第40話 薄暗い森の中を行軍
朝、まだ霧が濃い時間に起きる。伸ばした手の先すら見えない濃霧。こんなの初めて。なんか、こんな映画あったなぁ………霧の中から化け物が出てくるやつ。こんなに霧が濃いと、その映画みたいに何かが出てきそうな錯覚に襲われる。纏わりつくような重たい霧に出発はこの霧が収まって来てからと言う事になった。流石に、足元も良く見えない状態で出発したら危ないものね。
霧がはれて来たのはそれから一時間程した後。軽く朝食をとって荷物を纏める。森の木々が濃いため、今日の天気がどうなのかいまいちわからない。私達は、薄暗い森の中を行軍する。道は相変わらず悪い。朝の濃霧の所為か、下草が露を纏いまとわりついて来て歩きにくい事この上ない。
「陛下、ミオン様、ほーいじしゃくの様子がおかしいのです。今しがたからぐるぐると回って方向が定まりません少し下がると戻るのですが………」
ラムザさんのその言葉に一同その場に立ち止まる。
「あちゃあ、磁場が狂ってるのか………。どうしたものかな?」
「磁場?」
「うん。詳しい事は私も良く分からないけど、そういう土地もあるんだって。磁場が狂ってると方位磁石は役にたたなくなっちゃうんだ」
「ここまで来て………しょうがない、ここに拠点を置く。ラムザ、ここに残れ。荷の管理を頼む。昼頃には一度戻る。木に目印を付けて進もう」
ディーさんの言葉に、一同頷く。ラムザさんが早速シートを敷いて地鳥を木に結わえつける。私達は、ラムザさんに荷物をお願いすると木にナイフで矢印をつけながら先に進んだ。森の木々に覆われてすぐにラムザさんの姿が見えなくなる。先に進むにつれ、空気が冷えて行くのを感じた。まるで冷房がかかってるみたい。地表スレスレに霧がユラユラと揺れている。まるで水の中を歩いてるみたいだ。暫く進んだ所で、私達は立ち止まった。背よりも高いフェンスが建っていたから………霧はこの奥から流れてきているらしい。出入り口は大きな扉。しかしグルグル巻きの鎖が扉をがんじがらめにしている。一周ぐるりと回ってみようかとも思ったけれどこのフェンスの外周はかなりあるように思われたし、他に出入り口があるようにも思えない。
「ディークラウド王子が泉を封印したって言ってたのコレの事かな?」
「そのようだな………」
鎖はどういうわけか鍵もない。ただ年月が経っている所為か、かなり錆びていた。ディーさんが落ちていた太めの木の枝を掴むと扉へと近づく。そのまま梃子の原理を使って鎖を破壊しにかかった。金属と金属のこすれ合う嫌な音がして鎖が悲鳴を上げる。木の枝もミシリミシリと不穏な音を立てて、木の枝の方が先に折れるかと思った時だった。バツンという音が響いて鎖がはじけ飛ぶ。
「どうやら、剣を使わずに済んだな」
一仕事したディーさんが木の枝を投げ捨ててそういう。
「陛下、御苦労様です。刃こぼれでもしては、後が面倒ですからね」
そう言ったのはリン先生。エルザさんも、うんうんと頷いている。私はディーさんを手伝って鎖の残骸を取り除いた。ギィイと音を立てて門を開くと霧がフウワリと浮き上がる。私達は封印されていたフェンスの中へと入っていった。
一歩一歩進むごとに足が重くなる………こんなおかしな感覚、私だけかと思ったらどうやら皆感じているようだ。
「おかしいですね………まるで全身が鉛のようだ」
そう言ったのはエルザさん。
「確かに。まるで行く手を拒まれてるようですね………」
リン先生が額の脂汗を拭きながら言う。かなりキツイみたいだ。プレッシャーとも言うべき威圧感が私達の足を遅くしているようだった。
「女神か………?」
