第27話 魔王と招待状
「アルマさーーん!!指名ですよーー!!」
白石がアルマを呼びながらトイレのドアをドンドンッと叩いている。白石の呼び掛けに返事は無かったが、しばらくするとゆっくりトイレのドアが開く。そこからちょっと涙目のアルマが出てきた。
「フハハハ…ゲホッゲホッ!とうとう我の時代がやって来たのだな!…ゲホッ!暇潰し程度に相手をしてやろう!オエ…。」
「いやいや、ヘルプでシャンパン飲まされまくって吐いてただけでしょーが…。6番テーブルで姫が待ってますよ!」
アルマは一旦水をガブ飲みして、口臭ケアをしてから姫の待つ席へと向かう。口臭ケアをしている魔王はアルマが初めてだろう。
そして席に着くと、そこには見知った顔の姫が座っていた。
「アルマ!久しぶり!」
「ほう、ユウナか。空を飛んだ以来か。」
「ごめんね。本当はすぐにでも来たかったんだけど会社の方が忙しくて…。でもね!アルマが私を励ましてくれたおかげで会社も順調なんだよ!」
「我は励ましたつもりはないのだがな。」
「相変わらず素直じゃないよね…。今日はアルマに話があって来たんだよ。でもその前に飲もっか!」
ユウナはそう言うと高級シャンパンを頼み、アルマと楽しく飲み始める。
そして少し落ち着き出したのを見計らってユウナが本題を持ち出した。
「アルマ、ちょっとこれを見てほしいんだけど…。」
そう言うとユウナが鞄から『魔界の晩餐会 招待状』と書かれた封筒を取り出した。その封筒は可愛らしい悪魔がモチーフのシーリングスタンプで閉じられていたようだ。
「なんだこれは?」
「私の会社が出資に参加したコンセプトカフェからの招待状なんだ。明後日の土曜日にプレオープンがあるみたいでこれが送られてきたの。」
「それと我になんの関係があるというのだ?」
ユウナは困ったような表情で、封筒の中から2枚の券を取り出した。そしてその1枚をアルマに渡す。
「1枚は私の名前が書いてあるんだけど…。」
「ふむ、こちらには『魔王アルマ様』と書かれているな。」
「でしょ!?私が招待されるのは分かるんだけど…なんでアルマまで名指しで招待されてるのかが分からなくて…。」
「それは当然我の名が広まっているからであろう!!フハハハ!!」
「それはないよ。魔王ってキャラが痛いホストがいるって噂ぐらいしか聞いた事ない…。」
ユウナの冷たい一言にアルマはしょんぼりしてしまっている。これでショックを受けるぐらい、最近はホストとして努力していたのだろう。
「でね。ちょっと怖いからどうせならアルマも一緒に行ってほしいの。」
「怖い?貴様が出資とやらをして協力したのではないのか?」
「この案件は私が直接関わってるわけじゃないんだ。他の役員が企画して投資するのを私が許可したんだよ。半ば言いくるめられる形でね…。」
「そういう事か…。良いだろう!こやつらが魔界などと名乗るなら我も放ってはおけんしな!我も同行してやろう!」
「ほんと!?アルマ大好き!」
「えっ!?す…好き…え…?我の…事…え?」
「いや…童貞かよ…。」
もう少しで最近まで『500歳童貞無職』だった事がバレそうになるアルマであったが、明後日の晩餐会には一緒に出席する事を約束し、その後はユウナとの時間を楽しんだ。
そしてユウナが帰宅し、店の入口でそれを見送ったアルマが店に戻ろうとすると、背後からいつもの嫌な気配が体に纏わりつくのを感じた。
アルマは振り向く事もせず、その気配の持ち主に声を掛ける。
「瑠偉か?」
「あは!凄いね!分かるんだ!」
「それだけ悪意を漏らしていれば分かるに決まっておろうが。我に何の用だ?」
「ちゃんとユウナちゃんから招待状受け取った?」
「なんとなく予想はしていたが…やはり貴様がこの一件に噛んでおったか。我に一体何をさせようとしている?」
「五右衛門町、一本橋、この界隈全体がお祭り騒ぎになるからね…。魔王のアルマちゃんが参加しない訳にはいかないでしょ!」
「貴様が関わっておるのなら我は行かん。勝手にせよ。人間の祭りになど興味はないわ。」
アルマがそう言い終わって店内に戻ろうとすると、瑠偉はアルマの逆鱗に触れるような事を言い出す。
「優愛ちゃん…可愛い子だよねー!今は花屋さんで働いてるんだっけ?両親と同じようにならなければいいね…。」
『ブチ…』という音がアルマのこめかみから聞こえた気がした。そして、アルマの顔がみるみる内に憤怒の表情へと変わった。あの光星へと向けたものよりも遥かに怒っているのが見て分かる。
「貴様っ!!!!」
そう言ってアルマが振り返ると、鼻先が触れてしまうほど近くに瑠偉の顔があった。ニコニコ気持ち悪く笑いながらアルマの憤怒にも全く臆していない様子だ。
その至近距離の瑠偉から発せられる気持ち悪さから逆にアルマが一歩退いてしまった。
「あはは!そんな逃げなくてもいいじゃん!」
「貴様…人間か…?」
「どうだろうねー。まぁ1つ言えるのは…この世界の者ではないよ!アルマちゃんもだよね…。あっ!この前の金髪姫もかな!?」
「何を企んでいる…?」
「『混沌』からの『新生』だよ!今言えるのはここまで!気になるなら…」
瑠偉はアルマにそっと近付く。そして怪しく挑発するようにアルマの耳元で囁いた。
「気になるなら…みんなのために…晩餐会においでよね…。」
そして、それだけ言い残すと瑠偉は店ではなく、五右衛門町の喧騒の中へと姿を消した。
いつのまにかアルマの中で怒りの感情は無くなり、代わりにある感情が膨らんでいた。
(冷や汗…手の震え…まさか我が奴に恐怖したというのか!?)
