第9話 魔王とひとりぼっちの女の子
優愛は自己紹介を済ませると、屋上の柵を乗り越え、足を外に出して屋上の縁に座る。そしてアルマもそれに続いて優愛の横に行くと腕を組んで立った。
アルマがふと優愛を見る、夜を明るく照らす様々な明かりが映し出したその顔は、茶色がかった髪に、まだ幼さを残した可愛らしい顔であった。だが、その右頬には少しアザのようなものができていた。
「帰る場所がないと言っていたな、その頬の傷が何か関係しているのか?」
「うん…まぁ…最終的にはそうかな…。」
「話すが良い。魔王である我が人間の悩みを聞くなどこの500年で初めての事だぞ。」
「アハハ、アルマは本当に魔王なんだ。さっきも地面からあたしを抱きかかえたままビューンッてここまでジャンプしたもんね。それに…」
優愛は前を向けていた顔を上げて、下からアルマの姿を見上げた。
「こんなに夜空が似合うなんて、きっと本物の魔王様だけだよね。」
この繁華街から空を見上げても星は見えないが、その黒い夜空を照らす満月を背景に立つアルマは、優愛から見るとなんとも優雅で荘厳に見えた。
しかし、そのまま優愛はクスクスと笑い出した。アルマは自分を見て笑い出した事に少し腹を立てる。
「おい…我を見て笑うとは…」
「あっ!違うよ!生まれて初めてのお姫様抱っこが王子様じゃなくて魔王様だったって思うと…ちょっと笑けてきちゃったんだ…。
あたしの王子様は…居なくなっちゃったしね…。」
「その者は死んだのか…?」
「ううん…、死んでないよ。あたしの前から居なくなっちゃっただけ…。」
「その頬の傷をつけたのがその者か?」
「………………。」
アルマの核心を突くような質問に黙り込んで、優愛はまた顔を下に向けてしまった。これ以上何を聞けば良いものか分からなかったアルマも沈黙する。
春先にしては少し肌寒い風が幾度か吹き抜けた後、優愛はゆっくりと生い立ちを語り始めた。
「あたしね…、家族が一人もいないんだ。あたしが高校生の頃にお父さんとお母さんが死んじゃってね。親戚の人達も居たんだろうけど、交流なんて全くなかったし分かんなかった。
だから…2人が死んで一人っ子だったあたしは学校を辞めてこの五右衛門町の飲食店とかでバイトしながら必死で働いてたの。その頃は夢もあったしね!
学費を貯めて、資格を取って、それで大学に行って…両親がやってた花屋さんをもう一度あたしがやろうって!」
「ふむ…何故お前の親は死んだのだ?」
「自殺…なんだ…。お父さんとお母さんはこの五右衛門町で水商売の人達向けの花屋さんをしてたんだ。生誕祭や、開店祝いのスタンドフラワーとかを中心に作ってた。
子供の頃、両親が作ったスタンドフラワーを見るのが好きで、とっても綺麗だった…。
でもたぶん…子供だったあたしには分からなかったけど…経営が苦しかったんだと思う…。最後に頼った金融屋さんが少しややこしかったみたいで…。」
優愛は辛かった出来事を思い出して涙を流した。しかし、すぐに涙を拭って笑顔を作ってみせた。誰が見ても作られたものだと分かる表情を。
「あたし宛てに遺書が残されてたけどまだ開けてないんだ、それを開けて…中身を読むと心が折れてしまう気がしてね…。
それからはあたしも必死で頑張ったんだ!毎日毎日バイトを掛け持ちして一生懸命…夢に向かって…。
でもね…たぶんどこかで心が疲れてたんだと思う…1人なのが辛くて…そんな時に出会ったのが…。」
「貴様を殴った男というわけか。」
「うん…コウセイ君って言うんだけどね。ホストをしてるんだけど、始めは信じたりしてなかった。だってホストだもん!女の子に優しくするのは当たり前だからさ!
でも途中からはダメだって分かっても彼の事をどんどん好きになっていっちゃってた…。お金もいっぱい使って…貯金も無くなったから…借金もしちゃって…。それでも彼が傍に居てくれるならって思ってたけど…この前コウセイ君が働くお店を紹介するからそこで働けって言ってきて…反抗したら殴られちゃった…。そしたら今日…さっきの人達に絡まれてね…。」
優愛は全てを語り終わるとスッと屋上の縁で立ち上がった。そして、両手を広げながら肩まで上げるとアルマの方に顔を向けて涙を流しながらニコリと笑った。
「最後にいっぱい話を聞いてくれてありがとうね!魔王様!なんかスッキリしたよ!」
「最後?どういう事だ?」
優愛はアルマの質問には答えずに、『バイバイ…』と言うとそのまま屋上から身を投げた。
突然の出来事に驚いたアルマは一瞬どうしたら良いか分からず動けなかった。
(優愛は我に『ありがとう』と言ったが宝玉は反応せず善の力は回収できなかった!という事は…)
アルマは気付けば落ちていく優愛を助けるために屋上から自分も飛び降りた。飛び降りる瞬間、勢いをつけるためにビルの壁面を蹴って優愛に追いつこうとする。
『ドシーーーーーーンッ!!!!』
という音と共にアルマは優愛を抱きかかえて両足で着地した。なんとか間に合って優愛を助ける事ができ、幸いビルの裏側だったため、この超人的でアクロバティックな姿は誰にも目撃されなかった。
アルマの腕の中でゆっくり目を開けた優愛は、状況が分からず『え?え?』と困惑している。そんな優愛に対してアルマは優しい言葉をかける。
「貴様から『本心』のありがとうを貰うまでは死なせんぞ!そのまま死んでも良いのか?後悔はないのか?」
「悔しいに決まってるよ!!死にたくなんかないよ!!お父さんとお母さんみたいな花屋さんになりたかったよ!!奪われた物を全て取り返したいよ!!!!」
アルマの胸に顔をうずめながら泣き叫び本心を言う優愛。
そんな優愛にアルマは魔王らしい自信に満ち溢れた笑顔を見せていつもの高笑いをした。
「フハハハハハ!!ならば我がその男から全て取り返してこようではないか!!その者の居場所を言え!優愛よ!」
「え?でも…どうやって…?」
「我は魔王だぞ!我に不可能な事などないのだ!」
優愛は人を信じられなくなっていたのだが、高笑いをあげて自分の事を魔王だと言い張るアルマを見ていると、ほんの少しだけ心に勇気が湧いてきた。
「アハハ!アルマを見てるとちょっと元気になったよ!
…えっとね…コウセイ君はホストクラブの『ペルソナ アルクス』ってお店に居るよ…。本当に行くの?」
「当たり前であろうが!だが我にはこの辺りの土地勘がない。近くまで案内せよ!!」
宝玉や元の世界に戻るためとはいえ、アルマがこのように人間を助けるのは初めてのことだった。
そして、アルマは優愛と共に街の中心部へと向かう。
「ではいざホストクラブへ!!!!」
『魔王からは絶対に出てこないセリフ ベストテン』に入るであろうセリフと共に優愛との物語が幕を開ける。




