第39話 獣王、吠える
――とある別世界の帝国で美しい狐の獣人が産まれた。しかし、物心がつく前に親に捨てられた少女は歓楽街の遊女に拾われ、両親の顔も知らないまま帝国の歓楽街で育つ事となる。
幼少の頃から男を魅了する不思議な空気を纏っており、男に夢や幻を見せ続けた女は、自分の持つ『幻惑』の力に気付き、いつしか夜の歓楽街を統べる遊女になっていた。
女の魅力は凄まじく、平民、貴族、そして皇族に到るまでその女に傾倒し、全員が持てるもの全てを貢いででも女を自分のものにしようとするほどだった。
そして女が25歳になる年、とうとう女の幻惑の力によって皇帝すらも自分の虜にし、国を裏で操る程の権力を手に入れる。
女が男に幻を見せ続ける1番の理由は自分に惚れた男の『破滅』であった。
女を崇め奉るように言い寄ってきていた男が全てを失い、呆然とした顔で自分の顔を見てくる時に女は強い快感を覚え、その愉悦に酔いしれる事が最大の快楽だったのだ。
そんな中、女を怪しみ、危険と判断した帝国の皇后が狐の討伐のために軍を編成する。
万を超える軍勢に対して女は幻惑の力で対抗するも、徐々に追い込まれてしまう。
そこで女が取った行動は、皇帝を幻惑で操り、帝国に伝わる宝刀を手に入れる事だった。
その宝刀の名は『月裂』。化け物じみた長さの刀身は月をも斬り裂くという伝説からその名を冠している。
月裂を手にした女は、剣の才でも無類の強さを発揮し、幻惑の力と合わさってなんなく万の軍を突破した。
闇夜に浮かぶ月が照らし出した女の姿は、長刀を携えて数多の死体の上に立ち、体は返り血で真っ赤に染まり、そこに妖艶さが加わって、戦いの最中であるにも関わらず多くの敵兵士を魅了したという。
その後、女は色々な土地を転々としているところをある者に拾われ、一本橋の世界へとやって来たのだった。
新たな獲物を探すために…。
――キョウが刀を構えると、そこから10体の幻が現れた。
「さて、そろそろ終わりにしんしょう。主さんとの戦いは中々楽しゅうござりんしたよ。」
「あちゃー…やっぱそうなるよねー…。10体の内の1人が本物とかさ…そんな戦い苦手なんだよね…。」
キョウは幻を使って円を作るようにレナを取り囲む。そしてキョウが詰みの攻撃を仕掛けようとした時だった、円の中心にいるレナは突然大声で笑い出したのだ。
「ニャハハハハハッ!!まぁいっか!苦手とは言ったけど、こういう追い込まれた状況は嫌いじゃないんだよね!乗り越えればもっと高みを目指せるから!」
「またそんな強がりを…それでは乗り越えてみせなんし!!」
レナを取り囲んでいたキョウが一斉に飛び掛かるように動き出す。1つでもミスがあれば終わりの状況でレナが取った行動は意外なものであった。
「野生の勘!!!」
レナはそう言いながらまず自分の背後から襲い来るキョウに思いっ切り蹴りを放つ。
その相手が幻ならそのまま蹴り飛ばされて終わりのはずだが、蹴りの標的は持っていた長刀でレナの蹴りを防いだ。
「ニャハ!正解だったみたいだね!」
「チッ!勘などとふざけた戦法を!たまたまでありんしょうが!」
「どうだろうね?なんならもう1回やってみれば?」
キョウは余裕の笑みを浮かべるレナに対して頭に血が昇り、一旦距離を置いた後にまた幻を出して攻撃をする。
だが結果は同じで、何度幻と同時に攻撃を仕掛けてもレナが1発目で本体を当てにくる。
「有り得ないでありんす…。幻を見切るなど不可能なはず…。どんな手を使っているのでありんすか?」
「ニャハハ!教えてあげないよ♪」
「そうでありんすか…ならば本気で幻惑の力を使いんしょう。」
キョウを取り巻く幻惑の赤いオーラが一層不気味に大きく広がると、さっきの十倍の数の幻が姿を現した。
「奥義『百鬼夜行』。百人のわちきから本体を探すなど不可能でありんしょう。」
「これは…ちょっとやり過ぎじゃない?」
