第57話 勇者と女神と悪神
ラヴィのオーラを見たヤオは驚きを隠せないでいた。その表情はまるで化け物を見るようであった。
「とんでもないオーラだね。これでもまだ本来の力には遠く及ばないなんて、セリーナは怪物を創ったんだね。」
「ラヴィは怪物などではない!ちょっとバカじゃが純粋な良い勇者じゃ!」
「私って…バカなのでしょうか…。」
「そ…!そんな事はないぞ!周りからしたら可愛いバカじゃ!」
セリーナのバカ発言により、ラヴィのオーラが少し萎んだ気がする。
その隙を見逃さずにヤオは、すかさずこの場にいる全員の戦意を削ぐ発言を始めた。
「君達は神が自己中心的な行動で人間を創ったと聞いて何も思わないのかい?
これから君達が何を考え、どう生きようがそれは神のためでしかない!ネネのように愛する者達のために戦い、傷付き、命を落としたとしてもね!
だからもう君達人間を楽にさせてあげるって僕は言っているんじゃないか!」
ヤオは失言してしまった。この場に居るみんなは『ネネ』の話を出されて怒りが込み上げる。
まず動き出したのはアヤネであった。自分の母になり、問題を起こしがちな自分を最後まで親身になって守ってくれたネネの行動に対しての侮辱は、彼女の逆鱗に触れるには充分なものである。
「ヤオ様!いや!ヤオ!!あなたには本当に感謝しかない…。
でも…悪のヤオ!てめぇは別だ!ママの生きてきた道を否定するならぶっ飛ばしてやる!!」
アヤネはヤオの圧力を跳ね除けるように英雄のオーラを纏う。
その姿を見たシルバとエンジュも微かに笑みを浮かべながら立ち上がる。
「後輩達がこんなに頑張ってんだ!さすがにあーしらも負けてられないな!」
「そうね〜。引退前の大仕事といきましょうか〜。ネネがやってきた事を無駄になんかできないものね〜。」
ネネから想いを受け継いだ者達は理不尽に屈する事なく、ヤオへ反旗を翻す。
その光景を見たセリーナは、自分が思い描いてきた理想が現実になろうとしている事に気付く。
「お主ら…。やはり善の頃のヤオの行動は間違っておらんかったんじゃ!
この者達の姿を見てどう思う!?これでも人を諦めるというのか!?」
「そんなセリフは僕を倒してからにしてもらうよ!僕を倒せないようではまた負の歴史を人間は繰り返すだけさ!」
「ならば私達でお前を倒させてもらう!勇者として世界を守ってみせよう!!」
ラヴィ達が戦いを始めるために一歩前に進んだ時だった。遠くの空から巨大な黒い光が飛んできて悪の宝玉に吸い込まれていく。
「これは…恐怖の力か!という事は…アルマ君達が瑠偉を倒したんだ…。ちょっと予想外だったな…。まさか最強に近い存在として創ったあの瑠偉が負けてしまうなんて。」
「良くやったぞ!アルマよ!これでお主の味方はもう誰も残っておらんぞ!」
「信じていたよ。アルマ君達を…。」
「はっ!?一体何を言っておる!?アルマを信じていたとはどういう事じゃ!?」
セリーナは不思議な事を言い出したヤオを責め立てる。その発言に対してとてつもなく嫌な予感を感じたからだ。
その質問にヤオは、闇の宝玉を愛おしそうに撫でながら答える。
「実はね、瑠偉から恐怖の力を取り出すには倒すしかなかったんだけど…。どうにも息子のような瑠偉を僕が殺すには忍びなくてね。
瑠偉が興味を持っていた同じ魔王のアルマ君が彼を倒してくれる事を願ってたのさ。
まぁ…いざとなれば僕自身で殺していただろうけど…。
これで何の罪悪感も感じずに悪の力を取り入れる事ができるよ!」
「本当にお主という奴は…!!」
「『腐敗』と『支配』は後からで良いや。今ある悪の力だけで充分だ。」
そして、ヤオは闇の宝玉を持つと自分の胸にそれを当てる。
すると、闇の宝玉は強く黒い光を放ちながらヤオの身体の中へと入っていく。黒い光はヤオをどんどん飲み込んでいくと、それは繭のように形成されて最終的にはヤオの姿を包み込んでしまう。
不気味に宙に浮かぶそれを見たセリーナは焦り始める。
「しまった!このままではいかん!ラヴィ!聖剣であれを斬ってくれ!」
「分かりました!!」
繭に包まれた事によりヤオの圧が消えたので、ラヴィは青いオーラを聖剣に纏わせて、闇よりも黒いその繭目掛けて斬りかかる。
そして、驚くほど呆気なくラヴィの聖剣が繭を一刀両断すると、それは黒い紙吹雪のようになって空中に消えていく。
「やったか!?」
「分かりません!斬るには斬りましたが…手応えがありませんでした…。」
戸惑うラヴィであったが、すぐにある事に気付く。それはこの場に居る全員が感じた。
先程までの猛々しい圧ではなく、静かに…ただただ静かに空間を蝕んでいくような悪の気配。それは抗うことのできない病原菌のように辺り一帯を蝕んでいくようだった。
その発生源を確かめるため、ラヴィ達は上を見上げた。
そこには、全身をツルツルの黒タイツに身を包んだように真っ黒に染められた身体に、所々神文字を彫り込んだ白い紋様が刻まれている。
ヤオの面影は全くなく、のっぺらぼうの顔がこちらを向いている。その顔の口の部分に亀裂が入ると、大きく開いて口のようになる。
そして、その〝ナニカ〟が話し出した。その声は地の底から響くような怨霊の叫びのようだった。
「ようやく…悪神に堕ちる事ができた…。なんと清々しいんだろうか。
もう正義だ悪だと悩む必要もない…。あー…あとはこの世界を…いや…全ての世界を虚無へと誘うだけだ…。」
その話す一言一句全てに悍ましいほどの寒気を感じる。せっかくヤオの圧に対して対抗し動けるようになったのだが、それも虚しく今はまた誰も動く事ができなくなってしまっていた。
「おや、どうしたんだい?僕を倒して世界を救うんじゃなかったのかい?」
「く…動け…動くんだ…!私の身体!!」
全ての力を込めてラヴィはなんとか動こうとするが、なぜか縛られたようにピクリともしない。
それはラヴィだけではなく、アヤネやシルバ達にも等しく起きていた。
唯一、悪神からの影響に耐えているセリーナは、堕ちたヤオを見て涙を流す。
「本当に…本当にお主は悪神に堕ちたのじゃな…。」
「そうだよ。見てみなよ。あれだけ息巻いてた人間が地に足を縫い付けられたように動けない。当たり前だよね…。
『狂気』は『狂乱』に!『幻惑』は『幻想』に!
『天誅』は『天罰』に!そして『恐怖』は『震撼』に成長した!!
もう僕を倒せる者など存在しない!!」
そして、悪神の目の部分にも亀裂が入ると、そここら大きな一つ目がギョロリと全員を睨む。
「それじゃあ…お疲れ様…。」
悪神はその言葉と共に、悪の力を解放して地上のラヴィ達を飲み込み消し去ってしまった。




