第36話 手紙は本物だった
それから何事もなく過ぎたのは2,3日。体力を回復させつつのんびり過ごした。泉の方も、呪いの王子の隠し部屋の方も特に進展はなく、手紙の書き手が実際ディークラウド王子のものであるとの鑑定結果が出た位。そう、あの手紙は本物だったのだ。保存状態が大変良かったものの、神話を研究している人達にとってはかなりの大発見になるわけで、今は特殊な保存液に漬けられている状態らしい。3週間程漬けることで風化、劣化が防げるようになるみたい。そんなある日、まだお昼にもなってないのにディーさんが慌てた様子で部屋に戻ってきた。
「ミオン!あったぞ?!」
珍しく、興奮しているディーさんに吃驚する私とミーシャさん。そんな私達を無視して、ディーさんは何かを私の手に握らせる。
「???!」
手を開いて見てみれば、そこにあったのはあの絵に描かれた宝石で。
「ディーさん!!これ何処にあったの?!」
一気に興奮状態になった私にミーシャさんが手の中を覗き込んで目を瞠る。
「玉座だ。玉座の背の所に宝石が飾られているのだが、そのうちの一つがコレだった」
「そんな所に!!!」
3人思わず、目を会わすと誰が言うでもなくそのまま図書館へと向かった。バタバタと足音が響きわたる。驚いた女官さん達が道を開けてくれ、近衛兵さん達が何事かと目を剥いてこちらを見る。そりゃそうだ。王様と、妃殿下とお付きの侍女がドレスの裾を手であげて廊下を走って行くんだもの。誰だって何事かと思うはず。でもそんな事気にしてる暇なんてこっちにはない。息を切らしながら図書館に着くと、そのまま絵のもとへ一気に駆け上った。ドキドキしすぎて心臓が痛い。私は震える手で宝石を摘まむと絵の凹み部分にそれを嵌めた。
「………何もおこらないね?」
「そうだな………」
3人の中に脱力感が広がる。嵌めると思ったのはハズレだったのか?
「嵌めただけではだめなのか?」
そう言ってディーさんが宝石を押した時だった。
ガコン
という音がして、宝石が絵に沈み込む。すると何か歯車が動く音がして、ガチャリと絵が数センチ手前にずれる。ディーさんがそのまま絵を手前に引いた。
「これは………扉ですか?」
そう言ったのはミーシャさん。どうやらこの絵自体が扉だったようだ。奥には短い通路が広がっていてその奥に鉄製の扉がみえる。まずディーさんが入り、次に私、ミーシャさんと後に続く。鉄製の重そうな扉をディーさんが軽々開くと中にはこじんまりとした部屋があった。室内はヒカリゴケのようなものが輝いていて仄かに明るい。ずっと閉ざされた部屋であったはずなのに思ったほど空気は悪くなかった。積もった埃がここに人の出入りが無かった事を窺わせる唯一のものだ。
私は中に入ると壁にかけてあった絵を見つめた。真正面の絵は女性。横顔だけれど、白い毛並みに緑の瞳………夢で見た女神そのもの。下には字がかかれてて………『愛するティレンカ』となっている。そして私が驚いたのは隣の絵。一人は椅子の後ろに立っている男性。その容姿から呪いの王子と言う事が分かった。そして私の眼が釘づけになったのは椅子に座った少年………白い毛並みにアイスブルーの瞳………夢の中で会ったあの子だと一目で分かる。慌てて題名を見てみればただ『息子と』と書かれていた。
「この子がディークラウド王子………」
「どうしたミオン」
「この子だよ。夢の中に出て来た子」
『うん。そう僕の声聞いてくれた』そう言った少年。それは、女神の夢の中での事か、それともあの手紙を見つけた事なのかは分からない。けれど、この少年は今も母親を探しているのかもしれなかった。
「………そうか、この王子が………」
「ここが、呪われた王子の隠し部屋なんだね」
女神の絵姿を見ても呪いの王子が女神、ティレンカを愛していたのだと良く分かる。誤解されたままの苦しみはどれ程のものだったろう。そして、母を探せなかった少年の心は………。それを思うと何だか切なくなった。
「少し、埃を払いましょう。お二人は出ていて下さい」
室内にあった掃除用具入れからハタキを出してミーシャさんが言ってくれ、私はディーさんと暫く外へ。
「驚いたな。こんな所にあるとは思わなかった」
「確かに、絵が扉になってるなんて誰も思わないよね」
「ディークラウド王子は何で少年の姿で現れたのかな?普通にお父さんの後を継いで王様になったんだよね?」
「あぁ。立派な施政を布いたと聞く。少年の姿で現れたのはその時の気持ちがここに残る位強かったのからかもしれんな」
お母さんを探して泣きながら呼んでいた幼い子。あの哀しい呼び声を思い出して私は思わず溜息を吐いた。
「陛下、ミオン様もう大丈夫ですよ」
ミーシャさんが掃除用具片手に声をかけてくれる。
「ミーシャさん有難う」
「すまんな、ミーシャ」
そう言って再び室内に。短時間だったにも関わらず、塵一つない位、綺麗に埃が取られてました。凄いよミーシャさん!!!
「ミーシャさん短時間で凄いよ!!!」
「お掃除用の石を何個か持ってましたからね」
「そんな石あるんだ?!」
掃除機みたいに埃を吸い取ってくれる石があるんだって。透明な石らしいけど、埃が溜まるごとに黒くなっていくんだとか。後はとりきれなかった埃をミーシャさんがはたいて軽く水拭きして終わり、と。
こっちの石って凄いなぁ………。綺麗になった部屋を改めて見回すと机と小さな本棚が一つ。随分殺風景な部屋だった。本棚を見てみれば、日記らしいものが2冊ポツンとあるだけ。机の上には瓶に詰められた小さな石や宝石箱。宝石箱を開けてみると花や蝶々が彫られた手作りの木の櫛、瓶に詰められたような石で作られた可愛いピアスが収まっていた。とても大切な物のように思えて私はそっと蓋を閉じる。
取りあえず、何処にヒントがあるのか分からないので、持っていける物は持っていく事に。と言っても、この部屋、物がほとんどないんだけど。部屋には後で一応調査を入れるそう。その前に持ち出しちゃっていいの?と問えば優先順位はこちらが上だから良い、と言われました。まぁ、切羽詰まってるのは確かだしね。
部屋に帰ろうと図書館から外に出た所で息を切らした男の人に遭遇。青い毛並みに黒い瞳のその人はディーさんを見つけるとお怒り気味の声を出した。
「陛下!!!こんな所にいらしたのですか!!!」
「………レンブラント………スマン忘れていた」
気まずそうな声を出したのはディーさんで、微妙に視線を逸らしてる。レンブラントと言うと確か宰相さんだったハズ。
「あぁ、申し訳ありません。妃殿下にはご機嫌麗しく………申し遅れました、私、宰相のレンブラントと申します。済みませんがこの馬鹿、いえ陛下をお借りいたします。では急ぎますので失礼」
そう言うと、ディーさんをひっ掴んで行ってしまった。何事が起ったのかと顔を見合わせる私とミーシャさん。後で聞いたところによると、大狼族の使者が来る前に王の間に移動したディーさん。玉座に例の石を発見してそのままもぎ取って走って消えたらしい。慌てた宰相さん、その他大臣さん達が探しまわったそう。そりゃ、怒られるわ。なんとか、使者の人との会談には間に合ったらしいケド。ディーさん後でこってり怒られたらしい。合掌。
隠し部屋発見しました。果たして泉へのヒントはあるのか?