第33話 勇者と倒れる英雄
晩餐会の会場は天井が落ち、壁は崩れ、床には抉れたクレーターがいくつもできている。
その中心でミユミユが血まみれになって倒れているネネを見下ろしていた。
「はぁ…はぁ…やっと倒れやがったか…。」
肩で息をしながらネネを見ているミユミユ自身も体中傷だらけになっている。そこに四天王のヨルカ、キョウもボロボロの状態で近付いてきた。
「こいつ…どれだけの化物アルか…。私もキョウも全身ガタガタアルよ…。」
「わちき達より酷いのはハルさんでありんす。向こうで倒れていて…もう虫の息でござりんす。」
ミユミユがその方向を見ると、晩餐会の端の壁にもたれ掛かって俯いているハルの姿が見える。
「チッ!言う事聞かずにネネに突っ込むからだ!おい!ノンノ!どこだ!?」
ミユミユが四天王の一角である腐敗の魔女ノンノの名前を呼ぶ。
すると、天井の穴から箒に乗ったノンノがフワフワと降りてきた。
「ごめんねー!戦いが凄く激しかったから避難してたの!だって私って戦闘向きじゃないしー!」
「だからって逃げてんじゃねーよ!」
「そんな事言ったって、すぐにそのメイドを倒しちゃうのかなって思ったら負けそうになってるし…。むしろ闇の宝玉の力が無かったら負けてたんじゃ…。」
「うるせぇよ!負けるなんて有り得ねーんだよ!このネネが強過ぎただけだ…。」
ミユミユはそう言いながらまたネネの方をチラリと見る。美しかったメイド服は破れ、全身血が滴っているネネの姿はミユミユの心を複雑な感情にさせる。
「くそ…本当はあたし1人でやりたかったが…。まぁ良い!ネネさえいなくなればもう勝ったも同然だ!
ノンノ!みんなの傷を治すんだ。まずはそこで死にかけてるハルから治してやってくれ。」
「はいはーい!じゃあみんなに治癒魔法かけちゃうね!」
ノンノはミユミユの命令に従って箒から降りると、ハルへと近付いてそっと両手で彼女の体に触れる。
そして『腐敗』の力を応用した治癒魔法を使うと、みるみる内にハルの傷が癒えていく。傷が癒えたハルは目を見開くと素早く立ち上がって叫びだした。
「くっそぉぉぉ!!!!僕が!!負けた!!なんで!?!?」
「うっせぇよハル。お前が1人でネネに勝てるならここまで策を練ってねーんだよ。」
悔しさを我慢できず、ガン!ガン!と床や壁を殴るハルを置いて、ノンノはミユミユ達にも治癒魔法をかけた。
傷の治ったヨルカは、感覚を確かめるために手を開いたり閉じたりしながらノンノに問いかける。
「なんで『腐敗』なのに傷を治せるアルか?」
「腐敗って別に腐らすだけじゃないのよ♪植物はある意味腐敗の力で大きく成長するでしょ?そういう事!」
「うん、何も分からないアル。」
そして全員の治療が終わり、ミユミユが片手を天に向ける、すると『支配』の力で操っていた人達が起き上がって建物の外へゾロゾロと出ていく。
「さて、あたしらの戦いに巻き込まれた人間共を起こしてどり〜むは〜とに向かわせる。それで奴らは詰みだ。」
「ゾンビみたいでありんすねー。」
「あたしらも向かうぞ。残ってる異世界人をブッ殺さなければならんからな。」
ミユミユが四天王達に指示をしようとしたが、それを無視したハルが群衆に紛れて飛び出して行った。
「全員僕が殺すから!!獲物はあげないからね!!」
ミユミユが止める間もなく、ハルの姿は彼方へと消えていく。
「あのバカは…!まぁもう大丈夫か。どり〜むは〜との異世界人相手ならあたしらが負ける事はない。」
「あの金髪の勇者は強そうに見えたアル。」
「あいつか、ただの欠陥品だよ。口だけの勇者に用はねぇよ。」
そしてミユミユは壇上の闇の宝玉の前まで行くと、ヨルカ達に命令を下す。
「あたしはここから宝玉を移動させる。その間に奴らを全滅させててくれ。頼んだぞ。」
「了解アル。」「心得たでありんす。」「じゃあ私は狙ってるとこに行こうっと!」
