第四話 宿屋の看板娘と強制フィルタリング
鉄の剣を手に入れたアレンは、意気揚々と村の宿屋に足を踏み入れた。 カウンターには、この村でも評判の美少女である看板娘が立っている。 アレンは鼻の下を伸ばし、さっそく声をかけようとした。
「よお、姉ちゃん。俺は未来の勇者だ。今夜、俺といいこと……」
俺は全身の回路に電流が走るほどの危機感を覚えた。 こいつ、初対面の相手に何を言い出すんだ。 俺は即座に、アレンが発声しようとした言葉の選択肢を視界に展開し、最悪なものをすべて不可視化した。 そして、画面中央に一つのボタンだけを巨大なサイズで表示した。
おすすめの挨拶。これを言えば好感度が爆上がりします。 ボタンを連打してください。
「あ、いや、ええと……いつもお仕事お疲れ様です。ここの宿は、看板娘さんが綺麗だって評判ですよ」
俺が用意したテンプレート通りの言葉を、アレンが口にする。 看板娘は驚いたように目を見開き、それから顔を赤らめて微笑んだ。
「あら、嬉しい。勇者様なのに、とっても丁寧な方なのね」
よし。第一関門突破だ。 だが、アレンは予想を遥かに超えるバカだった。 彼は褒められたことに調子に乗り、俺の静止を振り切って独自の行動を取り始める。
「へへ、だろう。お礼に俺の筋肉を見せてやるよ。脱いだらすごいんだぜ」
アレンが服の裾を掴み、一気に捲り上げようとした。 宿屋の空気が一瞬で凍り付く。 俺はコンマ一秒の速さで、彼の視界全体に「モザイク処理」のレイヤーを重ねた。 さらに、看板娘の顔の上に、偽のダイアログボックスを出現させる。
警告。相手の視力に異常が発生しました。 今すぐ服を整え、誠実な態度を見せないと、宿代が十倍に跳ね上がります。
「ええ。十倍。それは困る。えっと、ごめん、今のは筋肉の調子を確認しただけなんだ」
慌てて服を整えるアレン。 俺は追い打ちをかけるように、看板娘の手元にある台帳を指し示した。
ここに署名してください。 丁寧な字で書けば、朝食に特製オムレツが追加される可能性があります。
「オムレツ。いいな、それ。俺、字には自信があるんだ」
アレンは舌を出しながら、一生懸命に自分の名前を台帳に書き込んだ。 その様子は、勇者というよりは、学校の宿題に取り組む小学生のようだった。 看板娘はその必死な姿を見て、クスクスと笑い声を上げた。
「ふふ。面白い人。いいわよ、特別に一番良い部屋を安く貸してあげる」
アレンは鼻高々に鍵を受け取った。 自分の失態をすべて俺のデザインがカバーしていることなど、微塵も気づいていない。 俺は、この先このバカを導いていく道程の険しさに、少しだけシステムログが涙で滲むような気がした。
後書き メインメニュー(主人公)
お疲れ様です。メインメニューです。 今回の勇者の行動、いかがでしたでしょうか。 筋肉を見せようとしたときは、さすがに処理落ちするかと思いました。 もはやナビゲーターというより、保護者か介護士のような気分です。 ですが、彼がバカであればあるほど、私のデザインした「誘導」が鮮やかに決まったときの快感はひとしおです。 次回はついに村の外へ。 モンスターとの本格的な戦闘が始まります。 戦術の欠片もないアレンを、画面表示だけでどうやって戦わせるか。 私のUI設計の真髄をお見せしましょう。




