第52話 魔王、命を賭ける
それは天から振り注ぐ絶望であった。雨粒のような黒い水滴が逃げ場などない広さで4人を覆う。
最も早く動こうとしたのはレナであった。キョウとの戦いで見せた超反応により即座に四足歩行の構えを取る。太ももが大きく膨れ上がり、地面が割れるほどの踏み込みを開始した。
だが、一見して分かった。脱出の目標である明暗の境界線までこの一発だけでは届かないということに…。
レナと紙一重の差で次に反応を見せたのはシルヴィアとノンノであり、シルヴィアは即座に弓から矢を作り、100m程先に居る瑠偉に狙いを定めた。
現在オーラに守られていない瑠偉ならば矢は届く。瑠偉さえ倒せばこの頭上を覆う能力は消えるはず、そう思って目一杯に弓の弦を引いて矢を放った。
シルヴィアが矢を放つと同時に、ノンノは地面に両手をかざして腐敗の力を使う。地面を腐らせてドーム状の壁を作ろうとするが、土ではなくアスファルトを腐らせるには時間が足りない。それが分かっていても、ノンノは微かな可能性に賭けて力を使う事を止めなかった。
そして、シルヴィアの放った矢が瑠偉には届かずに避けられた時、もうこの状況を打開する手は無くなり、全員が死を覚悟した。
――否…1人だけは違った…。
その1人が起こした行動を離れた場所で見ていた瑠偉の頬に一筋の汗が流れる。
驚きで目を見開き、苦笑いをしながら彼は呟いた。
「君は…本当に魔王なのかい…?」
その言葉が出た原因はアルマが起こした行動にあった。
それは黒い雨からレナ達全員を守るために、アルマはできるだけ大きくオーラを展開し覆いかぶさっている。
身を挺して誰かを守るなど、瑠偉は同じ魔王として信じられなかったのだ。
そして、無情にも黒い雨はアルマに死を届けるために展開したオーラを穿とうとする。
「ニャ!?アルマ!?アルマなら1人で逃げれたはずでしょ!?」
「そうよ!今からでもまだ間に合う!私達に構わず瑠偉を討ってきて!」
必死にそう訴えるレナ達に、見下ろしながら困った表情でアルマは答える。
「ふむ…。何故だろうな…。昔の我なら迷う事なく貴様らを見捨てていたはずなんだが…。」
そう喋る中、とうとう黒い雨がオーラを侵食し尽くしてアルマの体に直接振り注ぎ始める。
「勝手に体が動いた…などではない…。たぶん我一人では奴を倒せん…。本能でまだ貴様らが必要だと思ったのだろう…。
我ながら本当にどうかしている…。こんな姿…ラヴィに見せられんな…。」
レナとシルヴィアの眼に映るアルマの体が、どんどんドス黒く変色していく。
「自分の命を賭けてまで私達を守るなんて…。そんな魔王なんて聞いた事ない…。お願い…死なないで!もうすぐ雨は止むはず!こんな大技がそんな長い時間持つはずがない!」
「ンニャー!!アルマ!!頑張れ!!絶対に死んじゃダメだよ!!」
「我は死なん!
我がこの行動をした理由はもう一つある!それは魔女っ娘!貴様だ!まだなんとかできんのか!?」
先程から何も喋らずに必死で腐敗の力を使っているノンノに向けてアルマが聞く。
「待っ…て…!あと…もう…少し…!」
ノンノが全開で腐敗の力を使って、やっとの思いでアスファルトの地面を腐らせる。
「よし!いける!!」
そう叫んだノンノは、腐って柔らかくなった地面を素早くドーム状に形成した。
それは4人を包み込み、空中から振り注いでいた黒い雨を完全に遮断した。意志のない無機物を恐怖で侵食できない瑠偉の能力を防いだのだ。
4人は真っ暗闇の中で、しばらくドームの外側を打つ雨の音を静かに聞いていた。
この音が止まった瞬間、早急にアルマを助けなければならないため、急くその気持ちがレナ達の1秒を数分に感じさせる。
そして、ポツ…ポツ…と音は弱まっていき、とうとう外から雨音が聞こえなくなった。
それでも用心をして、ドームの天辺にほんの小さな穴を空けてノンノが外の様子を伺う。
どうやら覆っていた黒いオーラは消えているようで、外には明るさが戻っていた。
安全を確認すると、急いでノンノは能力を解除してドームを崩した。
視界が戻ったレナ達の目に映ったのは、自分達の横で倒れているアルマの姿だった。
アルマの身体には大きな黒い斑点が全身を埋め尽くそうとしている。
「ニャー!アルマ!大丈夫!?生きてるの!?」
「ノンノ!どうにかならないの!?」
「これは私の力じゃどうにもできないよ!」
そんなアルマの周りで慌てふためく3人を、悔しそうな表情で見つめる瑠偉の姿があった。自分ではまだ気付いていないが、瑠偉がこんな表情をするのは生まれて初めてだった。
「そんな…バカな…。決めにいった僕の攻撃を防ぎ切るなんて…。
アルマちゃんが自分を犠牲にしてあの子達を守らなければ終わっていたはずなのに…。」
瑠偉は歯を『ギリ…ギリ…』と食いしばりながら拳を強く握りしめる。その拳の間からポタポタと流れ落ちる血を見ると、彼がどれほどまでに悔しい気持ちを押し殺そうとしているのかがよく分かる。
「アルマ!!なんでだ!?なんでそんな役に立たない者達を助ける!?答えろ!!」
行き場のない想いがそうさせるのか、瑠偉が口調を荒げてアルマに問う。
そんな激昂したような瑠偉の質問に、ほとんど動かない体を無理矢理起こしてアルマは答える。
「くく…く…。それが分からぬようでは…まだまだ青いな…瑠偉よ…。
最初に言ったであろうが…我にとって見返りがあるなら…魔王として善き事もすると…。」
「見返りなんてないじゃないか!唯一僕を倒せる可能性のあった君が倒れただけだ!残ったそいつらに僕は絶対に倒せない!」
「いや…、こやつらが貴様を倒すのに…必要なのだ…。」
「は!?だから無理だって言っているだろう!!そんな奴らが束になろうとも…!」
瑠偉は激昂していて気付かなかったが、いつの間にかレナ達3人の胸元が光り輝き出している。
「なんなの…それ…?」
「どうやら…命を賭けた甲斐があったようだな…。」
そして、他人にも分かるぐらいに強く輝くレナ達の光は、大きな塊となってアルマの持つ宝玉に吸い込まれていく。
【善の力を手に入れました。 種類は―】
宝玉から告げたのは希少な種類の善の力であった。その力が詰んだ状況を覆す逆転の一手となる。




