第25話 勇者と猫耳メイド
一本橋近くの道場から激しい格闘音が鳴り響いている。この道場はネネの知り合いが家主であり、今では空手や柔道教室なども生徒が減ってしまい、空き家同然で放置されていたのだが、週に一度だけアヤネと猫耳メイドのレナが暴れるために使わせてもらっているのだ。
そんな2人が道着に着替えて大立ち回りをしているのをラヴィが道場の隅で見学している。
そんな中、道場を壊さぬ程度の力でアヤネがレナに向かって猛攻を仕掛けているが、レナはそれをひらりはらりと柔軟に体を動かして避け続けている。
それに業を煮やしたアヤネが大振りの蹴りを放つが、その隙を突いてレナの右ストレートがアヤネの顔面を捕らえる。その拳はピタリとアヤネに当たる寸前で止められ、拳圧で生まれた風がフワリとアヤネのポニーテールを揺らした。
「くっそ!!また負けたか!!気さえ使って良いなら勝てるのに!」
「ニャハハ!仕方ないよね!アヤネがあの白いの纏ったらこの道場が壊れてしまうもんね!」
レナが笑って勝ち誇りながらお尻から生えている尻尾をユラユラ揺らし、茶髪の頭からは可愛い猫耳がピョコンと出てピクピク動いている。レナのウェーブのかかったボブの髪型にピッタリの猫耳だ。
この風貌なので当然こちらの世界が生まれではなく、どり〜むは〜との漂流者の一人だ。店では猫のコスプレをしているという事になっている。
本名は『レナ・ライオネル』と言い、前の世界では『千獣の王国』という所で獣人として生まれる。力ある者が王となるその王国でレナは無敗を誇り、敵のいなくなった祖国を出て流浪の旅へと出た。
その旅の中でもレナの相手になる者はおらず、レナはとうとう禁忌とされている『神の化身』への戦いを実行するのだ。
神の化身はレナが居た世界の神が創り出したゴーレムであり、世界の秩序を守るガーディアンの役割をしていた。神の代理とも言えるそのゴーレムは、人々から恐れられると同時に崇められる存在でもあった。
そんな神の怒りを買いかねない暴挙でしか、レナの強さへの渇望は満たせなかったのだ。
神の化身の姿はこちらの世界でいう『アヌビス』のような見た目をしており、人型の黒いジャッカルが金の装飾を身に着けている。
レナと神の化身の戦いは両者とも譲らず三日三晩も続いた。はじめこそ神の化身に手も足も出なかったレナであったが、戦いの時間を重ねる毎に神の化身の高みに近付いていき、戦いの天才としての才能を発揮し始めた。
そして、神の化身を倒すまで後もう一撃というところで激怒した本物の神が現れ、レナは神から瀕死になるほどの攻撃を受けた後、ランダムにどこかへと繋がったコスモゲートに放り込まれて偶然この世界へとやって来た。
ボロボロだったレナをヤオが保護して傷を治し、そのままネネの所へ連れて行き今に至る。
――アヤネとの運動が終わった後、どこか消化不良気味に天井を見ているレナにラヴィが声を掛けた。
「しかしレナは強いな。獣人とはいえ猫なのになんでそんなに強いんだ?」
「ニャ?レナは猫じゃないぞ。ライオンの獣人だぞ。だから王になるためにいっぱい修行したんだよね!」
「ライオンだったのか…。しかしまだ暴れたりないようだな?どうだ!私とやってみるか?」
「えっ!?良いの!?やるやる!!」
「よし!では少し待て!わざわざ寸止めしなくて済むようにしてやる!」
「えーーーー!!どうやって!?」
そしてラヴィはポケットから宝玉を取り出してセリーナへ連絡しようとする。アヤネは宝玉が何か分からなかったのでラヴィにそれが何か聞く。
「なんだ?その綺麗な宝石みたいなのは…。」
「これか?金玉だ。」
「はぁ!?なんて!?」
「金玉だ。私の中で大事な大事な金玉なんだ…。」
愛おしそうに頬を赤らめてそう語るラヴィにアヤネはドン引きして言葉が出てこない。
そしてラヴィは宝玉に向かって何やらボソボソと電話をするように話し掛けている。
「あ…女神様ですか…実はかくかくしかじかで…本当ですか!?ではお願いします!」
そう言い終わるとラヴィは宝玉をポケットに入れ、レナに今の会話の説明をする。
「今から女神様がここに来て結界を張ってくれるみたいだ!本気で暴れても大丈夫なようにな!」
「あー!あのセリーナちゃんだよね!?あの子が女神様って聞いた時はビックリしたよ!」
「それは異世界から来た人間以外には内緒だからな!」
「分かってる分かってる!ワクワクするなぁ!!」
――20分後。ブスッとして不機嫌そうな顔をしたセリーナが道場へとやって来た。
「お主らはわしが便利屋か何かと思っておらんか?」
「女神様、すみませんでした。しかし女神様ならこの道場で私とレナが戦っても大丈夫なようにしてくれるかと思いまして…。」
「セリーナちゃんごめんねー!でも怒った顔もやっぱ可愛いーねー!」