実は、レナにはもう時間があまり残されていなかった。最初の斬撃での流血で体に力が入らなくなってきていたのだ。
(ニャ〜…アレを使える場面が作れたら良いんだけど…体が持つかどうかが問題だな〜。)
そしてとうとう百体のキョウの幻による集中攻撃が始まる。
レナからすれば、どこから本体の攻撃が来るか分からない以上、全ての攻撃を避け続けなければならない。
しかし、剣の天才でもあるキョウの剣撃を避け続けるなど不可能であり、時間が経つ毎にレナはキョウからの斬撃を食らい、致命傷は避けているものの気力も体力もどんどん奪われていく。
力が尽きかけたレナが前のめりに倒れそうになって踏ん張った所を、キョウが刀の切っ先をレナの首元に突きつけた。
それと同時に周りのキョウの幻は、結末を見届けるかのように静かに動くのを止めている。
「さぁ…終わりでありんす…。言い残す事はありんすか?」
「ニャ…ニャハハ…。さっさと斬れば…良いよ…。」
「戦いを楽しませてもらったお礼にわちきが珍しく慈悲を与えているのに…。」
「うるさいって!!さっさと斬れ!!ビビってんのか!?」
「ではお望み通りに!!」
次の瞬間、レナにトドメを刺そうと動いたのは目の前の刀を突きつけていた者ではなかった。
本物は後ろから飛び出してきて、レナを薙ぎ払うような構えを取った別のキョウであった。
しかし、そんなキョウの騙し討ちのような攻撃に気付いていたのか、レナは超反応で振り返ってニヤリと笑う。それを見たキョウは驚きを隠せない。
「なぜこちらが本体だと分かったでありんすか!?」
「最初の方で勘って言ってたけどあれは嘘!君は勝負を決めに来る時は必ず後ろから攻撃をしてくる!だから分かったんだよ!今まで裏でこそこそしてたからそんな癖が付いたとかじゃない?」
元いた世界でキョウが正攻法ではなく、裏から全てを操り国を乗っ取ろうとしていたのがバレているかのようだった。
それは臆していたからだろうと言われているような気がして、キョウの獣人としてのプライドは傷付けられ、それが怒りの感情に変わる。
「わちきの何を知っているのでありんすか!?今さらそんな動きをしても遅いでありんす!わちきの刃が先に主さんに届く!」
「今までは本体かどうか完全に確信できなかったから使えなかった技がレナにはある!怒りながら本当のトドメを刺しに来たお前は絶対に本体だな!
だからレナの切り札を見せてやる!!」
「無駄でありんす!どんな技か知りんせんが、居合の構えから放つわちきの一閃より速く動くなど不可能でありんす!」
そしてキョウがレナを両断する動きに入った瞬間、またもやキョウが予想もしていなかった意外な技をレナが放つ。
『グオォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!』
それは周りの建物の窓ガラスなどを衝撃波で一瞬で割り、大気が激しく震えるほどの咆哮であった。
レナはその規格外の咆哮を直接キョウに向かって放ち続ける。
咆哮を直撃したキョウの耳からは血が噴き出し、体全体を震わせる衝撃のせいで刀を振り抜く事さえできない。
「ぐっ!!なんでありんすか…!このバカげた威力の咆哮は!?身体が…痺れて動かないで…ありんす…!」
完全にキョウの身体が痺れて固まったのを確認したレナは咆哮を止める。
「ゲホッ!ゲホッ!やっぱこの技は1回が限界だ…。喉が潰れそうだよ…。
あっ!えっとね…今のはね―『獣王の咆哮』って技なんだよ。レナの国で王となった者だけが使える偉大な咆哮は相手を一定時間痺れさせ動けなくするんだ。
君の剣速がなんだっけ?さすがに音速には敵わないよね♪」
両腕を腰に当てて、勝ち誇ったように説明をするレナには王の風格が漂っていた。
王者ライオンの前に、狐の尻尾はゆっくりと下がっていくのが見えた。




