンの心使いにかなり癒された。
その後、話をしながら部屋に戻る。
ミオンが持ってきた本の中から『ディークラウド王子の手紙』が発見される。正直驚いた。驚いた事はもう一つ、呪いの王子の息子が俺と同じ名という事。これは何の偶然だ?取りあえず鑑定の為手紙は図書館の館長に託す。なにはともあれ、呪いの王子が城の近くに(多分)女神の泉を作った事が分かった。しかし記録に残ってない事から、結局呪いの王子の隠し部屋を探し続ける事になったが。
ミオンがまた夢を見た。と言っても女神の夢ではないらしいが。それでも夢という言葉に敏感になってしまうのはしょうがないだろう。ミオンの夢を確認すべく、三人で図書館に。外せない絵は何時もの通りにその姿を図書館に置いていた。何故外せないのかは不明。ミオンの「???ココおかしくない?」という言葉に手元を凝視する。驚いた事に首飾りの宝石の部分がそこだけ完全に凹んでいた。ミオンは凄いな。今まで誰も発見できなかったものを次々発見する。しかし、この宝石どこかで………。
庭で、ミオンとイリアナが話している所に行きあった。二人が仲が良かったとは少々驚いた。いつの間に知り合いになっていたのだろう。イリアナは、体調を崩したミオンを心配してくれたようだ。疲れた顔のミオンが気になり一緒に帰る事にする。
手紙が本物だと分かって数日後、大狼族の使者が来る前に王の間に移動。レンブラントと話しながら玉座を見ると………あの宝石が玉座に嵌ってるではないか!!!思わず手に取る。レンブラントと重臣たちが「何やってんですか陛下?!」と言っていたが構わずミオンのもとに走る。途中、ジラルダにぶつかりそうになり子供の時以来久しぶりに怒られた。
部屋に戻りミオンの小さな手に宝石を握らす。ミオンは驚いた顔をしてから一気に興奮状態に。3人で廊下を走りながら図書館に向かう。ミオンが絵に宝石を嵌めたが何も起こらない。コレはハズレか?と思いつつ宝石を押すとガコンという音がして絵が浮き上がる。
この絵は扉だったのだ。中には女神の絵姿と、呪いの王子とその息子の絵姿、2冊の日記と宝石箱があった。こんな所に部屋があったとはな。隠し部屋を探索後、図書館の外でレンブラントに捕まる。にこやかにミオンに挨拶するが俺を見る目は鋭い。コレは相当怒らせた、か?
どうやら、走り去った俺を重臣総出で探したらしい。後で皆からえらく怒られた。まぁ、隠し部屋を発見した事に我を忘れて、使者との会談を忘れていたのだ。怒られてもしょうがあるまい。皆の働きがあって使者を待たせる事が無かったのが救いか。
ミオンと分かった事をおさらいする。森への少人数の捜索隊にはリンとミオンの騎士エルザ、俺の騎士ラムザを連れて行く事に。2日程休むために執務室で仕事をこなす。息を吐く間も惜しい位に仕事をしていたらミオンが陣中見舞いに来てくれた。レンブラントに少々含みのある言い方をされながら休憩する。ミオンが手製の菓子を持ってきてくれた。とても嬉しい。感動だ。
ミオンに俺が休まない他のものも休めないと怒られる。そういうものか。次からは気をつけよう。なんとしてもミオンの身が安全になるように早く森に行かねば。
皆に見送られ森に出発。ミオンの世界にある『ほーい磁石』なかなかいい仕事をする。コレは量産するに値するな。夕暮れになって天幕を張る事に。人数が少ないため各々作業分担する。今日の夕食はリンが作った。拾っていた木実やキノコを足して干し肉を入れた兵糧米の雑炊だ。相変わらずリンの知識には頭が下がる。
ラムザの妹がリンの崇拝者だという。ラムザは妹を思って見合いをしないかとリンにいっていたので助け船を出す。もう何年も片思いしている相手がいると言ったが少々お節介だったらしい。俺はとっとと想いを告げればいいと思うのだが。あの二人なら似合いの夫婦になるだろうに。ミーシャだってリンの事を憎からず思っているようなのにな?
