第4話 勇者、メイドになる!
ピンと伸びた背筋、前に綺麗に組まれ重ねられた両手、まるでこの女性にだけ着られるがために作られたようなメイド服、美しい黒色のビオラを思わせるようなその全てにラヴィは目を奪われた。
そして、目の前の黒髪の女性は丁寧にお辞儀をすると、優しい笑顔でもう一度ラヴィに迎えの言葉を口にする。
「おかえりなさいませ、お嬢様。どうぞこちらへ。」
女性はスッと身を引くように横へ避けながら手を広げて席の方へと案内しようとする。ラヴィは女性の綺麗な外見と美しい所作に釘付けになっていたが、ハッと意識を取り戻して当初の目的を思い出す。
「い…いや!違うのだ!私はお嬢様でもなんでもない!ただ魔剣王ガイアスに用事があってここに参った所存で………」
ラヴィは言葉の途中で意識が遠く薄れだす感覚に襲われる。
(あ…あれ…なんだ…急に力が…このままでは…意識を…失い…そう…だ………)
こういった感覚をラヴィは今まで何度も体験をしてきた。それは魔王との激戦の後によく見られたものであり、力を使い果たしながらも魔王を撃退し、その後安心した時に倒れるように気を失っていた。
(そうか…転送される前にあいつと戦って…そのまま女神様に勇者の力を奪われたから…そしてこの女性の包容力のようなものに安心をして…不覚だった…私と…した事が……)
ラヴィは目の前が薄暗くなり、身体が前に倒れながらも自分の置かれている状況を把握したが、そのまま意識は途切れてしまった。
薄れていく意識の中、最後に聞いた言葉は『拙者のために!ここまで!』だった。不快感を覚えるその言葉と共に勇者は地に伏してしまった。
そしてラヴィは夢を見た。それは魔王軍によって国を蹂躙され逃げ惑う人々の中でラヴィは立ち尽くしている。ラヴィは一刻も早く人々を助けようと勇者の力を解放しようとするが、逃げる群衆の中から母と娘らしき2人組が出てきてラヴィにすがりつく。
恐怖の中で自分に助けを求めてきたのだろうと思い、『もう大丈夫だ!』とラヴィは母娘に声を掛けるが、2人から返ってきた言葉は予想外のものだった。
『もう…やめてください…勇者様…!』
恐怖で涙を流し、顔を歪ませて悲痛な訴えをする母娘に対し、ラヴィは言葉に詰まり何も声を掛けてやれなかった。まさか人々の恐怖は自分にも向けられているのだと気付いたからだ。
そこで夢は途切れ、勢いよく仰向けだった身体をラヴィは起こす。全身から冷や汗が溢れ、ショックによる心労で動悸が激しくなっている。
「ゆ…夢か…女神様に言われたことでこんな夢を…私は…勇者ではなかったのか…?」
ラヴィは頭を抱えながら自分に問いかける。そんな葛藤の中で苦しんでいると横から女性が声を掛けてきた。
「あら?もう大丈夫かしら?凄く苦しんでいたみたいだけど…。」
声のする方へとラヴィが目をやると、意識を失う前に見たメイドの女性の姿がそこにあった。落ち着いて周りを見ればいつのまにかベッドに寝かされていたみたいだ。どれほど気を失っていたのか、窓の外は日が落ちかけている。
「まさかあなたが私の看病を?」
「そうそう!突然倒れてビックリしたよー!すぐに救急車呼んだんだけどね、寝てるだけだから大丈夫って言うから私のお店の2階で寝てもらってたの!気分はどう?」
「そうだったのか…迷惑をかけたな…。これ以上迷惑はかけない…すぐに帰るから…。」
ラヴィは帰るという言葉を口にした瞬間ある事に気付く。自分にはこの世界に帰る場所などないという事に…。そして元の世界にも…。
そんな沈んだ表情で止まってしまったラヴィを見かねて女性は優しく声を掛ける。
「もしかして…帰る所ない?」
帰る場所がないという事が何かとてつもなく恥ずかしく、そして惨めに感じてしまったラヴィは俯いたまま返事ができずにいた。