「レナ…お主はそんなんだから神にボコボコにされるんじゃぞ!」
「ニャハハ!あれにはさすがに勝てなかったよね!」
「神をあれ呼ばわりとは…まぁよい!この道場に強化結界を張るから少々暴れても大丈夫じゃ!さっさっと終わらせるのじゃぞ!」
そしてセリーナが神々の言葉で呪文を唱えて両手を床に触れる。するとそこから青白い光が道場に広がると、外界と遮断されたかのように道場の周りからの音が聞こえなくなった。
「ほれ、もう良いぞ。始めよ。」
セリーナがわざわざここまでしたのには理由があった。
先日、ネネに女神とバレた後、異世界から来た4人にのみ自分の正体を明かしている。それは来たる悪神との戦いの時に戦力になってくれるだろうと思っての事だった。
そこで、ラヴィとレナが戦えばどれぐらいの実力か測るのに丁度良い機会になると思い、セリーナは協力を了承したのだ。
そして開始直前――『ちょっと待ってくれ。』とラヴィは言うと道場の隅に歩いていく。そこには捨てられたかのように置かれている古びた竹刀があり、ラヴィがそれを手に取って軽く構えてみる。
「うむ!やはり剣は良いな!しっくりくる!ではレナよ!始めようか!」
「うん!!やろう!!」
レナは開始と同時にラヴィへと一直線に突進する。だが、背中にゾクゾクッと悪寒が走って冷や汗が出るのを感じ、直前で一度急ブレーキをかける。それを見たアヤネが顔を歪ませながらボヤく。
「あれだよあれ…。ラヴィが剣を構えるととんでもない圧を感じるんだ。飛び込めば確実に斬られてしまうような…。」
「あのバカはあれでもわしの世界の勇者じゃからのー。」
そして、ラヴィは飛び掛かってこなかったレナを煽るように言う。
「どうした?怖いのか?」
その一言にレナは両手で自分の頬を『パーーンッ!!』と叩くとニヤリと笑う。
「ニャハハ!ごめんね!ちょっとナメてた!じゃあ…本気でいくよ!」
すると、レナは思いっきり床を踏み込んでラヴィの剣の間合いの内側に入る。セリーナが強化していなければ、その踏み込みだけで床が半壊しているほどの勢いだった。
(おいおい…一瞬で私の間合いの中に…瞬きする暇もないな!)
そして、全開の力を拳に乗せてレナがラヴィへとパンチを放つ。それに合わせてラヴィは瞬間的に半歩下がり、間合いを取って竹刀でそれを受け止める。
竹刀と拳がぶつかり合った衝撃は、まるでミサイルが撃ち込まれたかのような爆発を起こす。
「あいつら!!化物かよ!!」
爆風から腕で顔を守りながらアヤネが叫ぶ。そんなアヤネをよそに、レナは床、壁、天井など全てを使って縦横無尽にラヴィを攻め続ける。
その動きは拳法の達人であるアヤネがギリギリ目で追えるかどうかのスピードで、しかもその一撃一撃はどれも地面を抉るほどの威力を伴っている。
「レナの野郎!ラヴィを殺す気か!?女神様!止めなくて良いのか!?」
「まぁ大丈夫じゃろ。」
「はぁ!?どこが大丈夫なん……。」
アヤネの言葉が止まったのは、レナの猛攻を受けているラヴィを見たからだった。
ラヴィはレナの全ての攻撃を竹刀で受け切っている。レナの一撃に合わせて剣を振り抜いて威力を相殺していたのだ。
その後も、辺り一面に爆風を巻き起こしながらラヴィとレナの激しい攻防は続き、何百回目かの拳と竹刀がぶつかり合った時に、ラヴィの竹刀は衝撃に耐えられなくなって弾け飛んでしまう。
「そこまでじゃ!」
竹刀が弾け飛ぶと同時にセリーナが終了の声を上げた。その声に反応してラヴィとレナはやっと戦う事を止める。
「ふーーー、武器を壊されてしまった私の負けだな。レナは強いな!」
「ニャハハ!それを言うならレナも一緒だよ!もう拳が血だらけで限界だったよ!」
「うむ!今回は引き分け!というところじゃな!もうわしの結界も限界じゃったし丁度良かったわ!」
この戦いでレナの強さを確認できたセリーナは満足気だった。レナも久々に全力近くまで暴れる事ができて上機嫌である。
その中でアヤネだけが不満気にふくれっ面をしている。
「うちだって気を使えばもっと戦えるのに…!」
「それは私がよく分かっている。この前銭湯近くで立ち会った時のアヤネの強さは私達となんら遜色ないぞ。」
「は!?う…うるせぇよ!」
あっさりとアヤネの強さを認めるラヴィに、アヤネは照れているのがバレないように背を向ける。
「ニャハハーー!!気持ち良かったーー!!またやろうね!ラヴィ!!アヤネもね!!」
そう言いながら、思いっきり両手を上げて全身を伸ばしているレナから光が現れて宝玉へと吸い込まれていく。
【善の力を手に入れました。 種類は解放。】
こうしてレナは今まで我慢してきた力を解放し、スッキリした顔でラヴィとアヤネと一緒にどり〜むは〜とへと出勤するのであった。
この先、一緒に戦うであろう信頼できる仲間として…。