深夜、ふと目が覚めて天井を見上げる。明日は泉につけるだろうか?そんな事を考えていたらミオンの起きる気配。どうやら夜光虫が気になるらしい。裏口を開けて二人しばし魅入る。もっぱら俺は夜光虫を見るミオンを見ていたのだが………。この温もりに触れていられるのももしかしたら後わずかかもしれん、そう思うと切なくなった。
朝起きて行軍再開。しかし、暫く行った所で問題発生。ミオン曰く磁場が狂っているらしい。仕方が無いのでラムザを残す。
更に進めばディークラウド王子が封印したのであろうかなり高い柵を発見。グルグル巻きに鎖が巻かれている。幸いかなり腐っていたので近くにあった木の枝を拾って噛ませ力任せに破壊する。何とかなった事に一安心。
霧が地表すれすれを這うように進んでくる中を行軍する。少々、いやかなりの圧迫感を感じる。女神の力か。まず、リンが膝をつき、エルザも次いで倒れた。仕方が無いのでエルザにリンとラムザのもとに戻っているよう伝える。ミオンは意外と大丈夫らしい。不思議に思っていたらどうやら、呪われた王子の遺品が関係してたようだ。仄かな光を放ちながら女神の力を軽減させていたらしい。ミオンに耳飾りを貸して貰い俺も随分楽になった。濃い霧の中、泉に落ちぬように進む。ミオンが呼びかけると這うように動いていた霧が少し薄くなる。ミオンに連れられ小島の中央、祠の前へ。
「ティレンカ。覚えてますか?私、あなたと夢で逢いました。お願い。出てきて話を聞いて!!」という言葉に霧の流出が多くなる。女神の拒絶なのか………。ミオンの「あなたは、勘違いしてるんです!!王子はあなたを裏切ったりしてません!!!」という言葉に辺りが凍りついた。初めて女神の声が響く。ミオンは冷静さを保ったまま「いいえティレンカ。嘘だと思うのなら私の中を覗けばいい。夢を介してなら心と心が感じられるのだもの嘘が無いと分かるはず」とい言った。
一瞬にして俺の息が詰まる。「?!ミオン!!!何を馬鹿な事を!!!やめるんだ!!!」俺の叫びがむなしく響く。この前倒れただろうミオン。駄目だ。それは!!!今度は何が起こるかわからないんだぞ?!………そんな俺の心の叫びもむなしく、女神の『………良いだろう………なればそなたの夢………妾に見せるがよい』という言葉と共にミオンの身体が崩れ落ちた。
ミオンが目覚める気配がない。
苦しそうにしていない事が唯一の救いだが………。時間がとても長く感じる。まだか、まだ帰って来ないのか………。ジリジリとした不安。ミオンを失うかもしれないと言う怖れが俺の思考を支配する。俺は頑なにミオンの身体を抱きしめたまま動けなかった。俺に出来る事が何もない。それは大層な無力感を持って俺を苛む。一緒に行けたら良かったのに。俺はここでオタオタとミオンの身体を見守る事しかできない。できないんだ。くそう!!!あの時一緒に行くと言えていればお前だけに大変な思いをさせずに済んだのに………。とっさにそんな言葉を出す事も出来なかった自分が情けない。そんな事をグルグルと考えていた時だった。
『落ち着くがよい王よ。異界の娘は妾の呪縛を解いた。じきに戻って来る』そう声が聞こえて白い女神が降り立つ。「戻ってこないぞ?!」ミオンは依然眠ったままだ。『短気な奴よの。今戻るとは言っておらんわ』「そうか。しかしミオンはこの前あなたの夢にアテられて高熱を出して危なかったのだぞ?!戻って来れても安心できん!!!」『ええい、過保護な。今回はその辺も考慮したわ。いきなり夢に入ってこられたわけじゃ無いしの』呆れたように女神が言うが構うものか。俺はミオンが心配なのだ!!!
