第67話 勇者、窮地に立つ
真夜中の遠い海の上を思わせる静寂が辺りを包み込む。集中するラヴィとアルマだけではなく、セリーナ達も一声も発する事をせず、この世界の未来を決める戦いの行く末を静かに見守っている。
(集中しろ…。幻に惑わされる事なく剣を叩き折ってやる…。)
ラヴィが集中力を高めるために目を瞑っている。この攻撃に対して視力は重要ではなく、アヤネと同じ様に現れる瞬間の気配をすぐに察知できるような形をとる。
しかし、ヤオは全員の予想を裏切るような攻め方をしてくる。
それは、『ゴゴゴゴゴゴ…!』という空からの轟音と、辺り一帯を暗がりにする影から始まる。
何事かと、ラヴィとアルマが音のする方を確認すると、そこには空から落ちてくる巨大な隕石の姿があった。
「な…!なんだ!あんなものが突然降ってくるなんて…!」
「惑わされるな!あれは幻だろうが!」
「あれは本当に幻なのか!?だって…あれからは…。」
ラヴィが隕石に対して幻だと断定できないのには訳があった。
隕石が近付くにつれて地上に吹き荒れる風、その風に乗ってくる肌を突き刺すような熱、振動により地面で踊る小石、どれをとっても隕石が本物であると証明するものばかりだ。
「もしも…、もしもあれが本物であったらどうする!?あんなものがここに直撃すれば全滅だぞ!」
「本物な訳がなかろう!あれを召喚できるなら奴が今まで温存していた意味がない!我らに隙を作るためのまやかしだ!
集中を切らすな!奴の思う壺だぞ!」
そう言うアルマでさえ、完全に幻であるという確証は持てずにいる。
セリーナも、隕石が幻想の力で作られた幻というのは分かっているが、そんな考えを覆すような、周囲の物にまで影響を及ぼす精巧な幻にたじろいでいる。
「なんなんじゃ!いくら幻想の力とはいえ、これほどまでの幻を見せる事が可能なのか!?実際、幻などには見えん!どうなっておる!」
セリーナは万が一のために、守護の結界を一層堅固なものにする。
『あれがもしも本物ならば…』と、2択の迷いを生じさせた時点でヤオの勝ちであった。
ほんの数秒でも、全員の意識を空に向けるだけで良かったのだ。天罰の力を使えば、たったそれだけの時間で勝負を決める事ができる。
そして、ヤオはラヴィの背後に現れ、彼女の左半身へ向けて天薙の剣による横一閃の斬撃を振り抜いてきた。それと同時に、空から降ってきていた隕石はフッと跡形もなく突然消える。
奇襲に成功したヤオの斬撃は、ラヴィのオーラをいとも簡単に切り裂きながら、彼女の左腕の肉に食い込んでいく。
(しま…った…!油断した…!このままじゃ…!真っ二つに…!)
ラヴィは、瞬時に自分の左腕を捨てる覚悟を決めて、右手に持っていた聖剣でヤオの斬撃を受ける。
即座に左腕を捨てても良いという判断をしたおかげか、胴体に届く前にヤオの刃を止める事に成功する。
「アルマッ!!」
「分かっておる!!」
ラヴィが名を呼ぶ前から、アルマは現れたヤオの気配にすぐ反応して攻撃に移る体勢に入っていた。
捨て身で作ったラヴィのチャンスを活かすために、切られた腕の事を気にする余裕はアルマにはない。
切り離された左腕から激痛が走る中、ラヴィはなんとか冷静に考えてアルマに指示を出す。
「ヤオの剣を待つ手を掴め!そして絶対にその手を離すな!私がその剣を叩き折る!!」
「しくじるでないぞ!ラヴィ!」
背丈が3メートルはあるヤオの大きな腕を拘束するには、全身を使って腕に無理矢理しがみつくようにするしかない。
アルマはヤオの腕を取ると、オーラを全開にしてヤオを逃さないようにする。
「今だ!やれ!ラヴィ!」
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
ラヴィは、ヤオの天薙の剣めがけて、勇者の力を込めた聖剣を片腕で振り下ろす。
そして、聖剣と天薙の剣がぶつかり合うと、凄まじい光と火花が撒き散らされる。
ここでもラヴィは冷静さを保ち、折りやすいように、正確に天薙の剣の刃の腹を狙った。
『パキーーーーーンッ』という刃の折れる音が周囲に鳴り響く。どちらかの剣の折れた刃がクルクルと回転しながら宙を舞う。
その折れた刃の正体は、苦痛に顔を歪めるラヴィが持っていた聖剣のものであった。
ヤオの天薙の剣はほんの少し欠けただけで折るには全く至らなかった。
「せ…!聖剣が…!負けた…!?」
「仕方ない!一度離れるのだ!ラヴィよ!」
愕然として動けないラヴィに、アルマが急いで指示を出す。
そして、少しでもラヴィが離れる時間を稼ぐために、アルマは取っていたヤオの腕を持ってそのままグルグルと全身使って回り出す。
ジャイアントスイングのように勢いをつけると、ヤオの巨体を遠くまで放り投げる。
「ラヴィよ!しっかりするのだ!まずは切られた腕を拾え!」
「すまない…。私がしくじってしまった…。」
「そんな事気にするでない!貴様らしくないぞ!今はその腕をなんとかするのだ!」
刹那の間に行われた攻防に付いていけていなかったセリーナ達は、やっとラヴィの左腕の異変に気付く。
その様子を見たルルが、急いでラヴィへこちらに来るように促す。
「ラヴィちゃん!早くこっちに来て!私の治癒魔法でならまだ間に合うかもしれないから!」
セリーナの結界の外に渦巻く狂乱の力のせいで、すぐに助けに行けないもどかしさにより、ルルはその場でバタバタと足踏みをする。
「おい!ラヴィ!あのメガネの言う通りだ!腕を持って早く行くのだ!」
「お前はどうするのだ!?」
「我は貴様が回復するまで奴の相手をしておいてやろう!」
「何を言っている!?一人でなど不可能だ!」
「ふん!魔王をナメるな!良いから早く行け!」
そう言うとアルマはラヴィに背を向けて、放り投げたヤオの方向に向き直る。
「くっ…!すまない…!少しの間だけ頼む…!」
ラヴィは悔しさで唇を噛み締めながら、切られた腕と折られた聖剣を持ってセリーナ達の居る結界の方へと走り出す。
すると、アルマに投げ飛ばされたヤオはゆっくりと起き上がる。
「ギギ…ギ…。シンカン ノチカラハ、アクノチカラヲ…キョウカスル…。
ダカラ…オマエタチハ マボロシニ ダマサレタンダ。」
「『震撼』とは力の名前か?良く分からんが、さっきの隕石はその力で強化したという事か!」
「アクノチカラノ コンゲンハ 『キョウフ』…。ソノキョウフヲ ゾウダイサセテ アクノチカラハ、サラナルシンカヲトゲル…。」
『恐怖』の力が進化した『震撼』の力は、それぞれの悪の力をさらに強化するという能力であった。
悪の力の根源の恐怖を増大させ、相手を震え上がらせるその能力によって、セリーナさえも騙される幻を作ったのだ。
「うるさい!どうでも良い!とにかく!我が一人で相手してやる!あの勇者が回復するまでな!」
2人でも苦戦を強いられている相手に、アルマは仲間達を守るためにたった1人で立ち向かう。
そこにほんの小さな勝機しか見出すことができなくても…。




