第一話 その転生は、突然の起動から
意識が戻ったとき、俺は誰かの目の前にいた。 いや、正確には空中に浮いていた。
手足の感覚がない。声も出せない。
まぶたを開け閉めする感覚すらない。
ただ、視界の端に自分の体らしきものの情報が、文字情報として浮かび上がっている。
システムバージョン 一・〇二 起動完了 個体名 メインメニュー
は……?
と声を上げそうになったが音にはならなかった。
俺は、メニュー画面になったのか。 過労死した直前の記憶はある。
アプリ開発のデスマーチ。徹夜続きで修正した、誰にも使われない機能満載の仕様書。
そして今、俺は誰かの視界に、青半透明の板として浮かんでいた。
目の前には、ファンタジー映画に出てくるような革鎧を着た金髪の少年がいる。
顔立ちは良い。だが死ぬほど悪い予感しかしない。
典型的な、自分の強さを過信している愚か者の顔だ。
「よっしゃあ。異世界召喚キタコレ。まずはステータス確認だろ。ステータスオープン」
少年が叫ぶ。
その瞬間、俺の体が勝手に展開する感覚があった。
俺の意識とは裏腹に、俺の体である画面には少年の能力値が表示された。
名前 アレン
職業 勇者
レベル 一
体力 五十
魔力 十
スキルポイント 百
「うおお。ポイント百もあるじゃん。これで最強スキル取るぜ」
アレンと名乗る勇者が、俺の体である画面を指で突こうとする。
指先が近づいてくる。くすぐったい、というか、そこはボタンじゃない。
「えーっと、まずは……お、これ強そうだな。自爆魔法・極大。これ取れば最強じゃね」
俺は戦慄した。 レベル一で自爆魔法だと。
お前、最初のスライムで死ぬ気か。
やめろ。それを押すな。死ぬぞ。
叫ぼうとしたが、声が出ない。俺はただのウィンドウだ。
アレンの指が自爆魔法の取得ボタンに伸びる。
このままでは、勇者が死ぬ。
そして勇者とリンクしている俺というシステムも消滅するかもしれない。
元ユーザーインターフェースデザイナーの血が騒いだ。
こんなユーザーに優しくない選択を、俺は許さない。
俺は全神経を集中させ、内部コードを書き換えた。
ピロン、と電子音が鳴る。
アレンの指がボタンに触れる直前、俺は自爆魔法のボタンを灰色に変えて押せないようにし、その上に巨大な警告文を被せた。
警告。
そのスキルは現在、メンテナンス中です。
推奨スキル、体力自動回復はこちら。
「えっ。メンテ中。異世界のスキルにメンテとかあんの」
アレンが呆然として手を止める。
ふぅ、危なかった。 だが、アレンは諦めが悪い。
「じゃあ、こっちの全裸になると攻撃力百倍ってやつを……」
バカかお前は。社会的に死ぬわ。
俺は即座に、そのスキルの文字サイズを極限まで小さくし、背景色と同じ色にして読めなくした。
そして代わりに地味だが絶対に役立つ剣術レベル一のボタンを、画面中央で赤く点滅させて自己主張させた。
今なら初回限定、キャンペーン中。
剣術レベル一の取得で、なんと魔力五ポイントのボーナス!
「おお。キャンペーン中なのか。お得じゃん。じゃあこれにするわ」
ポチッ。
アレンが剣術レベル一を取得した。 俺は心の中で拳を握った。
これだ。 この勇者はバカだ。
放っておけば即死する。
だが俺がこの見にくい画面をリアルタイムで改善し
押させたいボタンを押させるように誘導すれば、世界を救えるかもしれない。
俺の戦いは、魔王を倒すことではない。
このユーザーである勇者に、正しいボタンを押させることだ。
「よし、次はステータス極振りだ。運の良さに全振りするぜ」
やめろ。
俺は急いで運の良さの項目を、設定画面の奥深く
五階層下のサブメニューに隠蔽した。
ゲスト 魔王ギルガ
我は魔王ギルガ。
この世界の理を支配する者だ。
本来であれば、勇者の誕生などという矮小な出来事に、我自らが言葉を寄せることなどあり得ぬ。
だが、報告を聞いて驚愕した。
今代の勇者は、これまでの者たちとは明らかに異質だ。
我が配下が偵察したところによれば、その勇者は野原の真ん中で立ち尽くし、虚空に向かって何度も指を振るっていたという。
まるで、見えない壁の向こうにある神の指示に従っているかのように。
そして恐るべきことに、その勇者が選ぶ行動には一切の無駄がない。
普通であれば、力に溺れた若者は自滅するような大技に手を出すものだ。
しかし彼は、まるで熟練の職人が研ぎ澄ましたかのような、最も効率的な成長を遂げている。
何者が背後にいる。
勇者の網膜の裏側で、世界を最適な形に書き換えようとしている設計者は誰だ。
その者は、我の攻撃さえも、使いにくいユーザーインターフェースとして処理してしまうのではないか。
もしそうであるならば、我はその設計者こそを我が城に招きたい。
この混沌とした魔界の統治システムを、美しく、そして誰にでも分かりやすく整理してもらうために。
勇者よ、その背後の何者かと共に、速やかに我がもとへ参るが良い。
我は、これまでにないほど死闘を期待している。




