第31話 勇者、英雄からの継承
『アントーネ・ネスカル』、ネネの本名である。彼女は元いた世界でも貴族に仕えるメイドとして生きていた。
幼くして両親を亡くし、街のスラムで彷徨っているところを貴族である主人に拾われたのがきっかけだった。
ネネはメイドの仕事が大好きで誇りを持って働く普通の女の子だったのだが、1つだけ他の者達と違う部分がある。
それは生まれ持った戦闘のセンスと、英雄のみが纏うと言われる青白いオーラを操る事ができたのだ。
ネネは普通に暮らしたくてその事を隠し、拾ってくれた恩を返すために貴族の家でメイドをしていたのだが―ネネが18才になる年の事、主人と共に隣の国へと向かう途中に大規模な盗賊団に襲われる事件が発生する。
お尋ね者として有名で強力な盗賊団に、護衛を任されていた騎士団は歯が立たず、あわや全滅という所まで追い込まれてしまった。
このままでは大事な主人が酷い目に遭わされてしまう―そう思ったネネは自分の力を解放し、500人はいた盗賊団を壊滅にまで追い込んだのだ。
力を見せれば追い出されると覚悟していたネネの予想を裏切り、主人はネネの強さに大いに喜んだ。
それから主人は国王にネネの事を紹介し、ネネはそのまま国王直属の騎士団に入団する事となる。
本当は主人の下でメイドとして傍にいたかったのだが、騎士団で名声を上げる度に喜んでくれる主人を見ていると、ネネはその事を告げることができなかった。
そしてネネが20歳になった頃、隣国と外交のもつれから大きな戦争が始まる。
開戦直後はネネ達の率いる騎士団が大いに戦果をあげて隣国を押し込んでいたのだが、近隣諸国全てが隣国に戦争支援を始めると一気に立場が逆転してしまい、ネネ達は王都に籠城するしかないほど追い込まれてしまう。
このままでは国も主人も失ってしまう、そう考えたネネは単身で相手の軍を相手に戦う事を決意する。
ネネは今まで全力で英雄の力を使用した事はなかった。
理由は2つある―1つは集団戦に向かないという事、英雄の力は想像を絶する力なため、周りの味方も傷付けてしまう恐れがあったのだ。
もう一つはみんなから怖がられるのが嫌だった。自分が戦い荒れ狂うような姿を見られれば、みんな自分を恐れて離れていくのではないかと思っていたのだ。
しかし、ネネは覚悟を決めて万の軍にたった一人で立ち向かうのだった。
英雄のオーラを身に纏い、ただ真っ直ぐ敵を薙ぎ払いながら進み続ける。
長引けば自分が負けるのは目に見えていた。だからネネの狙いはただ1つ―『大将首』だった。
隣国の王は自国が優勢とみるや、相手の国の滅亡の瞬間を見るために戦場に出てきているという情報があった。
その情報は確かなものだったため、それを信じてネネはひたすら障害となる敵兵士を倒した。
自分の持っていた剣が耐えられずに折れればその辺に落ちている剣や槍を拾って戦った。
何千という兵士を斬り、全身傷だらけで痛みも疲れも感じなくなった頃、ネネの手には敵の大将である隣国の王の首が握られていた。
その時のネネの姿を見ていた敵兵士からは、その戦いの凄まじさから『戦乙女』と呼ばれるようになる。
見事単身で敵の軍を退けたネネは本当の英雄として迎えられる。
だが、敵の返り血で真っ赤になった姿は夕日に照らされている事も相まって、国王や主人からは悪魔のように見えてしまいその心に恐怖を植え付けた。
そこからは早かった。国王と主人は恐怖からか、ネネを度々たった一人で死地へと送るようになる。
ネネも主人達の気持ちに気付いており、身体も心も擦り減らしたネネは、大事にしていたメイド服だけを持ち出して国外へと逃亡する事にした。
そして、大陸の最東端に位置する断崖に着くと、ネネはメイド服に着替えてそこから身を投げた。望んでもいないのに生まれ持っていた『英雄の力』を呪いながら…。
