第8話 魔王とヤンキー
時間は少し戻ってラヴィがネネ達と出会ってすぐの頃、ここは夜の五右衛門町。
夜も深い時間なのにキラキラと街は輝き、昼間よりも人が増える繁華街。人の欲望が混ざり合い、混沌としたこの街を1人の魔王が当てもなく彷徨っている。
「クソ!善の力だ何だの手掛かりが全くもって掴めんぞ!あの女神のクソババアめ…次に会ったら消し炭にしてやるわ!」
そんな悪態をブツブツと呟きながらアルマはもう何十周もこの街を歩いている。
夜のお店のキャッチの男達が何度も前を通るアルマに『おい…またブツブツマンが来たよ…。』と、そろそろ恐怖を抱きだしていた。
そんなブツブツだらけの怪人のようなあだ名を付けられているとは知らないアルマの前に、数人の男性に囲まれている女の子が目に入る。どうやら強面の男達が女の子をどこかに連れて行こうとしているようだった。
「おい!お前を探してたんだよ!早くこっちに来い!」
「や!やめてください!離してください!」
この王道の女の子との出会いイベントにアルマは全く関心を持てなかった。所詮人間同士の小さな小さな小競り合いに魔王が首を突っ込むなどアルマの中ではあり得なかったのだ。
そしてそのまま横を通り過ぎてスルーしようとした時、ふと宝玉の事が頭をよぎる。『善の力』を集めるにはこの脆弱な女を助けるべきではないのか?そんな考えがアルマを行動に移させた。
「そこの不細工なカス共よ。その女から離れよ。そして死ぬがよい。いや死ね。」
アルマの恐ろしくヘタクソな仲裁の入り方に男達も女の子も一瞬時が止まった。そして、束の間の静寂の後に男の1人がアルマの目の前まで顔を近付けて威嚇を始める。
「なんだてめぇはコラッ!チョシノッテットブットバッソテメコノヤロッ!」
(な…なんだ…後半が何を言っているのか全く分からんぞ…!宝玉の翻訳機能がおかしくなったのか!?)
ヤンキー特有のイキリ早口言葉に宝玉ですら上手く反応できず困惑するアルマだったが、そんな事よりも下等な人間が自分に楯突いてきた事に怒りが込み上げてきた。
「我の前で臭い息を吐くな。」
アルマはそう言いながら、怒りに任せて軽く目の前のヤンキーの肩辺りを押す。すると、『ブフォーーーーッ!!!』と叫び声を上げてヤンキーが数メートル先まで吹っ飛んでいった。
常人離れした力を見せつけられて残されたヤンキー達は足をガクブルさせている。この出来事に対してアルマは冷静に分析を開始した。
(ふむ…、魔王の絶大な力は女神に奪われたままなのは確かだ。こっちの世界に来てから一切オーラを出す事ができんからな。
だが女神が最後に言っておったように、かなり弱くなっているとはいえ、生まれ持ったスキルや身体能力はやはり残っているみたいだな。ならば善の力集めなどせず、いっその事この世界を支配してやろうか…。)
アルマが邪な事に考えが行き着きそうになった所で、遠くからパトカーのサイレンの音が近付いてくる。誰かがアルマが来る前にヤンキー達の揉め事を見て通報していたのだろう。
その音を聞くと、ヤンキー達はふっ飛ばされた仲間を連れてバタバタと逃げていく。
それを見たアルマも去ろうとしたが間に合わず、2台のパトカーが進路を阻むようにやって来た。そこから降りてきた警察官がアルマの前まで来ると威圧的な態度で話しかけてくる。
「君が通報のあった揉め事の加害者か!?少し話を聞かせてもらうぞ!」
「何の話だ?というか貴様らは何だ?頭が高いぞ…ゴミが…。」
アルマが警察から1番に疑われたのには理由があった。揉め事が起きる前から『黒尽くめの怪しい男が徘徊している』と警察に何本も苦情の電話が殺到していたのだ。
「君が通報にあった黒いブツブツマンだろう!とりあえず署まで来て話を聞かせてもらうぞ!」
「なっ!なんだその気持ち悪い名称は!?そんな者が我なわけないであろう!」
「くっ!抵抗するんじゃない!抵抗するとこちらも対応を変えるぞ!」
警察の強行的な態度に怒りを覚えたアルマは、この場にいる人間を皆殺しにしようかと動き始める。
だが、アルマの脳裏にあの言葉が蘇る。それは女神の『細切れにするぞ』という恐ろしい思い出だった。
(チッ…ここで揉め事を大きくすれば厄介な事になるな…。あのババアは後でまたこちらの世界に来ると言っていた…。今の我では…いや、全力の我でもババアには勝てん!ここは一旦引くしかないか…!)
女神の脅しの釘刺しのおかげでアルマはなんとか皆殺しにする事を踏み止まり、警察に背を向けて退く体制をとった。
「コッ…コラッ!逃げるんじゃない!罪が重くなるだけだぞ!」
「黙れ!我が逃げるだと!?何も知らぬ下郎が!」
そしてアルマは走り出すと同時に、ヤンキーに絡まれていた女の子を奪い去るかのように抱きかかえた。
「貴様は我についてこい!ややこしい事になったのは貴様のせいだ!」
「あ…あたし…ですか…。」
連れ去られる事に抵抗を見せなかった女の子にアルマは驚きを隠せなかった。だが今は追いかけてくる警察から逃げるための猛ダッシュに集中するしかない。
人ごみの中を一陣の風の様に女の子を抱きかかえたまま走り抜けるアルマは、人気の無い路地へと入るとそのまましゃがみ込み、力を溜め込んで全力でジャンプをする。そしてその大ジャンプで高く飛び上がり雑居ビルの屋上へと着地した。
(普通なら人を抱きかかえたままであろうと、空高く飛べたのだがな。不便な身体になったものだ…。)
アルマは自分の力の弱体化にイラつきながらも抱えた女の子を降ろした。
「もう行ってよいぞ。どうやら奴らからは逃げ切れたみたいだしな。人質の必要は無くなった。」
しかし、アルマから解放されたにも関わらず女の子は俯いたままそこから動こうとしない。
「なんだ?女…。我への恐怖で足が動かぬのか?フハハハ!!」
「助けて…くれてありがとう。でも…もう帰る場所なんてないから…。」
女の子が淋しげにそう言うと、小さな小さな光がアルマの持つ宝玉へと吸い込まれていく。
【善の力を手に入れました。種類は感謝。】
(ん?これが善の力を集めるということなのか…。助けて正解だったようだな。それならばもう少しこの女を利用してみるか…。)
立ち尽くした女の子の前まで行き、アルマは仁王立ちの形で上から自己紹介を始めた。
「我が名は魔王アルマ!女!貴様の名はなんと言う!?名を名乗る事を許そう!」
女の子は無駄に偉そうなアルマを見て、沈んでいたはずの顔の口角が少し上がり、微かに笑顔が見てとれた。
「私はユア…優しい愛って書いて『優愛』。」
これがアルマと優愛の出会いとなり、これから巻き起こる騒動の始まりでもあった…。




