第56話 勇者、神に説く
「僕はね、人を心の底から愛していたんだよ。」
悪に堕ちたはずのヤオの顔から慈愛の感情が見て取れた。一瞬であったが、その目が悲しみを帯びたように感じる。
だが、すぐに負の感情に支配されたように不気味な笑みに戻る。
「どんな世界の神も試行錯誤を繰り返しながら様々な生物を創ってきた。そして、最後に必ず辿り着くのが自分達を模した『人間』だ。」
「そうじゃ。結局世界を創り上げるには、わしら神と同じでなければ成り立たんかった。」
「僕の世界でも微生物や植物から始まり、色々な生物が誕生しては絶滅していったよ。」
「わしの世界も一緒じゃ。その名残りでドラゴンや魔物といった生物が存在しておる。」
「やっとの思いで誕生した人間をずっとずっと善の僕は見守ってきた。時には自由に生きさせ、何かあれば脅威から守り、人間達自身の意思でこの世界を作り上げる事をさせてきた。」
「知っておる。だからこそお主は良き神であったのであろう!」
「でもセリーナなら知ってるよね。人間は神の悪しき部分を色濃く受け継いでいる事に…。」
「それは…。」
淀みなく話していたセリーナが言葉に詰まる。後ろめたい気持ちがあるのか、真っ直ぐヤオを見ていた目を地面に落とした。
「僕達が人間を創る時、どうしても『良きものを創ろう』『未来はこうなって欲しい』という【欲】が強く出てしまう。
その欲が世界を創る人間にとって必要不可欠な事は分かってはいるんだ…その欲望が『好奇心』や『探究心』に昇華してくれれば良いんだけど…。
どうしてもその欲が『ただの欲望』に変わる。そうすれば人間は何をする?」
「……………。」
「戦争だよね!?人のモノを奪いたくなる!もっともっと自分達だけ裕福になりたい!
文明が進化する毎に、僕の世界の人間達はそれを何千年も続けてきた!
僕がどれだけそうならないように便利な物を与えても!人間はそれを兵器に変えてまた同じ歴史を繰り返し続ける!
僕だって『英雄』を創り上げた事もあった!そう!何人もね!
でもね、英雄に殺された側はその英雄を何て呼ぶか知っているかい?」
「分かって…おる…。」
「『悪』だよ!そしてまたその悪と呼ばれるようになった英雄や勇者を倒すためにまた別の英雄を創る!
もう本当に分からなくなったよ…。自分達 神を模して創った人間のはずなのに…。なんで人間は欲を制御できないんだって悩んだよ…。
でも答えは簡単だった。」
ヤオは両手を大きく広げて天に向かって叫ぶ。
「答えは神が最も欲深いからさ!!だってそうだろう!?神は自分達が力を得るためだけに世界を創る!!
『光』がなければ『闇』は生まれず、また『闇』がなければ『光』は意味を無くす。
善が当たり前になれば『善の力』は生まれないのと一緒だからさ!悪があるからこそ、善がそれを打ち倒し!人々は感謝しその事を崇める!
人が死のうが苦しもうがその輪廻を神は止めない!自分が生き続けるために!!
そんな神に似て作られたんだ!そりゃあ人間も何かをずっと欲し続けるはずさ!!」
「だから人を諦めたというのか!?」
「あぁ、そうさ。瑠偉という魔王を創ったが、それを打ち倒す英雄は創れなかったし…現れなかった。
だからそこのミユミユを魔王に仕立て、ネネを英雄として戦わせたが大した力は生まれなかった。」
「当たり前じゃ!そんな事で解決するはずがなかろう!!」
ミユミユは自分が今まで利用されていただけという事実に、悔しさで地面の砂を握りしめながら大粒の涙を流す。
「その間もこの世界のどれだけの人が殺し合いを続けて死体の山を築いていったか…。
だから今回、他の世界の魔王候補を連れてきたんだよ。そこに瑠偉を加えて最大の悪の祭典を開き、自分が完全な悪神に堕ちるためにね。
そのために『支配の力』を持つミユミユを再度利用したのさ。
でも、善の頃の僕がコソコソと裏で手回しをしたせいで計画通りとはいかなかったけどね…。
さぁ!!もういいだろう!!セリーナも薄々気付いているはずさ!人は変わらないと!!」
「そんな事はない!!必ず人は変わる!だからわしは最後の望みを込めてラヴィとアルマを生んだ!
現にこやつらは変わってきておる!
光と闇…その両方を併せ持つ勇者と魔王に!!そうすれば人は争わなくて済むようになる!!」
「じゃあ証明してみれば良いよ!僕という『魔神』を打ち倒し!この世界と君の世界を救ってみせてくれよ!!」
そして、ヤオが悪の宝玉から力を取り出そうと手に取る。
だが、ある者が振り絞った声でヤオに話し掛けてくるのを聞いてその手を一旦止めた。
「さっ…きから…!大人しく聞いて…いれば…!好き放題に…人の事を…語りやがって…!」
その声の主はラヴィであった。絶大なヤオの圧に抗いながら、徐々に徐々に立ち上がっていく。
そんなラヴィから怒りや悲しみの気持ちが大きく出ている事が分かる。
「へぇー。ラヴィちゃんに一番強く圧をかけているんだけど…そこから動けるし喋れるんだ。
さすがセリーナの世界の勇者だ。」
「ラヴィよ!無理をするでない!ここはわしに任せておくのじゃ!」
ヤオの感嘆とセリーナの心配を余所に、軽く膝を折り曲げながらもラヴィは立ち上がる。そして、聖剣の剣先をヤオに向けると精一杯の力で反論をする。
「お前は!間違っている!人はそんなに弱くない!」
「あはは!弱いに決まっているじゃないか!特に心がね!その証拠に過去ではずっと…。」
「うるさい!黙れ!!」
ラヴィはヤオが過去を語ろうとする事を割り込んで止める。
「なんだい?大人しく聞く事もできないのかい?」
「お前もミユミユも根本が間違っているんだ!過去過去過去過去とうるさい!!昔がどうだったなんてどうでもいい!!」
「何を言っている?過去があるからこんな事態になっているんだ!」
「違う!!!
大事なのは過去ではなく!現在であり!それを紡いで作る未来だろうが!!
お前達はいつまでもウジウジと引きずっているだけだ!!そんな者が何かを変える事などできない!!
生まれるのはミユミユのような復讐者だけだ!!
私の女神のセリーナ様はそんな事はしない!!
今も諦めずにエルサンガの人々や、私とアルマを信じていてくれている!!」
「ラヴィよ…。お主そこまで考えてくれておったのか…。」
ヤオの理論に押し切られ、理解できるその理論にセリーナの心は折れかけていたが、そのラヴィの一言で持ち直していく感覚を覚える。
ヤオは、自分からしたら暴論のように感じるラヴィの意見に怒りが込み上げてきた。
「たかが数十年生きただけのお前に何が分かるって言うんだい!?何も分からなさそうだから僕が教えてやろうと言っているんだ!」
「だからどうでもいいと言っているだろうが!お前もミユミユも回想なんかさせんからな!
しっかりと現在を生きて、最高の未来へと歩め!!」
ラヴィのオーラの青色が、青天のように色濃く変わっていく。