そんなネネの姿と人生をずっと見ていた神は、自分が勝手に与えた英雄の力で苦しむネネを不憫に思い、ネネが死ぬ直前にコスモゲートを開いて平和な世界へと転移させることにした。
そこがヤオの管轄する世界にある一本橋だったのだ。そこからネネはヤオと出会い、今までの事を話すとヤオはメイドとして働ける場所を与えてくれた。
そうすると次第に心の傷は癒え、もう一度平穏に暮らしていく夢を持つことができるまでになった。
ネネはその大恩を返すためにヤオを新しい主人とし、時には戦うメイドとして支え続けて今に至るのである。
――そして現在。ネネは自分の居場所と、大切な仲間を守るためにまたたった一人で戦場に立っている。
ネネの英雄の力を警戒してミユミユは慎重になっていた。
しかし、15年前の戦いを知らない現四天王はネネを軽く見ているのか構えようともしない。
そんな中、我慢の限界を迎えていたハルがネネへと攻撃を仕掛ける。鉈の二刀流という特異な戦闘スタイルなためか、動きも奇抜で体操選手のような動きでネネへと近付く。
「僕の斬撃でそのメイド服を真っ赤にしてあげるね!!お揃いになろうね!!」
獣のような動きで四方八方から襲い来るハルの斬撃をネネは避け切れず、体の至る所に切り傷が増えていく。
そんな中でもネネがハルの動きを読んで反撃を試みるが、それはすでに残像であり、その隙に本体のハルは飛び上がりながらネネの背後を取って二本の鉈で首を刈り取ろうとする。
「はい!もーらい!」
「バカ!!ハル!!それはネネの誘いだ!!」
「え?」
ミユミユのハルに対しての警告はすでに遅かった。
ハルは完璧に背後を取ったと思っていたのだが、いつの間にかネネはハルの方へと体を向けており、右手に英雄のオーラを集中させてハルを打ち抜く構えを取っていた。
ハルの体はまだ空中にあり、地面に足がついていないので避ける事もできない体勢だ。
「あれ!?なんで!?」
「あなたの動きは何がしたいのかバレバレなのよね〜。そんなに首を刈るのが好きなの?
後ね…こんなに強い私に舐めプし過ぎよ!」
ネネは英雄のオーラを纏った右拳を思いっ切りハルの腹部へ打ち込む。
メリメリメリと音を立てながらめり込んでいく拳に、ハルは堪らず『ガハッ!』と吐血しながら会場の壁へと吹き飛ばされる。
「ふ〜、あら?一人一人戦ってくれるのかしら?それなら私も楽だし絶対勝てるから嬉しいんだけどな〜♪」
「ネネ、お前こそあたし達を舐めるなよ。」
ミユミユは不敵な笑みを浮かべながらハルが吹き飛ばされた方向を指差す。
すると、崩れた壁の瓦礫をガラガラと払い除けながらハルが立ち上がってきた。
「あー痛かったー!お姉さん凄いね!言われた通り僕舐めプやめるよ!こんなに刈り甲斐がある相手はいつぶりだろうな〜…。お姉さんの血…舐めたいな〜。」
そんなハルの姿を見て、ネネはこの戦いが始まって初めて背中に冷や汗が流れるのを感じた。
その理由は、さっきの一撃は確実に決める気で打ったはずだったからだ。
「あらあら〜…これはちょっと骨が折れるかもしれないわね〜。」
ネネは改めて自分が死地にいることを実感する。そんなネネをミユミユ達は少し距離を置きながら全員で取り囲む。
「じゃあネネ、今から全員でお前をやる。お前さえ倒せば終わりと一緒だからな。」
「私もまだ負けるつもりはないけれど…1つだけ言わせてもらうとね、私の可愛いあの子達はもっと強いからね!どり〜むは〜とはね!負けないの!!」
ネネはもう一度英雄のオーラを纏う。孤独の中、死を覚悟してでも戦うネネの姿は『戦乙女』そのものであった。
普通なら敬意を表すべきその姿に、ミユミユ達は残酷で無慈悲に襲いかかる。
(ラヴィちゃん…お願いね…みんなを守ってね…)
英雄から勇者へと想いが受け継がれる事を願い、ネネは咆哮をあげて立ち向かう。




