第十一話 高級レストランと黄金のスープ
迷宮で手に入れたお宝を換金し、一行は街で一番の高級レストラン「銀の匙亭」を訪れた。
慣れない豪華な内装に、アレンは落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回している。
「おい、見ろよゼクス。椅子がふかふかすぎて、座ると身体が沈むぜ! これ、底にスライムが隠れてるんじゃないか?」
(……アレンさん、それはただの高級なクッションです。あと、大声でスライムとか言わないでください。店員さんが怯えてますよ)
ゼクスが必死に小声でたしなめるが、アレンの暴走は止まらない。
テーブルには、指を洗うための水が入った器、フィンガーボウルが運ばれてきた。 アレンはそれを両手で恭しく持ち上げると、目を輝かせた。
「さすが高級店だ。前菜の前に、まずこの『黄金のレモン水』で喉を潤せってことだな!」
(ダメだ! それは飲むもんじゃない!)
ゼクスが手を伸ばすより早く、アレンが器を口に運ぼうとする。 俺は即座に、アレンの視界にあるフィンガーボウルを、どす黒い「毒物」のような色に加工した。
警告。 それは「魔力の不純物」を吸い取った廃棄液です。 一口でも飲めば、向こう三日間、あなたの筋肉はふにゃふにゃになり、可愛い女の子にモテなくなります。
「ぶっ!? 毒かよ! 危ねえ、あやうく勇者の輝きを失うところだったぜ!」
アレンは慌てて器をテーブルに戻した。 店員が怪訝な顔をするが、俺はすかさず店員の頭上に「偽のセリフ」を合成した。
「……流石は勇者様。その水に潜む『魔力の淀み』を見抜かれるとは。ぜひ、その水で指を清め、浄化してやってください」
「おう、そうか! 浄化だな! 任せろ!」
アレンはバシャバシャと豪快に指を洗い始めた。 それを見たルナとカレンも、感銘を受けたように自分の指を浸す。
「まあ、指先から魔力を清めるなんて……。アレン様の作法は、常に次元を超えていますわ!」
「うむ! 爪の間に溜まった戦いの汚れが、聖なる水に溶けていくようだ! 素晴らしい武人の嗜みだな!」
(……ただの食べカスが落ちただけだろ。メニュー画面さん、あいつら、もう指を洗うどころか腕まで突っ込みそうなんだけど。今のうちに次の料理を運ばせてくれ!)
俺は厨房のオーダーシステムに干渉し、大至急メインディッシュを運ばせるように仕向けた。 これ以上、彼らが「飲み水」と「洗い水」の区別がつかなくなる前に。
後書き 銀の匙亭・密談
勇者アレン
あのレモン水、危なかったぜ。 見た目は美味そうだったけど、筋肉がふにゃふにゃになるなんて、魔王の罠より恐ろしい。 やっぱり、高級店ってのは油断も隙もねえな!
賢者ゼクス
「アレンさん、流石の危機管理能力でしたねぇ……」 (……危なかったのは、お前の社交界での評価だよ。メニュー画面さん、サンキューな。あいつ、次はフォークを投げて敵を倒そうとしないか、それだけが心配だぜ)
魔導士ルナ
指を洗う仕草一つとっても、アレン様には無駄がありませんでした。 あの水の波紋……、あれは古代の魔法陣を描いていたのですね。 私も見習って、毎朝の洗顔で陣を描くことにしますわ!
女戦士カレン
まさか、食事の前に指の筋肉を冷却する工程があるとは。 冷やされた指先が、フォークを握る力をより強固にしている。 これぞ、美食と武術の融合だな! 素晴らしい!