ヨルカ、キョウ、ノンノはそれぞれ返事をすると足早に目的の相手の所へと向かった。
ミユミユは闇の宝玉を手にすると改めてネネに言葉をかける。
「じゃあな…ネネ。せめてもの情けだ。お前をそのままにしておいてやる。それで…もし叶うなら誰か仲間に見つけてもらえ。」
ミユミユはそう言い残すとその場を後にした。
――ミユミユ達が会場から姿を消したすぐ後、会場の朽ちかけた扉が開く。入ってきたのはラヴィであった。
ラヴィは広い会場を見渡すと、中央付近に倒れているネネを見つけた。
急いで駆け寄りたいのだが、ある程度分かっている結果を現実にしたくない思いが足を重くする。
ゆっくり…ゆっくりとネネの姿の全貌が明らかになっていく。血溜まりに横たわっている姿は生きているのかどうかも分からない。
そしてやっと目の前まで着くと、胸が張り裂けてしまうほど鼓動は速くなり、ラヴィは溜まっていた不安で心が決壊して溢れ出る涙と変わる。
「あ…あ…、ネネ…。嘘だ…。目を開けてくれ…。お願いだ…。」
ラヴィはネネの横で崩れ落ちると、自分が血で汚れる事も意に介さずにネネの体を抱き寄せる。
「私は…私は何故残らなかった!何故誰も守れない…!何が勇者だ!何が…何が…。」
言葉にならない自分への怒りや失望で、ラヴィの心は限界を迎えてまた闇に堕ちそうになる。
だがラヴィは、暖かいものが自分を包み込んでいくような感覚になって目を開ける。
すると、そこにはネネが微かに目を開けてラヴィの頭を優しく撫でていた。
「ラヴィちゃん…来てくれた…のね…。ケガ…ない…?」
「ネネ!!生きているのか!?」
自分の事より先にラヴィの体の心配をするネネの優しさで余計に心が苦しく締め付けられる。
「今すぐルルの所へ連れて行くから頑張ってくれ!!死なないでくれ!!」
「ラヴィちゃん…あなたに…伝え…たい事が…あるの。」
「ネネ!もう喋るな!傷が治ったらいくらでも聞くから!今はもう…!」
その時、我を忘れるラヴィを落ち着かせるようにネネはラヴィの頬を優しく撫でる。
「お願い…聞いて…。今しか…ないの…。もう時間が…。」
ネネの命の灯が消えかかっている事をラヴィは分かっていた。だが受け入れ認める事ができない。それをしてしまえば自分が壊れそうな気がした。
泣きじゃくって何も答えられないラヴィにネネは続けて声を絞り出す。
「あなた…は…立派な…勇者…だから…自信を持ってね…。」
「そんな事はない!ネネを助けられなかった!勇者の資格などない!」
「私は…最後に…この世界の…希望になる…あなた達を守れた…。だから…悔いはないし…悲しんだりしないで…。」
ポタポタと溢れるラヴィの涙がネネの上へと止め処無く流れ落ちる。
「次は…勇者の…あなたがみんなを…守るの。あなたにしかできない…。」
「無理だ…!無理なんだ…!私にそんな資格は…!」
「それは…ラヴィちゃんが…気付いていないだけ…。どり〜む…は〜とに…集まったみんなは…あなたにもう…何度も助けられて…いるのよ…。」
ネネのその言葉と共に、ラヴィのポケットの中の宝玉が強く光り出す。その大きな光は打ちひしがれているラヴィの胸へと吸い込まれていった。
その光によって、今まで手に入れてきた様々な種類の善の力の想いがラヴィの頭を駆け巡る。
『感謝』や『信頼』など、その想い一つ一つに込められた相手の気持ちまで手に取るように分かった。
そして、壊れかけた穴ぼこだらけのラヴィの心を癒すように善の力が満たされていく。
そんな輝きに包まれるラヴィをネネは満足気な笑顔で見つめている。
「ほら…ね…。それは…ラヴィちゃんが…勇者として…立派に…歩んでき…た…証拠だよ。」
「これは…本当にみんなから私への想いなのか…。」
そして一際大きな光がラヴィの右手から放たれると、そこにはセリーナに取り上げられたと思っていた聖剣が姿を現したのだった。