「ミオン!!!しっかりしろ」『ええい、落ち着かんか。異界の娘は無事じゃ。妾が保証する』「だが、目を覚まさんぞ?!」女神とそんなやり取りをしていた時だった。ミオンが軽く身じろぐ。そしてそっと目を開けた。「ミオン!!」思わずガッシリ抱き締めれば何やらバシバシと叩かれる。
『王よ、娘が苦しがってるように見えるのだがのう?』と女神に言われ慌てて離した。
身体の調子を女神が聞けばミオンはどうやらいつもより調子がいいらしい。女神に『王よ。これで文句はなかろ?』と言われて少々居心地の悪い思いをする。
その後の展開はアッと言う間だった。女神が『呪いは解いた。婚姻の制約も無効だ。石になった娘も元に戻した。異界から娘を召喚したのはおそらく兄上達であろうが、その責任も取らせる』と言ったからだ。
遂にこの時が来てしまった。制約と言うミオンを縛る枷も無くなった。ミオンは自由だ。俺の思わず漏らした呟きに女神が反応する。しかし、思う所があったのだろう何も言わずにいてくれた。俺は腹の底から「良かったな………ミオン」と絞り出す事しかできなかった。ミオンは帰るだろう。俺を置いて。
リン達と合流して経緯を話す。暫くは呪いが解けた事を公表しないと言った。何か察したリンが賛成してくれる。食事をした後リンと話す機会があった。「大丈夫ですか陛下?」「あぁ、済まん………さっきは助かった。正直まだ整理できていない事が多すぎてな」疲れた顔でそう言えばリンの心配そうな顔にぶつかる。「まだ言えませんか?」「あぁ。いずれ皆にも言う事になるが………お前とレンブラントとジュド―には先に話す事になると思う」そう言えばリンが「ミーシャ殿には言わないのですか?」と言う。「おそらくミオンが言うだろうしな」大丈夫だと言えば少し安心した顔をされた。「そうですか………分かりました。待つのは得意です。陛下は御心がかりの事を思う存分整理して下さい」そう言って微笑まれた。リンに心から礼を言って天幕に戻る。
先に戻っていたミオンがボーっと天幕の上を見つめていたので声をかける。すると、色々あったから疲れたと言う。確かにここ数日色々めまぐるしかったからな。そんな事もあるか。
色々と話していく中でミオンの「でも私はこっちの方が好きだなぁ………」と言う発言にもう少しで「なら、こちらに残れ!!!」と言いそうになる。危ない。俺はミオンに自分の意志で決めて歩いて行ってもらいたい。俺が言う言葉が足かせになりそうで怖かった。
俺は、ミオンに言葉を紡ぐ。真実思っている事を。もう一人の俺にとっては嘘を。
俺は何処にいてもミオンには幸福であって欲しい。泣いてなければ良いと思う。でも傍で護りたい………。帰って欲しくない癖に、言葉はミオンが帰る前提で話してしまう。それを望んでるように見えるから。この矛盾。俺自身まだ混乱してるのか………。
「例え、離れて二度と会えなくなろうとも、俺はミオンの幸福を心から祈り続けるだろう」と言えばミオンは「私もだよ。ディーさんと皆が幸福でいてくれれば良いっていつでも祈ってる」
と言ってくれ、愛しさに胸が潰れそうになる。
「ミオン………アガーシェ」
思わず言葉に出してしまった。唯一の救いは古語だったためにミオンは意味を理解できないと言う事か………。アガーシェの意味は永久の愛。先に名前を呼んで言うなら永久の愛をミオンに誓うとなる。………ミオンが帰った後、俺は妃を娶れる気がしない。
今までの出来事の「おさらい」な小話ですが今回長くなりました(汗)小話じゃないよ。本編一話分より長いじゃん!!!スミマセン。ディーさんの言っていた古語の意味はあーでした。ディーさん一生独身フラグたちそうです。