そう言ったのはディーさん。前を厳しい顔で見つめている。まぁ、こんな事出来るのって女神しかいないよね。そう思うと、女神は私達を拒絶しているとしか思えない。ジリジリと進む。足はドンドン重くなる。でもここまで来て諦める訳にはいかなかった。そうして進んでいくうちに、まずリン先生が膝をついた。蒼白な顔で立ちあがれないようだ。ディーさんが、それでも立ち上がろうとするリン先生を手で制す。私達は無念そうな顔のリン先生をあの場所に残して行軍を続けた。次に膝をついたのはエルザさん。こちらも蒼白で額の脂汗が尋常じゃない。相当我慢して来てたみたいだ。
「エルザ、戻れ。リンと合流してラムザの所へ」
「し、かし陛下、それでは何かあった、時の、ご、えいが!」
息も絶え絶えに言うエルザさんにディーさんは首を振った。
「無理だ。分かるだろう。どちらにしても相手は神。我らがどうしたかろうと女神の意志に添うしかない」
エルザさんはその言葉に悔しそうに唇を噛むと了解しましたと言って項垂れた。これで残りは、私とディーさんだけになってしまった。何で体力が一番ない私が残れたのかは分からない。私のは足が重いだけなんだよね………。エルザさんが言ってたみたく全身が重い訳じゃない。ディーさんは顔にまだ余裕があるものの、額には汗が滲んでる。この差は一体何だろう?そう思ってると、不意にコートのポケットの中に入れた櫛とピアスが熱を持ったような気がして慌てて取り出してみた。布に包まれた二つの品は淡く白い輝きを持って私の手のひらの上に乗っている。ディーさんが驚いた顔をしてそれを見た。
「私が、残れたのってコレのお陰みたい」
そう言って、布を開いてピアスをディーさんに渡す。
「………本当だ。随分楽になったぞ?」
どうやら、呪いの王子の形見の品に助けられていたみたいだ。もっとはやく気付けば良かった。そのままそれを無くさないようにポケットに仕舞うと私達は再び歩き出した。
霧が濃くなる。その中心に祠が見えた。泉は見えない。低く垂れこめた霧によって何処にあるかが全く分からなかったからだ。ディーさんと私はつま先で地面を確認しながら歩くハメになった。泉に落ちたら大変だし。つま先が水に触れた所で立ち止まる。そこまで行くと祠の様子が良く見えた。霧は、祠から滾々と湧き出ているようだ。先程までと違い、この場の空気はキンと冷えていて鼻の頭が痛くなる。女神の気配は無い。でもこれだけの状況で女神がいないとは思えない。
「女神、ティレンカ?!いるのでしょう???」
ポケットの中の櫛が光を強くする。みればディーさんの持っているピアスもだ。少し、霧が薄くなった気がした。そして微かに見えたのは泉の水と、泉の中の小島へと続く木の橋。私はディーさんの手を掴むとその橋を渡った。渡りきった所で、また霧が濃くなる。さっきよりも噴き出す量が多いのは、女神の拒絶が大きいからかもしれない。
「ティレンカ。覚えてますか?私、あなたと夢で逢いました。お願い。出てきて話を聞いて!!」
祠に向かって呼びかける。反応は霧。ブワッと一気に噴き出した所をみると聞こえて無いわけじゃなさそう。でも、かえって来るのは拒絶だけだ。
「あなたは、勘違いしてるんです!!王子はあなたを裏切ったりしてません!!!」
そう言った瞬間、辺たりが凍りついた。
ギシリと異様な音を立てて泉が凍りついたのが分かる。気温は真冬の状態に一気に下がった。
『嘘じゃ………ヒトは嘘を吐く』
聞こえたのは声。哀しみと苦しみと疲れに蝕まれた………。疑心暗鬼の中にいる可哀想な女神。
「いいえティレンカ。嘘だと思うのなら私の中を覗けばいい。夢を介してなら心と心が感じられるのだもの嘘が無いと分かるはず」
「?!ミオン!!!何を馬鹿な事を!!!やめるんだ!!!」
ディーさんが慌てて私を止めに入るけど、私の心はもう決まっていた。
「大丈夫だよディーさん。傍にいてね?女神に本当の事を知ってもらうにはコレが一番なの」
『………良いだろう………なればそなたの夢………妾に見せるがよい』
「待ってくれ、女神!!!」
慌てたディーさんの叫びが聞こえた瞬間、私の意識は暗転した。
女神様登場。深音は無事誤解を解いて戻れるのか?