アルマは魔王としてのプライドをズタズタにされた気分だった。今すぐにでも瑠偉を追いかけて八つ裂きにしなければ気が済まない程である。
そしていつものアルマらしく考えるのを止めて、街ごと瑠偉を消し去ってやろうという破壊衝動が抑えられなくなってきた。
そんな事をすればセリーナに殺されるのだが、今のアルマにはそんな事を考える余裕など無かった。
それほどまでに瑠偉の行動はアルマの誇りを傷付けたのだ。
そして、アルマが持っている力の全てを解放しようとした時、聞き覚えのある女の子の声でアルマは目が覚める。
「あれ?アルマ?店の前でどうしたの?」
その声のする方へとアルマが目をやると、そこには小さな花束を持った優愛が立っていた。
「優愛…か…?」
「アルマ…どうしたの?そんな情けない顔して…。」
優愛のその一言でアルマはやっと気付いた。自分の顔が『怒り』『屈辱』などの感情が入り混じって、最終的には子供が悔しがっているような顔をしている事に。
「何かあったの?」
「いや…なんでもない…。優愛は大丈夫なのか?」
「あたしは大丈夫だよ!でもアルマが大丈夫じゃなさそう…。」
「…………。」
下を向いて何も返事をしないアルマの背中を優愛が思いっ切りバンッと叩いた。
「あたしの魔王様がそんな顔してどうすんの!!あたしの知ってる魔王様はもっと傲慢で自信に満ち溢れてるはずでしょ!!気合いだ気合い!!ほら!これあげるから元気出せ!!」
優愛がそう言いながら花束から赤い花を一本だけ取ってアルマに渡した。
「なんだこれは?」
「ガーベラ!綺麗でしょ!あたしが今1番好きな花!」
アルマは人間に励まされた事などなかった。むしろ余計プライドに傷が付くはずだった。
だが、優愛からの励ましは今のアルマにとって心地良いものであり、さっきまでの嫌な気持ちが晴れていく気がした。
「クククク…そうだな、我は魔王だ!あんな人間に恐怖するなど有り得ん!!良いだろう!!とことん付き合ってやろうではないか!!我から何も奪わせはせん!!全て守ってみせよう!!」
「守る?」
アルマは自分の口から自然と出た『守る』という言葉に驚いた。その対象の1人が目の前にいて不思議そうな目で見ている。
しかし、今立ち直れたのは間違いなくその『守る』という気持ちのおかげだった。
「わ…我のために守ると言ったのだ。人間共のためだとは言っておらん!だ…断じてな!」
「アハハ!まぁよく分かんないけど元気出たみたいで良かった!あたしは店に戻らないとだからまたね!頑張れよ!魔王様!」
そして優愛は早足気味に自分の店へと戻っていった。
(さっきは味わった事のない気持ち悪さに押されてしまったが…次はこうはいかんぞ!瑠偉め、覚悟しておれ!次に魔王の力に恐怖するのは貴様だ!)
なんとか持ち直したアルマは、優愛から貰った花を大事そうに持ちながら店の中へと戻る。
優愛がアルマに渡したガーベラの花言葉は『希望』や『前進』。
アルマはその花言葉を知らなかったが、花言葉に込められた優愛の気持ちを確かに受け取り、前へ進むために大きく成長するのであった。




