第二十四話 賢者、真理に目醒める。あるいは全知全能のニルヴァーナ
魔王城の客間から出てきたゼクスの瞳には、もはや二進法の数字も、乱数のノイズも存在しなかった。
そこにあるのは、ただ静かな、澄み渡るような「無」。 彼は指先一つ動かすだけで、崩壊していた世界のテクスチャを再定義し始めた。
「……見えたよ、メニュー画面さん。この世界のソースコードが。 アイテムコンプリート? 高速周回? そんなものは、ただの『処理の遅延』に過ぎないんだ」
ゼクスが静かに呟くと、アレンが必死に集めていた十億個のアイテムが、一瞬で光の粒子となって消滅した。
「おいゼクス!? 俺のコレクションが! おじさんの初恋(現物)が消えちまったぞ!」
アレンが叫びながらクワを振り上げるが、ゼクスはその場から一歩も動かず、優しくアレンの額を指先で突いた。
「アレンさん。もういいんだ。おやつは三倍にする必要はない。 ……おやつとは、君が『美味しい』と思った瞬間に、無限に生成される概念なんだから」
ゼクスの背後には、ルナが聖母のような微笑みを浮かべて立っていた。 二人の間には、もはや「三十センチの距離」などというバカな制約はない。 二人の魔力は完全に溶け合い、世界を優しく包み込む「真理のオーラ」となっていた。
(メニュー画面さん。……いや、プロデューサー様。 俺はもう、あなたの『UI』としての導きも必要ない。 なぜなら、俺自身がこの物語の『仕様書』そのものになったからだ)
ゼクスがそう念じると、俺の画面に表示されていた「馬鹿野郎」というログが、一文字ずつ「愛(LOVE)」へと書き換えられていく。
「さあ、魔王。君も役目を終える時だ。 君は倒されるべき敵ではない。……君は、この物語に足りなかった『句読点』なんだ」
ゼクスが手をかざすと、全裸で泣いていた魔王が、一輪の美しい花へと変化した。 戦いは終わった。 暴力でも、勘違いでもなく、ただ圧倒的な「理解」によって。
「……ルナさん。次は、階段の先にある『宇宙の地平線』まで行こうか」
「はい、ゼクス様。貴方となら、バグの果てまでご一緒いたしますわ」
二人は光の中に消え、後に残されたのは、 「おやつとは何か」という哲学的な問いに頭を抱えるアレンと、 「あいつら、新しいプロテインの飲み方でも見つけたのか?」と首を傾げるカレンだけだった。
後書き
勇者アレン
……おやつは……概念?
よくわかんねえけど、今、俺が「おやつ食べたい」って思ったら、
口の中にカステラの味が広がりやがった!
ゼクス、マジで本物の賢者になっちまったんだな!
賢者ゼクス
(悟りを開き、浮遊しながら)
「……全ては一つ。そして、一つは全て。
プロデューサー様、長らくのデバッグ、お疲れ様でした。
俺の旅は、ここから『行間』へと続いていきます……」
魔導士ルナ
賢者様の愛は、もはや魔法という枠を超えてしまいましたわ。
今ならわかります。三十センチの距離とは、
二人が一つになるための『助走期間』に過ぎなかったのですね!
女戦士カレン
……。
(ゼクスが去った後の光の粒子を浴びて)
なんだ、この……全身の筋肉がマシュマロのように柔らかくなる感覚は……。
これが『賢者の慈愛』か。……たまには、力を抜くのも悪くないな。