「なんかね、あなたの格好がはじめはコスプレか何かかなって思ってたの。でも寝かせるのに脱がせたら全部本物の金属だったし、不思議に感じてたんだ。もし何かワケありなら…しばらくここにいる?」
服装の話をされてラヴィは初めて気付いたが、鎧などは脱がされてパジャマのようなものに着替えさせられていた。
「でも…私のような見ず知らずの者…怖くないのか…?」
いつもは自信に満ち溢れていたラヴィなのだが、今は先程の夢の影響か、自分を悪魔のように感じてしまって相手と目すら合わせることができない。
そんな落ち込むラヴィを見て女性はアハハと笑って頭を撫でる。
「私はね!人を見る目は人一倍凄いのよ!あなたはきっと良い人よ…。ただちょっと…頑張り屋さん過ぎるのかな?」
自分の事を全く知らないこの女性に、何故か自分が今1番掛けてもらいたい言葉を言われてラヴィは自然と涙が溢れてきてしまった。
「あらあら!私何か泣かせるような事言っちゃったかしら!?ごめんね!」
「い!いや!大丈夫だ!何で今涙が!」
人前だけではなく、今まで涙など流すことなくガムシャラに勇者として走ってきたラヴィには自然と流れる涙の意味がよく分かっていなかった。だが、涙が流れるほど心の何かがどんどん晴れやかになっていく感覚が今は凄く心地良かった。
腕で必死に涙を拭おうとするラヴィの頭を女性は優しく撫でながら言う。
「もし良かったらここでしばらく働いてみる?コンセプトカフェって言ってね、ここではメイドさんの格好をしてお客様を接客するの!きっとあなたにもとっても似合うと思うわ!それに帰る家がないならここで寝泊まりしても良いわよ!お風呂がないし…物置きで使ってたからちょっと散らかってるけど…。」
「コンセプト…カフェ…?よく分からないが見ず知らずの私が一緒に働いても良いのか?それに加えてここに住まわせてもらうなど…。」
「うん!歓迎するわ!自慢じゃないけどうちで働いてる子達はワケありの子が多いしね!それに、一生懸命働いてたらたくさん感謝もされるわよ!」
(感謝…善の力として集めることができるかもしれない…。)
ラヴィは自分のこの世界の目標のためにもここで働くのが吉だと思ったが、それ以上にこの女性に恩返しをしたいと心に強く思う。闇に堕ちてしまいそうだった自分を救ってくれたこの女性のために。
「分かった!ここで働き、住むことをこちらからも強く願う!メイドでもなんでもしようではないか!」
「よし!決まりね!私はネネっていうの。このお店のオーナー兼メイド長をしてるからよろしくね!」
「私はラヴィだ。何もかも分からぬ事だらけだがよろしく頼む!」
2人は少し遅めの自己紹介を済ませ、明日からラヴィがメイドとして働く事を約束するとネネは仕事があるからと部屋から出ていこうとする。
だがドアに手をかけた所でネネは振り返り、ある伝言を伝えてきた。
「あっ!そうそう!田中さ……じゃなくて、ガイアスさんから伝言があったのよ!」
「魔剣王からか!?なんと言っていた!?」
「えっとね、『倒れてしまうほど必死に拙者を追いかけてきてくれた事は感謝する。恋に焦がれる気持ちは痛いほど分かるが、一つずつ2人で乗り越えていこう。ではまた愛の女神が2人を引き合わすまで…アデュー…ドゥフww』って言ってたわ…。」
「やはりあいつは斬らねばならぬようだな…。」
「アハハ!じゃあまた明日の朝に起こしに来るからまだゆっくり寝ててね!」
そうしてネネは機嫌良さそうに笑いながら部屋から出ていった。
なんだかんだと一悶着はあったものの、勇者ラヴィは晴れてメイドとしてコンカフェで働く事が決定したのであった!!
コンカフェ嬢という職業が、不器用なラヴィにとってとてつもなく難しいということも知らずに…。




