第42話 光の奔流の中で
くるくると光が踊る。どちらが上か下かもわからない光の奔流の中で私は戸惑いながらもどこか満足した気持ちで身を任せていた。
『セイウス………ディークラウド………』『ティレンカ!』『かあさま!!』
最後に聞こえた声が木霊する。呪いの王子ことセイウスさんとディークラウド王子の声も聞こえた気がした。3人はここで再び出会えたのだろうか?抱きあって誤解が解けた事を喜びあえているのなら良いとそんな事を考える。だって重なったあの手は二人のものだと思うから。
そんな事を考えていたら一際白く輝く光が、私の傍にやって来た。くるくると形を変え、銀の毛並みの若者と、白い毛並みの男の子の姿になる。
「『お姉さんありがとう』『ありがとう異世界の娘。あなたに幸福の大からん事を』」
響くように重なるように聞こえた声はセイウスさんとディークラウド王子のもの。
「よかったね」
私が微笑んでそう言えば、二人とも満面の笑顔を覗かせて泡のように弾けて消えた。その瞬間、方向の定まらなかった光の奔流が、上に向けて流れるのが分かる。それと同時に私の身体も光の奔流にのせられ一気に上昇して―――。
『ミオン!!!しっかりしろ』
『ええい、落ち着かんか。異界の娘は無事じゃ。妾が保証する』
『だが、目を覚まさんぞ?!』
慌てた感じのディーさんと女神のやり取りが聞こえる。そんなに慌てなくても大丈夫なのに。ディーさんてば。だって今はとてもいい気持。身体の隅々まで力がいき渡ってるの………。もう少しこの光と一緒に居たい気持だったけど、ディーさんが心配してるのをほっとく訳にもいかなくて私は重たい瞼を開けた。
「ミオン!!」
いきなりガシリと抱きしめられて視界がディーさん一色に染まる。というか………ディーさん!!!苦しい!!!苦しいよ?!!!息が出来ないほどきつく抱きしめられてバシバシとディーさんの背中を叩く。
『王よ、娘が苦しがってるように見えるのだがのう?』
呆れたような声が聞こえ、ようやくディーさんが離してくれた。
「いや………心配してくれたのは分かるんだけど………力強すぎ」
「その………スマン………ミオン」
ゼハーっと息をする私を見てディーさんが申し訳なさそうに縮こまる。
『ふふふ。そなた等は見てて飽きぬのう。一応異界の娘に負担がかからないよう配慮したつもりじゃが………身体の調子はどうじゃ?』
そう聞いてきたのは女神ティレンカ。声はちょっと響いてるケド実体を持って目の前にいる。夢の中でしか会った事ないからなんだか変な感じだ。セイウスさんとディークラウド王子に会えたおかげか随分明るくなったように思える。
「………むしろ調子いいかも?いつもより身体が軽いです」
『そうか。良かった。王がさっきから煩くてなぁ。以前、夢が繋がった時に体調を崩したのであろ?そうなったらどうするの一点張りで………うろたえる姿が面白かったが………王よ。これで文句はなかろ?』
「う………む………」
うろたえる姿を見せたのが恥ずかしかったのか、ディーさん少し凹み気味?
そんな中、真面目な顔になった女神ティレンカが私達に向き直る。
『………そなた等には長きに渡り、申し訳ない事をした。呪いは解いた。婚姻の制約も無効だ。石になった娘も元に戻した。過ぎた時は戻せんがな………。それでも石のままよりましであろ………異界から娘を召喚したのはおそらく兄上達であろうが、その責任も取らせる』
女神ティレンカが深々と頭を下げる。その言葉にディーさんがポツリと呟いた。
「制約も無効………か」
『………お主………』
ディーさんの声に女神ティレンカがハッとして顔をあげたけど、そのまま何も言わずに口を閉じる。
「責任て………どうなるの?」
『まずは神の庭に出向き、兄上達の話を聞かねばならぬが………異界の娘………いや深音よ。お主が望めば帰る事も叶うだろう』
「帰れる………の」
それは、予想外の苦しみを伴って私の心を締め付けた。帰れない、制約があるって事が私を縛り付けているという事以外に、どれだけ「私がここにいていい理由」になっていたかという事実に嫌と言うほど気付いたからだ。頭の中で帰る事を考えているのと実際そうなってみるのとでは天と地ほどの差があった。私は、自分がこの世界から帰りたくないと思うほど好きなのだと初めて理解した。呪いは解けた。制約もない。ディーさんは自由になれた………なのに心から喜んであげられない自分がいる事に愕然とする。
「そっ………かぁ………」
ポロポロ涙が零れて来た。嬉しいんじゃなくて悔しくて。ディーさんが解放されたのを喜んであげられない自分が大っ嫌いで。そんな私を哀しそうな顔をした女神ティレンカが見つめる。
『我が兄ながら………罪作りな事をしたものよの………次の満月にここにおいで。兄上達を連れてこよう。それまでにどうしたいか決めておきなさい』
そう言われて頷く私に掠れた声が被った。
「良かったな………ミオン」
ディーさんが私の背中を撫でてくれる。「良かったな………ミオン」それはやっぱり私が元の世界に帰った方がいいって事だよね?ディーさん。そう思うと余計に泣けて来た。
『良く考えるのだよ?深音。王と良く話し合いなさい』
そう言って女神は光の柱となり消えて、その場にはディーさんと私が残された。グジグジと泣く私をディーさんがあやす様に抱きしめてくれる。
「ミオン、そんなに泣くな。溶けてしまうぞ?」
冗談めかしていうディーさんに思わず笑みが零れる。ディーさんは何時だって私に優しい。ここにいてもいいように錯覚してしまいそうな程。
「溶けたりなんか、しない、よ」
この腕の中は心地いい。帰ってしまったら二度と会う事は無い。この世界の誰にも。家族と思える人達の誰にも会えなくなるのだ。かといって残っても私の居場所はもうない。妃殿下と言う立ち位置も呪いが解けた事によって誰か別の女性のものになる。女神ティレンカはディーさんと話し合えって言ったけど、話し合うまでもない。私はこの世界では異分子なのだ。きっと帰るのが一番いいんだ。私は何度も何度も呪文のようにそれを胸の内で唱えながらディーさんにギュッと抱きついた。
ティレンカの言ったように良ーく、話し合った方がいいと思うよ。深音。