第34話 勇者は英雄を胸に前へと進む
ラヴィの右手の光が段々と落ち着いてくると、その手には前の世界で使っていた聖剣が握られていた。
聖剣の柄やグリップは曇りも汚れもない白色をしており、刀身には神の文字が刻まれて闇を照らすように銀色に輝いている。
「これは…聖剣…。」
「うわぁ…ラヴィちゃん…凄いね…。それならみんなを…守れるね。」
戦いの後の瓦礫が散乱する中で、聖剣の輝きに照らされたネネを抱いているラヴィ、その姿はまるで1枚の絵画のように見えた。
宝玉の善の力によって突然現れた聖剣にラヴィが戸惑っていると、『ゲホッ!ゲホッ!』とネネが吐血する。
「ネネ!大丈夫か!?」
「はぁ…はぁ…。ラヴィちゃん…最期にちょっと…聞いてね…。」
「最期とか言うな!ネネに死なれたら…みんなはどうなる!?」
「お願い…聞いてほしいの…。」
目の光を今にも失いそうな中で懇願するネネの顔を見ていると、ラヴィはその申し出を断る事はできず、涙を流しながら静かに頷いた。
「私は…元いた世界で…英雄として生きていたけれど…頑張っても…頑張っても…認めてもらいたい人に…英雄として認められず…何をすべきかの大義も見出だせず最後は自死を選んだの…。私にとって…英雄と呼ばれるのは…荷が重すぎた…。心が弱かったんだと…思う。私は…英雄になんてなれなかった。
でもね、ラヴィちゃんは違う…。あなたは…必ず立派な勇者になれるわ。」
「どうだろうか…。みんなの私に向けての想いを知り、今改めて聖剣を持っても自信が出てこない。勇者とは何なのか…それすら見失っているんだ。」
「大丈夫…。あなたは私とは違う…。初めて会った時に…言った…でしょ?私は人を…見る目があるって…。」
「でも!私は結局その期待に応えることができずにネネをこんな事に…!」
「さっきも…言ったじゃない…。私はあなた達を…あなた達の未来を…守れたから…満足なの。
だから…立ち上がれないラヴィちゃんに…プレゼントを…あげるね。」
そう言ってネネは微笑むと、ネネの胸から光が放たれて宝玉に吸い込まれる。
【善の力を手に入れました。 種類は信念。】
善の力を手に入れると同時に、さっきと同じようにネネからの想いがラヴィの心の中に入ってくる。
「これは…。」
「どう?伝わったかな…?それが…今のラヴィちゃんに…足りないものだと思うの…。失った…自信や…夢を取り戻すには…自分の中の揺るぎないものを…信じるの…。―できる?」
最後の最後まで優しく、母のように接してくれるネネの手をラヴィは強く強く握りしめる。
涙を流し、ぐしゃぐしゃになった笑顔でラヴィはネネに答える。
「あぁ!分かった!分かったよ!ネネの想いは私が受け継いでいく!なぜなら…!」
涙と悲しみで言葉に詰まったラヴィは、思いっ切り鼻をすすってから、ネネが今一番欲しい言葉を精一杯の笑顔で胸を張って伝える。
「なぜなら!!私は勇者だから!!!」
その言葉を聞いたネネは満足そうに笑うと、ラヴィの頭を撫でる。そして消え入りそうな声で最期の想いを伝えてきた。
「そうそう!ラヴィちゃんは…そうじゃないと…ね…。
みんなをお願いね…。特に…アヤネは…まだまだ…子供だから…。あの子に…愛してるって…伝えてほしい…。
じゃあ…ラヴィ……ちゃん……頑張…て……ね………。」
そしてラヴィの頭からネネの手が力無く落ちていく。全てを察したラヴィは、声にならない泣き声をあげながらネネの胸に顔を埋める。
自分の命を顧みずに守ってくれて、とても大切なものを教えてもらい、勇者としての道も示してくれた。
そんな恩人の死を、ラヴィは泣けるだけ泣いて受け入れようとしている。
そしてしばらく経つと、少し落ち着いたラヴィはゆっくりと顔を上げる。本当はこんな短時間で整理のつく出来事では無いのだが、ネネの想いを守るため、いち早くみんなの所へ向かわなければならないと思ったのだ。
ラヴィはネネの身体を大事そうに抱き上げると、会場の壇上まで運んでそこに寝かせる。
そしてネネの両手をお腹の上で組ませてから、綺麗なテーブルクロスを探してネネに丁寧に掛けた。
「すまない…ネネ…。今しばらくここで待っててくれ。すぐに全てを終わらせてみんなで迎えに来るから…。」
そして、ラヴィは聖剣をネネに向けてかざし、もう片方の手を胸に当てて弔いの言葉を送る。
「あなたは…私やどり〜むは〜とのみんなにとって本物の英雄だった。どうか…みんなを見守っててくれ。」
ラヴィはネネにそう言うと、完全に迷いの晴れた顔をして戦いに身を投じるため歩き出す。
勇者は今、英雄の信念を受け継ぎ覚醒する。
――一方、どれだけ経ってもアヤネ達がネネの所に辿り着けなかった理由があった。
それは会場へ向かう道の途中で、アヤネの前にはヨルカが現れ、レナの前にはキョウが現れたからだった。
――ここはアヤネのいる一本橋本通り。その道をアヤネが急いで走っていると、建物の陰からヨルカが現れる。
その姿を見て苛立ちを隠せないアヤネはヨルカを鋭く睨みつけた。
「おい、そこどけよ。うちは今最高にイライラしてるんだ。」
「それは無理アル。ミユミユからお前達を殺せって言われてるから…。」
「そうかよ!ならお前を瞬殺して先に進んでママの所に行く!前回のケンカと同じと思うなよ!」
アヤネは白い気を全身に張り巡らせて力強く構える。その白い気の激しい動きがアヤネの怒りを表しているかのようだ。
それに合わせてヨルカは、チャイナドレスのスリットから足を妖しく上げながら出すと、膝を曲げて鳥のように一本足で立って構える。
「私に勝てるわけないアル。」
「黙れよ。ないのかアルのかどっちだよ。」
――そして同時刻、レナの前にはキョウが狐の面を外しながら歩いてくる。
驚く事に面を外すと、キョウの艶のある黒髪から本物のキツネの耳が生えており、打掛からは大きな尻尾がユラリと現れた。
美しい真っ直ぐな黒い長髪には赤のメッシュが所々入っており、妖艶さを際立たせている。
「あれ?本物の獣人だったの!?」
「そうでありんす。主さんは死んでおくんなんし…。」
「ニャハハ!!ライオンが狐に負けるわけないよね!」
キョウが脱力したように長刀をダラリと構えると、レナは四足歩行に近い低さで獣のような体勢を取る。
「いかなる速さでも…メイド服を着たライオン如き…わちきの懐に入る前に斬り伏せてみせんしょう…。」
「ニャハ!じゃあやってみせてよねー!」
こうして、アヤネは一本橋本通りでヨルカと、レナはオタックロードでキョウと出会い―それぞれの戦いの火蓋が今切って落とされるのであった。




